今月はまずこの作品に触れておかなければ始まりません。
M・W・クレイヴン『デスチェアの殺人』(東野さやか訳 ハヤカワミステリ文庫)は、言わずとしれたワシントン・ポーシリーズの第六作です。前作『ボタニストの殺人』を当欄で取り上げたとき、私はこんなふうに書いていました。
《傑作『キュレーターの殺人』に匹敵するおもしろさ。年間ベスト級。個人的にはこっちのほうが好きかも。》
常に自身の過去作を超えた出来映えを見せつけるこのシリーズですが、前作を読んだとき、正直なところ今後これ以上の作品はそう簡単には出てこないのでは? 前作がおもしろさのピークだったのでは? と思っていたのです。いやー甘かった。クレイヴンは本作で「シリーズ最高傑作」をまたもや更新したのでした。シリーズ最高傑作なんて、読む人の主観でどうとでも言えるわけですが、このシリーズに関していえば常に最新作が最高傑作だという説に異を唱える人はいないでしょう。
物語は、古めかしい精神科病院の一室で療法士によるカウンセリングを受けているワシントン・ポー、というこれまでにないような場面から始まり、九ヶ月前に関わった事件のせいでトラウマを抱え込んだポーと療法士の対話から、読者に対してもその事件の内容が語られていくという体裁を取っています。
九ヶ月前、ある宗教団体の代表が石打ちの刑を受けて殺されるという事件が発生し、ポーはその捜査に駆り出されます。殺された男の体にはキリスト教に関係したタトゥーがびっしりと彫られていました。その団体「ヨブの子どもたち」は同性愛や堕胎を認めないという聖書原理主義的な思想を持っており、聖書に書かれていないことは受け入れず、同性愛的傾向を持つ者に対しては転向治療を施すなど、傍から見ればやや常軌を逸した活動で知られていました。というわけでこの団体を調べ始めたポーたちでしたが、その過程で過去の未解決事件——少女による一家惨殺事件との関連が浮かび上がってくるのでした。
複数の殺人事件を組み合わせて、読者の予想もしなかった結末を導き出すという流れは前作とよく似ています。ただ、今回はあまりにも胸糞が悪い。いや、前作もそうだし、なんならシリーズ全作胸糞悪い事件ばかりで、毎回よくこんなの思いつくなあと感心するのですが、今回は特にひどい。こんなにひどい話なのに、ページをめくる手が止まらないのです。
章立ての短さや章終わりのクリフハンガーぶりなど、構成の妙で読者を惹きつける手立ては相変わらず。それに加えて今回は療法士とポーの対話という柱もあり、これがまた物語のおもしろさに拍車をかけています。ただ、シリーズの読者なら気づくと思うのですが、今回はポーとティリーの掛け合いはやや抑えめになっています。これまでの作品では凄惨なストーリーのなかの清涼剤的な役割を果たしていた二人のやり取りですが、それが抑えめになっていることで、全体的にやや重い印象があります。が、その重さにも意味があるのだということが最後にわかるはずです。
ていうか……今回のラストはかなり衝撃的です。なにせ「さらば、ワシントン・ポー」(下巻帯文)ですからねえ。事件の解決だけにとどまらない衝撃の展開をあなたはどう受け止めますか? シリーズ未読の方でもここから読んで大丈夫、なんだけどできれば最初から読んでほしいかなあ。ポーやティリーを好きになればなるほど、今回は衝撃が大きいと思うので。
ところで次作(あるんですよ)のタイトルは『The Final Vow』らしいんですが、これって『His Last Bow』を意識してる? 考えすぎ? なんせポーのお相手がドイルだからさあ……というわけで次作にも大変期待しているのです。
続いては毎年恒例となった秋のディーヴァー祭り。今回は文庫かつ新シリーズです。
『スパイダー・ゲーム』(池田真紀子訳 文春文庫)は、ジェフリー・ディーヴァーが警官から作家に転身したというイザベラ・マルドナードと組んだ新シリーズです。ディーヴァーが共著で作品を刊行するのは初とのことで、若干の不安を抱きつつページを開いたのですがなんというか……いつも通りのディーヴァーでした。というか、むしろ初期ディーヴァーの疾走感すら感じられる傑作でした。原点回帰とも言えるこの現象が共著者の影響によるものかどうかはわかりませんが、共著による不安なんて心配することなく、昔からのディーヴァーファンも、この作品で初めてディーヴァーに出会うという人も、めちゃくちゃ楽しめる作品になっていることは間違いないと思います。
舞台は南カリフォルニア。国土安全保障捜査局の捜査官サンチェスの妹セリーナが何者かに襲われ、からくも難を逃れるという事件が起こります。犯人は極めて計画的にセリーナを襲っており、突発的な犯行ではないと思われましたが動機がわかりません。サンチェスは、妹を安全なところに保護する一方で、犯人を割り出すため唯一の手がかりである、犯人が残していった携帯電話を開こうとするのですが、警察内の専門家でさえも開けることができないほど堅牢に暗号化されていて、打つ手がありません。
そんななか、サンチェスが頼ったのは、大学教授でありセキュリティの専門家、かつ凄腕のハッカーというジェイク・ヘロンでした。ヘロンとサンチェスの間には過去の因縁があり、互いに信頼し合っているというにはほど遠い状態です。しかしヘロンは彼女の頼みを受け入れ、携帯電話内のファイルを開くことに成功するのでした。そのファイルから、連続殺人の可能性に気づいた二人は、ぎこちないながらもコンビで犯人を追い始めます。
六百ページを超える作品です。しかし、ディーヴァーの作品はすべてそうなのですが、読み始めると長さなどまったく気にならないほどぐいぐいと物語に引き込まれていきます。実際、共著ということを忘れてしまうほどディーヴァー味があふれている印象なのですが、インタビューによるとまず二人で担当を決めて(サンチェスのパートをマルドナードが、ヘロンのパートをディーヴァーが、という感じで)書き進めたということなので、読む人が読めばマルドナード味もしっかり残っているのかもしれません。となると、現在邦訳がないマルドナードの作品も読みたくなってきます。
連続殺人犯との頭脳戦の結末だけではなく、過去にヘロンとやり合ったハッカーとの因縁やサンチェスとセリーナの父親の死に関わる謎も残っており、これらは第二作以降にも引き継がれていくのでしょう。新しい探偵コンビの今後の活躍に期待したいと思います。
この時期は各社傑作目白押し。みなさま忙しい毎日かと思いますが、なんとか時間を確保して、読んで読んで、読みまくりましょう!
| 大木雄一郎(おおき ゆういちろう) |
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