今回はまず「どくミス!2025」のご案内から。

 いよいよ今日から、翻訳ミステリー読者賞改めどくミス!2025の投票が始まります。タイトルは変わりますが、内容はこれまでと変わりません。

 今回の投票期間はゴールデンウィーク期間を含む二週間です。まだまだ読めます! 選べます! 締め切りは五月八日(木)の日付が変わるまで。二〇二四年に刊行された翻訳ミステリー小説のなかで、あなたが「これだ!」と思う作品に票を投じてください。以下に要項をまとめましたので、ご一読のうえ投票をよろしくお願いいたします!

【どくミス!2025 開催要項】

◇投票できる人
・翻訳ミステリー小説が好きな方
・以下に示す投票の対象となる作品をひとつでも読んでいる方

◇投票の対象となる作品
2024年1月1日~12月31日に刊行された翻訳ミステリー小説
※以下の点にご注意願います
・国内小説、あるいはノンフィクションなどの小説外作品は【対象外】です。
・既刊の文庫化および復刊は【対象外】です。
・新訳、改訳は【対象】です。
・対象期間内かどうかは奥付にてご判断ください。
・紙版と電子版の刊行日に差がある場合は、紙版刊行の日付に従います。
・複数巻で刊行が年をまたぐ場合は最終巻刊行年の対象とします。

◇投票方法 
Googleフォームから投票していただきます。
・フォームURL→ https://forms.gle/3t1AexpDuvNUkwnB9
・投票にはメールアドレスが必要です(投票のコピーを自動返信するため)。
・携帯電話メールアドレスからの投票もできます(google.comからのメールが受信できるようにしておくこと)。
・いただいたコメントは、結果発表イベントやサイトなどでご紹介させていただく場合がございます。あらかじめご了承ください。

◇投票受付期間
2025年4月25日(金)午前0時~5月8日(木)午後23時59分

◇結果発表
2025年5月24日(土)21時より
例年どおりYouTubeでの配信イベントにて発表いたします。
イベントURL→ https://www.youtube.com/live/hSsupC80vwU


 ではいつものように作品紹介を。

『リッチ・ブラッド』(吉野弘人訳 小学館文庫)は、『ザ・プロフェッサー』シリーズのロバート・ベイリーが送り出すリーガル・スリラーの新シリーズです。

 マクマートリー教授やボー・ヘインズなど、ベイリーの生み出したヒーローたちに共通するのは人間的に熱く、正義感にあふれているという点でしょう。彼らの言動からにじみ出る熱さに打たれるからこそ、読者は窮地に立たされた彼らの復活を信じて読み進み、最後にはともに快哉を叫ぶことになるわけですが、本作の主人公ジェイソン・リッチはちょっと違います。

「ビルボード弁護士」というニックネームのとおり、ハイウェイというハイウェイに自分の顔入り看板を立てまくっていることで名が通っているジェイソンは交通事故専門の弁護士で、その派手な広告で同業者から厭われている存在です。そのうえアルコールの問題も抱えており、リハビリ施設で九十日を過ごすことで弁護士資格の剥奪を免れているような状況でした。同じ弁護士でもマクマートリー教授やボーとは対極にあると言えるでしょう。

 そんなジェイソンのもとに、疎遠になっている姉のジャナから連絡が入ります。夫殺しの容疑をかけられ、ジェイソンに弁護を頼みたいというのです。しかし彼は刑事事件を扱った経験がないだけではなく、弁護士になって以来法廷に立ったことすらありませんでした。昔から姉との関係がよくなかったジェイソンはこの依頼を断ろうとするのですが、ジャナの二人の娘と再会して考えが変わります。刑事事件の経験もなく、法廷に立ったこともなく、未だアルコールへの強い渇望感を覚えているジェイソンに、果たして姉の無罪を証明することができるのでしょうか。

 事件があり、その解決を阻む大きな困難があり、圧倒的不利な立場であってもその困難に立ち向かい、最後に勝利をつかむ。ベイリーの描くリーガル・スリラーはどの作品もこのような骨格でできているわけですが、これまでの作品と大きく違うのは主人公に強さが微塵も感じられないところです。交通事故で苦しむ人に寄り添うといえば聞こえはいいですが、裏を返せば他人の不幸を飯の種にしているわけで、そのようなジェイソンをよく思わない同業者も多数いるうえアルコールの問題も抱えている。そんな彼がたとえ姉とはいえ刑事事件の弁護を引き受けるとなると、これは相当な困難となります。そのうえ、姉もまた一筋縄ではいかない存在で、昔からジェイソンに対してガスライティング(心理的虐待の一種)的な行動を取っていた彼女の発言をどこまで信じていいのかわからないまま事件の調査を始めなければならないのです。自分の問題と姉の問題、加えて事件に絡む大きな困難も横たわっており、いわば三重の苦難に見舞われた状態で彼は事件に挑まなければなりません。

