今月もこんにちは! 最近、いろんな味噌で豚汁を作っています。赤味噌仕立てにすると意外にバタートーストにも合うんですよ。

*今月のスパイ・アクション本*
ジョン・ブロウンロウ『エージェント17』(武藤陽生訳/ハヤカワ文庫)

 ほら、スパイなんて職業は君が考えてるような華麗でかっこいいもんじゃなくて、地味で退屈な仕事なわけ、マジで。ま、俺の場合は違うけどね! かなり意訳となりましたが、冒頭からこんな感じで飛ばす語り手は、世界最強の殺し屋、エージェント“17”。“1”から始まった伝説の過去の殺し屋たちは、なんと次の番号のエージェントによって連綿と殺されてきたのです。なんかもったいない、ていうか組織的には二人以上いたほうが便利なのでは? しかし主人公で語り手の“17”の直前の“16”だけは、殺される前に行方をくらましていたのです。そんなわけで前任者を殺すことなく任務をこなしていた“17”に、ある日、謎の作家の暗殺指令が下されます。世間から完全に姿を隠しているその作家の正体は“16”だと判明。最強の殺し屋を決める頂上決戦が繰り広げられるのですが……。CWAスティール・ダガーを受賞した本書は、殺し屋スキルてんこもり! マーク・グリーニー『暗殺者グレイマン』や映画『ジョン・ウィック』シリーズのファンには特に薦めたい一冊です。そうそう、“霧のチェックポイント・チャーリーでヴィサージの曲を流して”ってセリフがあったんですが、それって“Fade To Grey”でしょうか。あのプロモーション・ヴィデオのことですよねえやっぱり。

*今月のロマサス本*
サンドラ・ブラウン『凶弾のゆくえ』(林啓恵訳/集英社文庫)

 企業コンサルタントのコールダーは、大きな仕事を終えてクライアントから多額の報酬をもらい、意気揚々で帰宅する途中、恋人でテレビの花形リポーターのショーナから、撮影予定のフェア会場に来るようゴリ押しされ、しぶしぶ現地に向かったところ、人があふれる会場で銃乱射事件が発生し、腕に重傷を負ってしまいます。しかしそのとき、彼がかばおうとした二歳の男児は同じ銃弾で命を落としたのです。最愛の息子を亡くしたシングルマザーのエルは、セラピーでコールダーと出会います。悲しみと喪失感で生きる気力を無くした彼女に、あたたかい手を差し伸べる人もいれば、興味本位で近づく人も。特ダネをものにしたいショーナは、恋人のみならずエルにも強引な取材攻撃をしかけようとします。捜査がなかなか進まないなか、被害者の一人に脅迫電話が入り……。毎年12月のお楽しみが1月にずれたサンドラの新作、待った甲斐がありました! 自信満々で不気味な犯人のモノローグに始まる本書は、複数の犠牲者を出した凶暴な銃乱射事件の真相を探るサスペンス。日常を取り戻すことができず苦しむ二人は、互いの間にわきあがる感情を必死に抑えようとします。数ある既作品の中でも最も重い題材となった本書の読みどころの一つは、冒頭の著者からのメッセージではないでしょうか。犠牲者と生き残った人たちを描くことについての真摯な文章は、読了後に読み返してみるとさらに著者の思いが伝わってきます。それから訳者あとがきで、今までの解説にふれてくださった林さんにこの場を借りてお礼申し上げます! 解説まで再読してくださり、ありがとうございます! 

*今月のイチオシ本*
周浩暉『七人殺される』(阿井幸作訳/ハーパーBOOKS)

