今月もこんにちは! 誰もが楽しく本を読める、戦争のない平和な世の中を願ってやみません。

*今月のバディ未満同僚以上(?)本*
ジョー・キャラハン『瞬きすら許さない』(吉野弘人訳/創元推理文庫)

 休職明けのキャット警視正は、犯罪増加を防ぐための効率化として立ち上げた、AIDE(人工知能捜査体)を積極的に捜査に参加させるテストプロジェクトの責任者に任命されます。開発者のオコネド教授に紹介されたAIロックは、ホログラム化されてチャドウィック・ボーズマンに似た姿で現れ、キャットと部下二人は驚きととまどいを隠せません。まずは青年失踪事件の再捜査を開始します。長年の経験と刑事の勘で捜査を進めるキャットと、脅威的な情報処理能力で曖昧さを排し、事実に基づいた可能性と確率を弾き出すロック。しかしキャットがことあるごとにAIに対立するのには、ある理由があったのです。情報処理をAIに頼らない方が珍しいという現代、ロックのみならず、キャットの反論はやや古臭く思えるひともいるかもしれませんが、なんといっても警察捜査の相手は人間。必ずしもデータどおりの反応をするわけではありません。とはいえ情報処理能力はどう考えてもロックが圧倒的に優位。そういう意味ではこのコンビは理想的に思えますが、本書を読んで、双方の長所と弱点についてあらためてなるほどな?と思いました。自分としてはキャット全面支持! と言いたいところでしたが、不実な輩に対しては、まったく忖度しないロックの存在も必要ですよね。それにしても、もしピカチュウ(おそらく映画『名探偵ピカチュウ』のイメージ)の姿で捜査していたらどうなったのか大変気になるところです(笑)。本書はシリーズ化されていて、本国で今年刊行の四作目が完結編とのこと。まずは続編に大期待です!

*今月の問題提起本*
オースマ・ゼハナト・カーン『黒い滝(上・下)』(国弘喜美代訳/ハヤカワ文庫)

 コロラド州の保守的な小さな町で、イスラム教徒の少女が遺体となってモスクの扉に磔にされるという衝撃的な事件が起こります。デンヴァー警察地域対応班の刑事イナヤとキャットはヘイトクライムとして捜査を始めますが、地元の保安官をはじめとする白人至上主義者たちから、脅迫を含むあからさまな妨害を受けることに。難民の少女の将来を奪ったむごたらしい事件の解明に全力を注ぐ二人でしたが、一人はイスラム教徒、もう一人はメキシコ系三世の女性コンビに反感を抱くのは白人コミュニティだけではなく、なぜか黒人女性弁護士アリーシャも敵愾心を隠しません。家族にすら理解してもらえない八方塞がりのイナヤの絶望と恐怖が読み手にずっしりと伝わります。人種差別、女性蔑視、利権……イナヤはどう立ち向かうのでしょうか。フィクションを通して学ぶことは多いです。大変辛い物語ですが、世界中で起きている問題に目を向けるきっかけになる一冊だと思います。


*今月の驚きの実話ベース本*

マハ・カーン・フィリップス『ペルシャ王女の棺』(星薫子訳/集英社文庫)

 主人公はパキスタンのカラチにある文化歴史博物館で学芸員として働く考古学者のグル。夜更けに突然警察から電話があり、大がかりな麻薬組織の手入れの最中に見つけたものについて意見がほしいと言われ、怪訝に思いつつ向かった先には、なんと高貴な女性と思われるミイラが! 本物であればまちがいなく歴史的大発見。なんとしてでも自分の手で謎を解こうとするグルを、数々のトラブルが襲います。クセルクセス王といえば思いつくのは映画『300 〈スリーハンドレッド〉』、そんなわたしでも歴史ミステリとして楽しく読めましたし、冒険活劇風のエピソードにもワクワクしました。そして本書も、因習に囚われた女性の苦しみと社会問題を取り上げています。それにしても本文あとの著者の追記には心底驚きました。まさかそんな実話があったとは! きっとびっくりしますよ!

*今月の最凶本*
タリク・アシュカナーニ『真夜中の王』(鍋島啓祐訳/ハーパーBOOKS)

  娯楽アクション小説家として名を馳せた父親の自殺で17年ぶりに帰郷したネイサンを待っていたのは、昔の友人で今は私立探偵のアイザック。彼が行方不明の少女の捜索をしていると聞いたネイサンは、無人となった実家に急いで戻り、父の寝室で『真夜中の王』というタイトルの未発表原稿を見つけます。それは実際の連続児童殺人事件をモチーフにした犯罪小説で、読み始めて動揺したネイサンはある場所に向かうのですが……。正直に言います。この小説、マジで怖かった!!!(泣) ミステリならなんでも問題なく読めていた自分ですが、本書はあまりの恐ろしさに眠れなくなり、慌てて別の本を手に取ったほどです。あるフレーズが頭から離れません(泣)。ホラーファンのひともぜひ!!