 目的を果たす、つまり姉の無罪を証明するにはこれらの苦難に打ち勝たなければならない。それはすなわち、彼自身の問題を克服しなければならないということを意味します。ゆえに本作は、事件に挑む弁護士の姿を描くリーガル・スリラーという顔の他に、一人の男の再生を描く物語という側面もあるわけです。このような側面はベイリーの過去の作品でも描かれてきましたが、人間の弱さをより明確に打ち出しているという点で、これまでとは一線を画しているのではないかと思います。

 また本作は、マクマートリー教授のいる世界の延長上に繰り広げられており、過去作品のキャラクターも登場しています。三部作の第一作であり、解説によれば二作目はもっと大きな困難がジェイソンを待ち受けているとのこと。読めるのが楽しみです。

 さて、もう一作品、S・A・コスビーのデビュー作『闇より暗き我が祈り』(加賀山卓朗訳)にも触れておきたいと思います。

今作は、版元変わってハヤカワ・ミステリ文庫の刊行となりました。個人的には、二〇二二年二月に刊行された二作目(邦訳一作目)である『黒き荒野の果て』(加賀山卓朗訳 ハーパーBOOKS)を読んだときから、デビュー作を読みたいと思い続けてそれがようやく叶った形です。同じように感じていた人も多いんじゃないかと思います。

 舞台はヴァージニア州のある田舎町。保安官補という立場を捨て、いとこの営む葬儀屋で働いていたネイサン(ネイト)は、町にある教会の牧師が殺された件について、信徒の女性から相談を受けます。牧師にいったい何が起こったのかを知りたい、保安官に聞いてもなにも教えてくれない、だから元保安官補という立場で探りを入れてもらえないか、というのが彼女の頼みでした。ネイトは気が乗らないもののその頼みを受け入れ、保安官事務所を訪ねることにしました。

 しかし、保安官はネイトを相手にせず「やることはちゃんとやっている」というだけでした。そのことを報告すると、今度は女性から教会の献金にまつわる疑義について聞かされます。それを調べていくうちにネイトは、殺された牧師に裏の顔があるのだと疑い始めます。だとしたらなぜ、保安官事務所は捜査をしないのか。そのことを疑問に思った彼は独自に捜査を進めていくのでした。

 形としては、元保安官補を探偵役に置く私立探偵ものです。これはやや古くささを感じる設定です。ネイトの頼みに応じて彼を助けに現れる友人のスカンクという存在もそうで、ご存じの方なら間違いなくスペンサーとホークを思い起こさせるでしょう。確かに古くさい。そう感じる方は多いと思います。しかし『黒き荒野の果て』でもわかるとおり、コスビーの小説にはこういった、どこかで読んだことのあるような、やや紋切り型の設定がちらほらと見受けられることを考えると、彼はそういう古くささ(手垢のつきまくった、と言い換えてもいい)をあえて取り入れているような気がするのです。

 それはおそらく、このような古くささが、コスビーが描きたい暴力をシンプルに表出させるにふさわしいからではないかと思います。手垢のついた設定に、怒りをむきだしにした主人公を放り込んで、どのように行動するのかを見届ける。主人公の怒りとはすなわちコスビー自身の怒りでもあるわけですが、自身の怒りを主人公に託して、舞台装置との相乗効果によってその怒りをより色濃く描き出そうとしているのではないかと感じるのです。

 これがコスビーの原点なのか。これまでに刊行された作品を読んだ方なら、きっとこう思うはず。ここから『黒き荒野の果て』が生まれ、『頬に哀しみを刻め』が生まれ、『すべての罪は血を流す』が生まれたのだと思うと、なんだか妙に納得できます。人によっては今作がベストだという人もいそう。荒削りだけど、傑作です。

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
いよいよ「どくミス!」の投票が始まりました。どなたでも投票できます。みなさまイチオシの翻訳ミステリー小説をぜひ教えてください! どうぞよろしくお願いいたします。

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