 龍州市公安局刑事隊長・羅飛(ルオ・フェイ)が主人公の〈邪悪催眠師〉シリーズ第二作。モデルの女性が硫酸の入った風呂で焼けただれて死んでいたのが発見されます。相当凄惨な死に方だったにもかかわらず、不思議なことにその死に顔には笑みが浮かんでいたのです。そして第二の事件が発生し、最初の被害者の元恋人が殺されました。彼はなんとラブドールを抱いたまま死んでおり、死因は人形の股間に仕込まれた鋭利な凶器によるものでした。事件現場には直前に宅配便が届けられていたことがわかります。羅飛は、この不可解で残酷な連続殺人事件には催眠術が関係していると考え、捜査にあたります。シリーズ前作『邪悪睡眠師』で、催眠術でハトやゾンビにされた人々が被害者となる不気味な事件を解決した羅飛。今回の事件では、苦痛なはずの被害者が死に際に恍惚の表情を残していることで、またもや催眠術の関与を確信し、とにかく自分がかからないようにするため重症の睡眠不足に陥ってしまいます。これは読んでいるだけでもかなりしんどい! 隊長、寝てください! 羅飛と捜査陣を嘲笑うかのように、凄惨な事件が続きます。読み進んでいくと、本書タイトルからあることに予想がつくと思うのですが、それを丁寧に説明する隊長がちょっと面白い、というか真面目だなあと(笑)。しかし! 本書の最大の驚きは真犯人! ていうかこれもかなり親切なヒントがばらまかれているので、「もしかしてXXXかも、いやまさかそんなわけが!」と思ったらまさにそうだった!!という嬉しい驚き。いやー、堪能しました(笑)。最終章待ってます!
 
*今月の新作映画*
『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(1月31日(金)公開)

 ニューヨークに住む作家のイングリッド(ジュリアン・ムーア)は、書店で開かれた新作著書のサイン会で旧い友人に出会い、マーサ(ティルダ・スウィントン)が末期ガンで入院していることを知ります。戦場ジャーナリストだったマーサとは何年も音信不通になっていましたが、病室を訪れたイングリッドは、空白の日々が無かったかのように、マーサと楽しく語り合います。残された日々を自分の望むように過ごしたいというマーサは、つらい治療を拒み、安楽死を決意しているとイングリッドに告げます。人の気配を感じながら最期を迎えたいので、その時はイングリッドに隣の部屋に居てほしいと頼むのです。あまりにも重大な役目に悩むイングリッドでしたが、友人の意思を尊重し、彼女の頼みを受け入れます。マーサの希望で都会を離れ、二人は森の中の小さな家で暮らし始めます。



 ケンカしたわけでもなく、特に理由がないままなんとなく音信不通になる、という設定がリアルで、再会して自然に前の関係に戻るくだりがとてもよかった。あらすじだけ読むと、感傷的で、いわゆる“泣ける”物語のように思われるかもしれません。ですが本作には別れの悲しみの前に、生きる喜びや友情、人生の不思議などいろいろなものが詰まっていて、観るひとそれぞれに何か大切なことを思い出させてくれるような作品です。アルモドバル作品で毎回楽しみな、素敵なインテリアやコスチュームの数々も見どころの一つとなっています。原作のシーグリッド・ヌーネス『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』(桑原洋子訳)は早川書房から出たばかりです。映画の方は監督ならではのアレンジが効いているような気がするのですが、はたしてどうでしょう。自分もこれから原作を読むのが楽しみです。


 


【タイトル表記】ザ・ルーム・ネクスト・ドア
【公開表記】1月31日(金)公開
【配給】ワーナー・ブラザース映画
【コピーライト】
 ©2024 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
 ©El Deseo. Photo by Iglesias Más.

監督・脚本:ペドロ・アルモドバル
原作:シーグリッド・ヌーネス「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」(早川書房 刊行)
出演:ティルダ・スウィントン、ジュリアン・ムーア、ジョン・タトゥーロ、アレッサンドロ・ニボラ
配給:ワーナー・ブラザース映画
原題:The Room Next Door|2024年|スペイン
公式サイトroom-next-door.jp
X@warnerjp
インスタ@warnerjp_official
TikTok@warnerjp
YouTube@WBondemand
LINEワーナー ブラザース ジャパン
 
©2024 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
©El Deseo. Photo by Iglesias Más.

 
■映画『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』予告 2025年1月31日(金)公開■

 

♪akira
 翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho









◆【偏愛レビュー】本、ときどき映画(Web出張版)【毎月更新】◆

◆【偏愛レビュー】読んで、腐って、萌えつきて【毎月更新】バックナンバー◆