ミリアム・テイヴス『ウーマン・トーキング ある教団の事件と彼女たちの選択』(鴻巣友季子訳 角川文庫)は、メノナイトのコロニーが舞台となっています。メノナイトとは、無抵抗・非暴力主義を掲げるキリスト教プロテスタントの教派のひとつです。この作品の舞台となっているボリビアのメノナイトは社会から距離を置き、自給自足の共同生活を営んでいます。本作は、あるメノナイトコロニーのなかで長年にわたって繰り返されてきた連続暴行事件が元になっています。

 メノナイトのコロニーでは、農業や酪農による暮らしが営まれていて、一貫した聖書至上主義が貫かれています。そのため、牧師はコロニー内で圧倒的な権力を持ちます。また、家父長制が徹底されており、男性の言動には一切口出しをしてはならないことになっています。そのうえ、女性は家事一般以外は何もすべきではないという考えからまともな教育がされておらず、読み書きもまともにできません。

 キリスト教のコミュニティにおいて読み書きができないというのは、つまり自分たちの信仰のよりどころであるはずの聖書が読めないということです。キリスト教の教えはすべて牧師から、あるいは親からの口伝えで伝えられてきたものであり、女性たちにはそれがどれほど正しいのかを知る方法がありませんし、疑問を持つことすらできないまま、牧師や男性たちの言いなりになるしか選択肢がないのです。本作で描かれるメノナイトの女性たちは、圧倒的な権力を持つ牧師と、厳しい家父長制に守られた男性たちからの強い抑圧に耐えながら生きています。本作で扱われるレイプ事件は、そのような状況のなかで起こりました。

 百名以上の女性や少女、そして女児たちが、家畜用の麻酔薬でこん睡状態にさせられ、レイプされる。本作では三歳児までが暴行を受けたという描写がありますが、これも事実に基づいているようです。暴行を受けた女性たちは、こん睡から覚めたとき体に強い痛みを覚えたけれどその原因がわからなかったため、すべて悪魔の仕業とされ、彼女らの犯した罪に対する罰なのだということで片付けられていました。しかしそれが実は、同じコロニー内の男性八人による所業だということが明らかになり、しかもその多くは被害女性たちの身内であるということもわかったのです。コロニーの牧師は、加害男性らを一定期間監禁することにしたのですが、被害者親族からの仕返しの可能性があるため、警察を呼んで加害者らを逮捕させ、コロニーの外へ退避させたのでした。コロニーの他の男性たちは、審理が始まるまでの間をコロニーで過ごせるようにと、保釈金を支払うため街に出かけます。加害者らが保釈されて戻ってきたとき、女性たちには彼らを許す機会が与えられる。もし許せないのであれば、女性たちはコロニーを出て行くしかない。牧師はそのように言うのでした。

 コロニーの女性たちに与えられたのは、1)とくになにもしない、2)コロニーに留まってたたかう、3)コロニーを出ていくの三択です。男性たちが街で保釈の手続きをしている間にこのなかのひとつを選び取らなければなりません。このようにして、女性たちによる女性たちのための会議が始まったのでした。

 議事録を書いているのは、会議に唯一出席が認められた男性オーガスト。彼は子供のころ、ある理由で一家ごとコロニーを破門にされており、長く海外で過ごしていたのですが、両親がいなくなったことをきっかけに再びコロニーに戻ってきました。しかしコロニーの男性たちは、農作業もろくにできない彼を受け入れることはなく、オーガストは男子たちを教える教師としてひっそりと生活しています。読み書きのできない女性たちは、男性たちとも距離を置いている彼を、会議の書記として迎え入れることにしたのです。本作は、彼が綴った議事録という体を取っています。

 女性たちの議論から浮かび上がってくるのは、暴行を受けた者の痛みや怒り、母親として子供を守れなかった悔恨、信仰を持つ者としての苦悩、そして何者にも従属せず人として生きたいという渇望です。オーガストというフィルターを通してさえ、強く伝わってくるこれらの感情の交錯が、女性たちをどのような結論に導いていくのか、それをぜひ見届けていただきたいと思います。

 続いて紹介する、アレステア・レナルズ『反転領域』(中原尚哉訳 創元SF文庫)はSFです。SFなんですけどこれ、私は冒険小説だと思って読みました。とにかくおもしろい。

 舞台は十九世紀、ノルウェー沿岸を北上する帆船デメテル号。外科医サイラス・コードは、北緯六十八度線付近のフィヨルドに存在するらしい大建築物の探索に船医として雇われています。船上の生活になかなか慣れず、船酔いを繰り返していた彼は、探索を中止してほしいと願いますが叶いません。やがて一行は、入り江の途中に細い割れ目を発見し、船をその奥へと進めていき、思わぬものに出くわすのでした。船内が混乱に陥るなか、トラブルによってコントロールを失ったデメテル号は岩に激突。サイラスは折れたマストの下敷きとなってしまいます。

 とここまでで百ページ。ここで探索に同行していたある女性が発するひとことに、ここまでで海洋冒険小説だと思って読んできた読者の多くは、きっとこう思うことでしょう。

「お、『○○○モノ』か?」

 と、この先はネタばれになってしまいますのでやめておきましょう。ここから物語は様相をめまぐるしく変化させながら進んでいきます。大建築物とはいったいなにかという大きな謎はもちろんのこと、大小さまざまな謎をちりばめながら展開し、最終的には読者をとんでもないところまで運んでいきます。うん、まさに「運んでいく」という表現がぴったりでしょう。そしてラストがとてもすばらしい。最後まで目一杯楽しませてくれて、これだけ胸を打つラストを見せられたらもうひれ伏すしかないです。普段SFを読まない人でも大丈夫。むしろそういう人にこそ読んでもらいたい傑作です。

 各社の自信作が出揃うミステリ年度末となりました。怒濤の刊行ラッシュに負けないよう、私たちも精一杯ついていきたいと思います。

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
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以後は、「どくミス!」と分けて告知をしていきたいと思います。どちらもよろしくお願いいたします!

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