前回に引き続き、「どくミス!」に向けての読み直し期間ということで、少し前に刊行された作品をご紹介します。
まずご紹介するのはシャロン・ボルトン『身代りの女』(川副智子訳 新潮文庫)です。昨年五月の刊行なので「もう読んだよー」という方も多いと思いますが、おもしろい作品だからこそ改めて紹介させていただきたい!
創元推理文庫からS・J・ボルトン名義で『三つの秘文字』『毒の目覚め』『緋の収穫祭』(いずれも法村里絵訳 創元推理文庫)の三作が刊行されたのは二〇一一年から二〇一四年にかけてなので、十年ぶりの邦訳ということになるわけですが、言われなければ同一人物だとは気づかなかったと思います。だって作品の雰囲気が全然違うんだもん。
オックスフォードのパブリックスクールで優秀な成績を収め、卒業を間近に控えた男女六人組には、人には決して言うことのできない秘密がありました。以前から飲酒をしては肝試しのつもりで、六人が順に車の危険運転を繰り返していたのです。六人のうち五人目までは大きな事故も起こらずに済んだのですが、六人目のときにとうとう大事故を起こしてしまいます。前方から走ってきた車が、彼らの車をよけきれずに大炎上してしまったのです。自分たちの前途を気にかけるあまり、被害者を見捨てて事故現場から逃げ出す六人組でしたが、あとで犠牲になったのが小さな子供とその母親だったということを知って、良心の呵責にさいなまれます。六人全員の連帯責任とするか、運転していたやつひとりの責任とするか、あるいは……と話し合う彼らでしたが、最終的には六人のなかでもっとも優秀だった、しかもそのとき運転していたわけではないメーガンが身代りになると提案し、他の五人もそれを受け入れたのでした。
それから二十年後、メーガンは出所します。服役していた二十年の間、面会はおろか手紙を書くことすらしなかった彼らは、メーガンと会うのを避けようとするのですが、メーガンはそれを許しません。五人に対して身代りになった代償を払うよう要求していくのですが、五人はその要求を無視することができませんでした。なぜなら、彼らの罪を証明する念書をメーガンが隠し持っているから。
と、あらすじとして書けるのはここまでになりますが、とにかく冒頭から人間の醜悪な部分をまざまざと見せつけられる展開に目が離せません。このあと話はメーガンが持っている念書の行方を中心にして、めまぐるしく展開していきます。思慮浅はかな若者たちが、怖れと混乱のうちに下した決断が、二十年の歳月を経て彼ら自身を苦しめていくさまを見ているうちに、つい「自分だったらどうしていただろう」と、我が過去を振り返ってみて、あり得たかもしれない将来に思いをめぐらす、そんな気分にもさせられます。
そして、ツイストにツイストを重ねたのちにたどり着くラストは見事のひとこと。このラストをどう感じたかはおそらく人によってかなり違っているでしょう。その違いこそ、読者それぞれの歩んできた道のりの違いではないかも思います(どちらがいいとか悪いとかではなく)。
本作は「リアルサウンド認定翻訳ミステリーベスト10」にて栄えある第一位に選出されました。投票によらず、三名の識者(みなさん七福神のメンバーですね)の合議によって決められるこのベストテン、他の企画とは一線を画する大変見応えのあるランキングとなっていますので、ぜひ一度確認されますことを。
続いて紹介するのも偶然ですが新潮文庫から。年末に刊行された玖月晞(ジウユエシー)『少年の君』(泉京鹿訳 新潮文庫)は、二〇一九年に公開された映画でご存じの方も多いのではないかと思いますが、その原作がようやく日本語で読めることになりました。
主人公は二人の男女です。一人は大学受験を控えた高校生の陳念(チェンニェン)。成績はいいけれど活発な性格ではなく、どちらかといえば周囲に埋もれるタイプの女子高生ですが、少し前に、ひどいいじめに遭った挙げ句自殺した同級生と最後に会っていたという理由で、いじめグルーブのターゲットになってしまいます。陳念は、誰から聞かれても同級生の自殺については黙して語らず、その結果執拗ないじめに遭うわけですが、北京での大学生活が始まればすべてから逃れられるとの一心で勉強に打ち込むのでした。
もうひとりの主人公は、北野(ベイイエ)という、陳念よりもひとつ年上の不良少年です。学校にも行かずひとりで生活しています。
ある日の学校帰り、陳念は通りで不良グループに一方的にやられている少年を見かねて警察に通報するのですが、それが不良グループに見つかってしまい、その少年と無理矢理キスをさせられます。結果的に少年を救ったことになったわけですが、それ以降その少年、北野は陳念の前にちょくちょく現れるようになるのです。
陳念のほうはというと、徐々にエスカレートするいじめに対して警察に相談をしますが、ことは収まらず逆に火に油を注ぐような状況となり、北野に頼ることにします。登下校の間、遠巻きに陳念を見守る北野に、彼女は次第に心を開いていき、やがて二人の間には彼らにしかわからない絆のようなものが生まれます。
陳念に対する憎しみをいよいよ増幅させていたいじめグループの首謀格である魏萊(ウェイライ)は、北野が不在の隙を突いて陳念に接触。そこで、陳念と北野の将来を左右する事件が起こるのです。
まず大前提として、本作は「純愛小説」であると言っていいでしょう。恋愛小説ではなく「純愛」。もうね、読んでもらえればこの意味がわかるはずですけど、尊いんですよこの二人が。彼らの見るもの、触るもの、感じるもののすべてがね、純度が増すっていうんですかねー。とにかく尊いんです。こんなん読まされたらおじさんだってきゅんきゅんしちゃう(気持ち悪、とか言わない)。ですが、魏萊と陳念との間に起こった事件以降、話の展開はミステリーに大きく振れていきます。で、これがまたいいんですよ。謎の真相そのものよりも、真相にたどり着こうとする警察と彼ら二人の勝負と言えばいいんでしょうか。端的に言えば、彼らの「そうする理由」に胸を打たれるわけです。それはおそらく多くの人に、あの超がつくほど有名な作品を想起させるかもしれません。でもね、いいじゃないですか。既存の小説に似てようがなんだろうが、ここに描かれている彼らの純粋さまでが嘘になるわけじゃないんだから。老若男女問わず、陳念と北野の純粋さにきゅんきゅんするがいい! って思いますマジで。
映画のほうにもちょっと触れておきますと、別物とまでは言わないにしろ、設定にかなり変更が加えられているので、どちらが先でもまったくかまいません。というか結末自体違うので、映画と小説を比べてみるのもありだと思います。映画は配信サイトでも見ることができます。さあみんな、陳念と北野の純粋さに打たれてしまうがいい。
さて、「どくミス!」については先月お伝えしたとおり、要項をこちらに掲載しておりますので、みなさまぜひご確認ください。具体的な日程についてはもう少ししたらお伝えできると思います。
また、長いこと開店休業状態だった福岡翻訳ミステリー読書会も、近いうちに再始動のご案内ができると思いますので、こちらもご期待ください!
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大木雄一郎(おおき ゆういちろう) |
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