みなさんこんにちは。今年もよろしくお願いいたします。二〇二六年もたくさんの作品と出会えることを期待しつつ、今回は昨年のうちに紹介できなかった作品を三作ほどピックアップしてご紹介します。
まずは昨年一月刊行のジョン・ブロウンロウ『エージェント17』(武藤陽生訳 ハヤカワ文庫NV)から。
スパイというのは君が考えているような仕事じゃない
帯にあるこの一文(がそのまま書き出しの一文でもあるのですが)と、タイトルからして、スパイ小説のつもりで読み始めたのですがとんでもなかったです。なにせ、上の台詞を言っている語り手本人がスパイじゃないんですから。スパイじゃない語り手は、そのまま自分がいまやっている仕事、ベルリンでのある要人暗殺に関する一部始終について長広舌をふるい、続けて自分のコードネームである『17』の由来や、17以前のエージェントがどうなったかなどを語ります。17より前のエージェントは、ただ一人を除いてすべて次の番号のエージェントに殺されているのですが、ただひとり16だけが、失踪して行方がわからなくなっていたのです。その16を殺すことが17の次の仕事であることが示されて第一部が終わります。ここに至ってようやく読者は、これがスパイ小説ではなく殺し屋小説なのだということを理解することになります。
その後、行方のわからなかった『16』が、いまはサム・コンドラツキーというペンネームで小説を、しかもスパイ小説を書いているということがわかり、17は居場所を探り、暗殺の計画を立て、準備をし、いよいよ実行に移します。が、16もかつては業界で怖れられた存在であり、ことはそう簡単に運びません。ここから17対16の、どちらかが死ななければ終わらない戦いが始まるのでした。
全編17の一人称で進んでいく小説なので、17から見えていない事柄は描かれません。話の展開は、17と16の殺し合いだけに留まらず、いろんな方向へと転がり続け、果ては二人の戦いにも変化が生じることになるわけですが、一人称というスタイルは、17だけでなく読者にも同様の恐怖と不安を与える効果をもたらしていて、これがとてもよいのです。
合間には、17はどうやって17になったのか、といういわば自身の生い立ちを語る章が挟まれています。となると、ん? これはいったいどのような状況で書かれてるんだ? となるわけですが、その答えは最後まで読めばなんとなくわかるようになっています。いい小説です。まだの方はぜひ!
続いては昨年四月刊行、ウィリアム・ショー『罪の水際』(玉木亨訳 新潮文庫)です。読み方は「みずぎわ」ではなく「みぎわ」。よく見ると表紙にも小さく「みぎわ」とある。気づかなかったらずっと「つみのみずぎわ」と言ってたかもなあ。
舞台はイングランド南東部に位置するケント州のそのまた南東部、英仏海峡を望む町ダンジェネス。PTSDを患い休職中の刑事アレックスは、たまたま居合わせた同性婚パーティのさなか、花嫁の一人に襲いかかろうとした中年女性を阻止します。一方、隣町では裕福な夫妻が自宅で惨殺されるという事件が起こり、アレックスは休職中という立場でありながらこの事件に拘泥していくのですが、その過程で大規模な投資詐欺も発覚し、アレックスはPTSDに苦しみながらもこれらの事件に関わり続けるのでした。
言ってみればそれだけの話なのですが、優れた人物造形と彼らが織りなす人間模様、加えてダンジェネスという土地の描写が、ただそれだけの物語に驚くほどの奥行きを与えています。そしてそれらが、事件の発生と謎解きに密接に結びついている。実際プロットはかなり複雑だと思うし、真相にも意外性がある。ミステリとしてかなり優れた作品ではあるのですが、それ以上に、この人物たちだからこそこの事件が起こり、この謎があるということをすんなりと納得させられる。そういう特徴のある小説です。アン・クリーヴスを思い出す人も多いかと思いますが、じっくり読ませるタイプのミステリがお好きな方には超オススメです。