*今月の階上&階下本*
ロス・モンゴメリ『ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿』(村山美雪訳/角川文庫)

 舞台はハレー彗星が地球に接近している1910年のコーンウォール。彗星がもたらすであろう天災にパニックを起こしている世間をよそに、ストッキンガム・ウェルト家のひとびとは、館の主人の子爵の考えで、満潮時には外界から孤立するタイド館に蟄居して世界の終わりをやり過ごそうとしています。使用人たちが準備に右往左往する最中、執事のストークスは、紹介状持参でやってきた従僕志望のスティーブンを雇うことに。彼に与えられた仕事は厄介者の令嬢デシマの世話のみ。ただそれだけのことがどうしてこんなに大変なのか! 彗星が地球に到達したその夜、完全密封された館の書斎で子爵が殺されていました。彗星接近といえばラース・フォン・トリアー監督映画『メランコリア』をまっさきに思い出して震撼しましたが、本書は異常な状況下で起きた密室殺人事件を解決せんと、ミス・デシマとスティーブンの二人が推理に挑戦するという王道ミステリ。古典的な密室トリックに犯人当ての醍醐味、ドラマ『ダウントン・アビー』や映画『ゴスフォード・パーク』を思わせるような貴族&主従にまつわるあれやこれやで彩られた人間模様に心を掴まれ、あっというまに一気読み! 続編も読みたい! 犯人像がクリスティーの某作品のようでなかなかに黒いのも大変よろしい一冊です。

*今月のイチオシ本*
ジャン=クリストフ・グランジェ『死の烙印(I・II)』(高野優・坂田雪子訳/ハヤカワミステリ)


 戦争が今にも始まろうとしているナチ政権下のベルリン。精神分析医で洒落者のジーモンは、治療の際に裕福な患者たちが洩らした秘密で恐喝を行い、不穏な空気もどこ吹く風で贅沢に暮らしていましたが、ゆすっていた女性患者が殺された日から、彼の人生は大きく変わります。事件の前、被害者は夢に〈大理石の男〉が出てきたと言っていたことから、親衛隊大尉フランツはジーモンと精神病院の院長ミンナを捜査に引き込みます。ナチの不穏な動向に危機感を覚えつつ、不可解な謎に包まれた連続殺人事件の真相に近づくほどに、おぞましい真相が浮かび上がります。血生臭い犯行と、戦争直前の重苦しい雰囲気、それに逆らうような享楽的なサロンが、著者ならではの独特な筆致で描かれてぐいぐいと読ませます。その一方で、立場が違いすぎる三人の心情の変化が繊細に描かれていて、特殊で異常な状況にもかかわらず爽やかに感じたりもするなど、不思議な読後感をもって本を閉じました。グランジェが叩きつける異色反戦ミステリにガツンとやられてください!

*今月の新作映画*
『これって生きてる?』(4月17日(金)公開)


 息子二人はすくすくと育ち、仕事もまあまあ順調。NY近郊に住むアレックス(ウィル・アーネット)とテス(ローラ・ダーン)夫妻は、平凡ですが幸せな人生を送っていましたが、ある日、別居を決めます。理由は仲違いではなく、テスが長い間、円満な結婚生活を続ける上で押さえこんでいたある思いに、ついに向き合う決心をしたためです。


学生時代の友人たちとの食事会後、寂しさにかられたアレックスが一軒のカフェに入ろうとすると、そこはコメディクラブでした。舞台に立てば入場料15ドルはいらないと言われたアレックスは、やぶれかぶれで舞台に立ち、自らの複雑な心境を笑いに変えて披露したところ、意外なことに好反応が。まったく予期せぬ事態でしたが、これがアレックスの新たな生きがいとなったのです。


 本作には、謎も事件も驚愕の真相も出てきません。ですが、やりたいことがあり、それを周囲が理解してくれることがどれだけ幸せかを思い出させてくれる、ちょっぴりほろ苦いけれど心があたたまる作品です。監督と共同脚本のブラッドリー・クーパーは主人公の友人ボールズ(かなり個性的! そして時にはめちゃくちゃウザい)として出演もしていますが、本作で監督としての力量を再確認しました。とくに、子どもたちの複雑な感情の機微がきちんと掬い取られた描写には脱帽。日常のありふれた風景のありがたみをひしひしと感じられる本作、ちょっと心が疲れたときにぜひ。


 


【作品情報】
『これって生きてる?』(原題:IS THIS THING ON?)
監督:ブラッドリー・クーパー『アリー/スター誕生』『マエストロ:その音楽と愛と』
脚本:ブラッドリー・クーパー、ウィル・アーネット、マーク・チャペル
出演:ウィル・アーネット、ローラ・ダーン、アンドラ・デイ ほか
北米公開:2025年12月19日
日本公開:2026年4月17日(金) 全国ロードショー
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公式サイトhttps://www.searchlightpictures.jp/
コピーライト:©2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

 
 
■『これって生きてる?』60秒予告<4月17日(金)公開>■

 

♪akira
 翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2025年8月には、リチャード・オスマン『木曜殺人クラブ』(羽田詩津子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)と、ピーター・トレメイン『修道女フィデルマの慧眼』(田村美佐子訳/創元推理文庫)の解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho








 


 

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