ついこの前、年が明けたかと思ったら、もう二月が終わろうとしています。去年の作品もまだ積まれた状態なのに、この二ヶ月でも次々に話題作が刊行されているのはいいのですが、未読本は容赦なく積み上がっていくし、黙々と読み続けてもこのペースじゃいつまで経っても未読山脈を崩すことはできないのでは? と途方に暮れている今日この頃、みなさまはいかがお過ごしでしょうか。
そんな未読まみれのなか、ここ数年この時期になると楽しみにしていることがあります。それはロバート・ベイリーの新刊です。二〇一九年の『ザ・プロフェッサー』以来、毎年だいたい一月から三月くらいに新刊が出るのですよね。で、今年も予定どおり(?)に、看板弁護士シリーズの新作『リッチ・ウォーターズ』(吉野弘人訳 小学館文庫)が刊行されましたので、未読の山には目をつぶって早速読んでみました。今回はこの作品からご紹介いたします。
前作『リッチ・ブラッド』では、ハイウェイに自らの顔入り看板を立てまくっている交通事故専門弁護士のジェイソン・リッチが、アルコールの問題を抱えながらも夫殺しの容疑をかけられた姉を救うために、それまで未経験だった刑事弁護を引き受けるという話でした。この事件で重要な証人となった、元高校フットボール界のスーパースター、トレイ・コーワンがかけられた保安官補殺しの容疑を晴らすために弁護を引き受けるというのが今回のお話です。
怪我でフットボールのキャリアを絶たれてしまったコーワンは、他の道を模索すべくプロ野球のトライアウトを受けるなどしていましたが、受け入れてくれるところはなく、鬱々とした毎日を過ごしていました。そんななか、コーワンの幼馴染で保安官補でもあるケリーが散弾銃で殺されるという事件が起こり、前日、バーでケリーと揉めていたところを多くの人たちに目撃されていたコーワンに容疑がかかります。アメリカのなかでも保守的な南部地域の町で警官を殺したとなれば、容疑者はそれだけで街中の人々を敵にしてしまったようなものであり、それは弁護する側にとっても同様です。しかも出てきた証拠はすべてコーワンが犯人であることを物語っているとなれば、進んで弁護を引き受けるような物好きはいません。なのに、ジェイソンがコーワンの弁護を引き受けたのは、依頼してきたのがこの地域のドラッグ市場を牛耳っている覚醒剤王タイソン・ケイドだったからです。ジェイソンには、タイソンとの前作からの因縁があり、彼はタイソンの依頼を断ることができないのでした。
これは前にも書いたことですが、ベイリーの描くリーガル・スリラーはすべて、事件があり、その解決を阻む大きな困難があり、圧倒的不利な状態に置かれながらもあきらめず、一点突破で活路を見出し、最後には勝利を掴む、という一貫した流れがあります。というと、結局ジェイソンが勝つんでしょ? と思う人がいるでしょうけど、ただ勝つだけじゃないのですよ。ベイリーが描くのは、圧倒的不利な立場に立っているジェイソンとその仲間たちが、どうやってその困難を乗り越えていくのかという姿なのです。これは、老弁護士トム・マクマートリーが主人公だったシリーズから変わらないベイリーの姿勢と言ってもいいでしょう。トムにしろ、ボーにしろ、そしてジェイソンにしろ、何度もどん底に叩き落されるのですが、見事にそれを跳ね返していきます。その姿に私たちは毎度毎度胸を熱くさせられるのですね。
ただ、そのような胸熱な部分だけではなく、本作は犯人探しの側面でも読み応えがあることを付け加えておきたいと思います。当初から、保安官補殺しのあらゆる証拠はコーワンが犯人であることを示しており、ジェイソンらはどうにかしてそれをひっくり返さなければならないわけですが、コーワンが犯人でないのならその根拠はなにか、もしそうであれば真犯人は誰なのかというミステリーとしてのおもしろみが最後まで持続していきます。それらの謎すべてが、最後に法廷で明らかにされる。リーガル・スリラーとしてもミステリーとしても、最後まで飽きさせない展開が用意されているのです。
また、本作にはゲストとしてボー・ヘインズも出てきます。そしてボーといえばあの名台詞です。本作にも一度だけ出てきますので、ファンの方はお楽しみに。それから今回は元軍人の三兄弟、特に長男のサッチがとてもいい。彼の言動にはグッとくるところが多く、そこもまた新たな胸熱ポイントと言えるでしょう。ジェイソンのシリーズは次作でラストとのこと。今回ちょっとびっくりするような終わり方をしていますので、次作も必読です。読めるのは来年のいまごろかなー。期待しています。