ウィリアム・ショーの作品が日本に紹介されるのは今回が初めてなのですが、本作はシリーズ五作目に当たります。解説によれば第一作では、本作でも重要な役割をするある人物に関わる事件が描かれているとのこと。また、それ以前にもアレックスの両親(二人とも警官)を主人公とするシリーズが出ており、いわば警察官の家族を主人公とするサーガになっているとも。そう聞くと全部読みたくなってくるじゃないですか。みなさん、他の作品も日本語で読めるよう、まずは本作を買って読みましょう。
最後は先月出たばかりのフリーダ・マクファデン『ハウスメイド2 死を招く秘密』(高橋知子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)です。ホントよく考えつくなあと感心した前作の驚きと恐怖もまだ記憶に新しいのに、もう次が出たのか! という驚きも加わった第二作。「どくミス!」のルールでは一作目も本作も次回の投票対象になります。
前作の出来事から四年が経ち、大学に通うなどの変化があったもののミリーはいまもメイドとしてあちこちの家で働いていました。前作のラストで示唆されていたように、ミリーはこの四年の間、さまざまな家庭でいわゆる「人助け」をしており、そのことで知る人ぞ知る存在になっていたようです。とはいえ暮らしぶりは以前と変わらず、前科持ちの身としてはハウスメイドとして働くしか道がないという状況です。今作では、仮想通貨関連企業のCEOダグラスが住むペントハウスに仕事を得たミリーですが、不穏の影は今回もまた彼女のそばに忍びよるのでした。
ダグラスとの面接で、病気の妻ウェンディがいる部屋にはけっして入らないようにと念を押されたミリーでしたが、部屋から聞こえてくる声やたまたま見かけたウェンディの様子にDVの気配を感じ取り、なんとか彼女を救おうと手立てを考えます。これまでは、前作にも登場したエンツォとともに女性たちの手助けをしていたミリーですが、エンツォはイタリアに帰ってしまって、一人でなんとかしなければなりません。そのうえ、ミリーには彼女の過去を知らない恋人ブロックがいて、同居、ひいては結婚も求められています。ウェンディを救う手助けをしつつ、ブロックとの関係も維持していかなければならないミリーは、孤軍奮闘ともいえる努力をしていくのですが……。
ストーリーを長々と紹介できるような話ではないので、あとは読んでくださいとしか言えないのですが、今回もとにかく驚かされます。前作同様、登場人物表には五人の名前のみ(エンツォを省いているのは五人にしたかったからなのかな?)。たったこれだけの登場人物で、不穏と不安と恐怖の極みに読者を落とし込むストーリーを作り上げる作者の技巧には感服です。あとがきによれば次作で完結とのこと。タイトルは『The Housemaid is Watching』だって。まさに『家政婦は見た!』じゃないですかー。邦題がどうなるのかも含めて、とても楽しみです。
さて、全国翻訳ミステリー読書会では、一月三日に『2025年の翻訳ミステリーをゆるく振り返る会』と題して配信イベントをおこないました。こちらでは読書会のメンバーや翻訳家の面々が、昨年の作品について振り返っています。アーカイブ も残っていますので、よろしければごらんください。ちなみに私は、前に当欄でもご紹介した、カミラ・レックバリ、ヘンリック・フェキセウス『奇術師の幻影』(富山クラーソン陽子訳 文春文庫)を激オシしております。
「どくミス!2026」は、五月中の開催を予定しています。詳細が決まり次第、改めてお知らせしますので、どうぞお楽しみに!
| 大木雄一郎(おおき ゆういちろう) |
|---|
記事でも触れていますが、「どくミス!2026」は5月開催で準備を進めています。「どくミス!」はみなさまの投票に支えられています。今回もみなさんとともに盛り上げていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。 |
記事でも触れていますが、「どくミス!2026」は5月開催で準備を進めています。「どくミス!」はみなさまの投票に支えられています。今回もみなさんとともに盛り上げていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。