今月もこんにちは! そごう美術館で〈手塚治虫 ブラック・ジャック展〉を観てきました。生原稿の迫力と美しさにうっとり。そういえば馬伯庸『西遊記事変』(齊藤正高訳/ハヤカワミステリ)も手塚治虫バージョンに脳内変換して楽しく読みました。『西遊記』が三蔵法師が孫悟空と沙悟浄と猪八戒をお供に天竺までお経を取りにいく冒険物語だと知っているだけで大丈夫。丁寧なふりがなもすごく助かりました。ありがとう早川書房!
*今月の二度読み本*
S・J・ショート『私があなたを殺すとき』(片桐恵理子訳/ハーパーBOOKS)
一人の男が今にも殺されそうなショッキングなシーンで幕を開けます。恋人とゴージャスな生活を送るアドリアナ、飲酒問題を抱えているカイリー、地味な会社員のイザベル。メルボルン在住の三人の共通点は二十代で夫を亡くしたこと。知り合って以来互いを助け合ってきましたが、やがて婚約が決まったアドリアナに不穏なメッセージが届き始めるのです。強い絆で結びついた彼女らですが、各々どうしても言えない秘密を抱えていて、その全てが明らかになったとき怒涛のクライマックスへ! たしかに二度読みしたくなる一冊です。
*今月の歴史本*
W・C・ライアン『真冬の訪問者』(土屋晃訳/新潮文庫)
1921年、冬。王立アイルランド警察の車がIRAに襲撃され、乗っていた警部補と元軍人、そして貴族の娘モードが死体となって発見されます。IRAの報復の巻き添えで死んだと思われたモードは、別の人物に殺されていたことがわかります。かつての恋人の訃報を受け取ったトムは友人で被害者の兄ビリーが住む館を訪れることに。一家の没落ぶりに衝撃を受けながらも、トムはモードを殺した真犯人を探します。血と暴力にまみれた独立戦争まっただなかのアイルランドで起きた不可解な殺人事件を、詩情豊かに描いた作品です。話は違いますが、サラ・ウォーターズ『エアーズ家の没落』が好きな人にもおすすめしたい。
*今月のパスティーシュ本*
クローディア・グレイ『『高慢と偏見』殺人事件』(不二淑子訳/ハヤカワミステリ)
エリザベスとミスター・ダーシー(『高慢と偏見』)が結婚してから22年後、夫妻は20歳の息子ジョナサンを連れて、ジョージとエマ(『エマ』)夫妻が住むドンウェルアビーのハウスパーティに向かいます。他に招待されたのはエドマンドとファニーのバートラム夫妻(『マンスフィールド・パーク』)、ブランドン大佐と妻のマリアン(『分別と多感』)、ウェントワース大佐と妻のアン(『説得』)、そして聖職者のヘンリーと妻キャサリン(『ノーサンガー・アビー』)の娘ジュリエット。そこに嵐と共にやってきたのは招かれざる客ジョージ・ウィッカム。館の主人をはじめ、招待客全員に緊張をもたらした彼は、二日目の晩に遺体となって発見されます。あの時代の習慣や捜査方法、社交のエチケットなど、ジェーン・オースティンに詳しくなくても楽しめるミステリです。ファンであれば、各作品のキャラクターのその後の状況など、パスティーシュならではの想像力を味わってみてください。
*今月のイチオシ本*
ハーラン・コーベン『捜索者の血』(田口俊樹訳/小学館文庫)
主人公のデイヴィッドは、3歳の息子マシュウを惨殺したとして終身刑を言い渡され、5年経った現在も服役中なのですが、実はやったのは彼ではないのです。息子を守れなかった自分を許せず、犯人として刑に服していたのですが、ある日突然面会にやってきた元妻の妹に見せられた1枚の写真が彼の運命を変えます。なんとそこには成長したマシュウが写っていたのです。ここから、命懸けの脱獄と手に汗握る逃亡の冒険スリラーになだれこみます! 生きる気力をなくしていた主人公が、愛する息子をとりもどすために立てた一世一代の計画とは? 逃亡劇のハラハラもさることながら、真犯人とその動機の不気味さにぞわっとしました。本書もドラマ化決定とのことですが、Netflixでは現在コーベン原作ドラマがなんと9作も配信中。製作国もイギリス5作、ポーランド2作、スペイン、フランスと国際色豊か。各国の脚色も楽しめますよ。
*今月の番外編本*
作・フローレンス・パリー・ハイド、絵・エドワード・ゴーリー『ツリーホーン、どんどん小さくなる』(三辺律子訳/東京創元社)
ひとりっ子のツリーホーンは、ある日気がついたら縮んでいました。どんどんどんどん縮んでいるのに、おかあさんもおとうさんも先生も校長先生も、だれひとり気にしてくれません。うーん。
著者紹介文に「若い読者の好奇心を刺激する作品に生涯を捧げた」とあり、若くないけど好奇心はめちゃくちゃ刺激されたよ!と激しくうなずきました(笑)。ややもするとホラーにもなる設定ですが、果てしなく緻密なのにとぼけた抜け感のあるゴーリーのイラストがたまらない魅力の不思議物語になっています。三部作が続けて刊行されるとのことで、次作がめちゃくちゃ楽しみです!!
*今月の新作映画*
『Flow』(3/14(金)公開)

ラトビア映画です。人間は出てきません。セリフは動物の鳴き声のみなので、字幕もありません。主人公にもどのキャラクターにも名前はありません。どこの国か、どの時代かも説明はありません。以上!





……で済ませたい、というか何も情報を入れないで観てほしい!!! 観た人によって解釈がいろいろ違うかもしれませんが、そうやって考えることが大事な作品だと思います。自分の感想を一つだけあげるとすると、「動物が擬人化されていないのが良い!」です。どうかエンドクレジットが終わるまで座席を立たないでください。そのシーンをどう解釈するかだけでも人と話し合えるはずです。こっそり言いますが、カピバラ好きな人は観たほうがいいですよ!





【ストーリー】世界が大洪水に包まれ、今にも街が消えようとする中、ある一匹の猫は居場所を後に旅立つ事を決意する。流れて来たボートに乗り合わせた動物たちと、想像を超えた出来事や予期せぬ危機に襲われることに。しかし彼らの中で少しずつ友情が芽生えはじめ、たくましくなっていく。彼らは運命を変える事が出来るのか?そして、この冒険の果てにあるものとは――?
監督:ギンツ・ジルバロディス
2024/ラトビア、フランス、ベルギー/カラー/85分
配給:ファインフィルムズ 映倫:G 文部科学省選定(青年/成人/家庭向き)
原題:Flow
後援:駐日ラトビア共和国大使館
©Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.
◆HP:
flow-movie.com
◆X(Twitter):
映画『Flow』公式 2025年3月14日公開
◆Instagram:
映画配給会社ファインフィルムズ
■3/14(金)公開『Flow』特報■
♪akira |
翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
Twitterアカウントは @suttokobucho 。
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