続いては、当欄ではお久しぶりのカリン・スローター『無垢で清らかなあなたのために』(鈴木美朋訳 ハーパーBOOKS)です。スローターといえば、暴力に抗う女性たちを描くという印象が強い作家です。ウィル・トレントシリーズでの容赦ない暴力描写が記憶に残っている読者も多いと思います。今回の作品でも容赦のなさは健在ですが、直接的な描写はこれまでよりもやや控えめになっていて、そういう描写が苦手な方にも読みやすくなっているのではないかと思います。
舞台はジョージア州の町、クリフトン。この地域ではその名前にもなっているクリフトン一族が大きな影響力を持っています。主人公は郡の保安官補エミー。父親のジェラルドも保安官であり、親子ともども郡の治安を守る立場にあります。町を歩けば知らない人はいないというくらい小さな町のなかで、夏の花火大会の夜、二人の少女が行方不明になるという事件が起こります。少女のうちの一人はエミーの親友ハナの娘マディソンでした。マディソンはその夜、親友のシャイアンと遊ぶ約束をしていたのですが、約束の時間になってもシャイアンは現れず、マディソンもまた行方不明になってしまいます。行方不明になる直前、マディソンから声をかけられてそれを無視してしまったエミーは、その罪悪感からなんとしても二人を見つけ出そうと必死になって捜査を続けます。いくつかの状況証拠から容疑者が浮かび上がるも決定打はないまま、犯人探しと二人の捜索が続くのですが、やがてあるきっかけをもとに、エミーは二人を発見することになります。
ここから一気に十二年の年月が流れ、当時の事件をなぞったかのような少女誘拐事件が起こり、物語がふたたび動き出します。当時自分たちが捕まえた犯人は、本当に犯人だったのか? あの事件の真相は? そして、今回の事件の犯人は誰なのか? といった謎が次々に浮かび上がってきて、ミステリーとしてとても読み応えのある展開になっていくのですが、スローターが本当に描きたいのはそのような部分ではなく、むしろエミーが陥っていく深い闇と、そこからどのようにして這い上がっていくのか、という点です。なので、事件を追うのと同じかそれ以上の熱量で、エミーやクリフトン一族の事情が事細かに描かれています。後半は、FBIの特別捜査官ジュードがエミーの捜査に協力をしていきますが、ジュードがエミーの救済にどのような役割を果たすのかというのも大きな読みどころだと思います。いやーかっこいいんですよ、ジュード。定年を迎えてFBIを退職したばかりということなので、年齢で言えば六十歳近いのだと思いますが、とにかくかっこいい。ウィル・トレントシリーズでも、アマンダやイヴリンといったかっこいいシニア女性が描かれていますが、ジュードもそれに劣らないくらいのかっこよさです。できれば彼女たちの今後を見ていきたいという気持ちにさせられます。続編ないのかな?
先に書いたとおり本作は暴力描写やや控えめ、犯罪小説というよりも家族小説という側面が強い作品です。とはいえ、スローターが訴えたいメッセージは他の作品と同じように強烈なものがあります。それゆえ、最初に手に取るスローター作品としてはうってつけじゃないかと思います。ここから、もっと深くスローターの世界観を知りたいと思えば、シリーズ作品や他のノンシリーズ作品を手に取っていくというのもいいでしょう。七百ページという大作ではありますが、読まないままにしておくのはもったいない。読み始めたら止まらんですよ。請け合います。
| 大木雄一郎(おおき ゆういちろう) |
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「どくミス!2026」は5月開催で準備を進めています。「どくミス!」はみなさまの投票に支えられています。今回もみなさんとともに盛り上げていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。 |
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