みなさんこんにちは。なんか一年が経つのって早いです。ついこの前「どくミス!」の発表を終えたような気がしていましたけど、気づけばもう十二月。ミステリー界隈がいちばん盛り上がりを見せる時期ですね。この記事が掲載されるころには今年も残り数日で、すでに出揃ったランキングを眺めつつ年末年始の読書予定を立てている方もいらっしゃるのではないでしょうか。今回はその予定にぜひ加えていただきたい作品を二つご紹介したいと思います。

 まずはマシュー・ブレイク『眠れるアンナ・O』(池田真紀子訳 新潮文庫)から。

 二十五歳の若さながら友人二人と出版社を立ち上げたアンナ・オグルヴィは、その友人二人が刺殺された現場で血まみれのナイフを手にしたまま発見されます。ただし昏睡状態で。

 誰がどう見たってアンナが二人を刺し殺したように見えるわけですが、彼女は発見されてから四年もの間まったく目を覚ましません。どうにかして彼女を訴追したい司法省は、睡眠と犯罪の関係に造詣の深い心理学者ベンにアンナを託し、ベンも自らの知識を総動員してそれに応えようとするのですが……。

 アンナを覚醒させようとするベンの視点のほか、複数の視点が短いスパンで次々と切り替わり、その間に事件の八ヶ月前から書かれているアンナの日記が差し込まれます。冒頭の一章とアンナの日記を除けばほぼ時系列どおりに話が進んでいくので、飲み込みやすいかと思いきや複雑かつ考え抜かれたプロットのおかげで先行きがまったく見えないまま意外な結末に導かれていきます。

 ふーっとため息をつきつつ本を閉じ、すぐにやったのはアンナが陥っているとされた「生存放棄症候群」について調べることでした。そんな病気あるの? と思いつつ読んでいたので実際にあるのを知ってびっくり。あきらめ症候群とも呼ばれるこの疾患は、東欧からスウェーデンにやってきた難民の子どもだけに見られる病で、体のどこにも悪いところはないのに食べることも話すことも止めてしまい、生きるために必要な行為を全て放棄して寝たきりになってしまうというのが症状だそうです。ちょっと信じがたい話ですが、私たちには想像もできないほど大きなストレスにさらされたら、ひょっとしたらそういうことだって起こるのかもしれません。

 未だ未解明な部分も多い眠りと行動の関係に、複雑なプロットを絡めて見事な心理サスペンスに仕立て上げた著者の手腕に脱帽です。

 続いては、前作『覚悟』からそれほど間を置かずに送り出された新・競馬シリーズの最新作、フェリックス・フランシス『虎口』(加賀山卓朗訳 文春文庫)です。

 これはたぶん「新」のつかない競馬シリーズのころから言われていることですが、競馬シリーズだからといって競馬を知らなきゃ読めないのかというとそんなことはないんです。本作を読めばそれがよくわかります。なにせ主人公は競馬の「け」の字も知らないんですから。競馬を知らない読者は主人公ハリイといっしょに競馬とは何かを覚えていきましょう。

 企業の危機管理を請け負う会社に勤める弁護士のハリイは、英国競馬の聖地であるニューマーケットで起こった厩舎火災の調査に派遣されます。依頼主は、その火事で焼け死んだ名馬「プリンス・オブ・トロイ」の馬主であるアラブの王族です。厩舎を運営しているチャドウィック一族は、警察でも消防でもない人間が火事の調査に入ることに難色を示しますが、馬主の依頼とあっては強く出ることもできません。やがて、馬だけではなく人の焼死体も発見され、単なる火災では済まされない状況になっていくなか、ハリイは独自で真相を追究していくという話。

 前作『覚悟』は、人気キャラクターであるシッド・ハレー登場作ということで、父親が作り上げた雰囲気をしっかり踏襲する堅実な作りになっていたと思いますが、今作はフェリックス色がかなり強く出ているのではないかと思います。とはいえ、ファンがこのシリーズに求めているものはしっかり押さえていて、昔からのファンも安心して読める作品になっています。ていうかフェリックス巧いなーと改めて感じました。なんていうかなー、すごく清々しいんですよね。厩舎の火災から浮き彫りになってくるものはかなり陰惨なんですが、ハリイはとても若々しく描かれていて、間にロマンスなんかも差し込まれたりするんですが、おいおい調査中だろ??? とツッコみつつも楽しく読めてしまうという、不思議な感覚を味わえます。そんな清々しさが全編を包んでいて、おもしろかったなーと満足できる作品です。

 これをもって父を超えた! とは言いませんが、巧さは父に肉迫していると思います。『覚悟』も含めて、競馬を知らないからといって敬遠してたら損します。楽しく、わくわくしながら読める一冊です。あ、そうそう、今月最終回を迎えた某ドラマで競馬の魅力を知ったという方にも自信を持ってオススメできますよ!

 ということで、ちょっと宣伝です。

 私が世話人をしている福岡読書会では来る一月三十一日に、この『虎口』と前作『覚悟』を課題書として読書会をおこないます。シリーズ翻訳者の加賀山卓朗さん、担当編集者である文藝春秋の永嶋俊一郎さんをゲストとしてお招きする予定です。お二人とも無類の競馬シリーズ好きなので、課題書以外の楽しいお話も聞けるのではないかと期待しています。

 すでに翻訳ミステリー読書会のホームページおよび福岡読書会のXアカウントにて告知、募集を開始しておりますので、ぜひご参加をお願いいたします!

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
記事にも書きましたが、1月31日福岡読書会の募集を始めました。楽しい会にしたいと思いますので、お近くの方はぜひご参加ください!

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