今月もこんにちは! 都内では大雪が降った数日後に初夏の陽気。早く衣替えの時間を作らねば。

*今月の殺し屋本*
ロブ・ハート『暗殺依存症』(渡辺義久訳/ハヤカワミステリ)


 主人公のマークは、かつては世界最高とうたわれた凄腕の暗殺者。ですが今はAlcoholics AnonymousならぬAssassins Anonymous――暗殺依存症患者を自助するグループに属し、暗殺から足を洗って“不殺の誓い”を立てています。身を潜めてカタギの世界に戻ろうとするだけならまだしも、グループでマークを導く元ヤクザの殺し屋ケンジは、今までマークのターゲットとなった人々に罪滅ぼしをするというかなり無理目なタスク、つまり遺族や関係者にお詫びをしてまわることを彼に推奨しているのです。関係者から攻撃されたりしてもできるだけ反撃はせず、自分が死なない程度にかわし、絶対に相手を殺さない。それ、たしかに暗殺するよりずっと難しそうなんですけど! そんなわけで次から次へと満身創痍の主人公なのですが、暗殺者をやめる決心をしたきっかけがいくらなんでも凄すぎるんですよ! そんな悲哀たっぷりの主人公は『ジョン・ウィック』を引き合いに出されるのにウンザリしてるんですが、他にも映画ネタが満載なので、映画ファンの人はぜひ。映像化するならケンジは絶対真田広之一択かと。

*今月のドメスティック・サスペンス本*
A・R・トーレ『家族のなかの見知らぬ人』(北野寿美枝訳/ハヤカワミステリ文庫)


 夫とティーンエイジャーの息子がいるリリアンは、大手新聞社で数々の有名セレブの訃報記事を書き業界では知られた存在でしたが、ある日大きなミスをして仕事を干され、情緒不安定な日々を送っています。さらに追い打ちをかけるように、夫が浮気をしている証拠を見つけて動揺するリリアン。そんなとき、魅力的な男デイヴィッドがあらわれ、リリアンは咄嗟に別人物を演じてしまいます。帯に〈夫は妻のために嘘をついた。〉とありますが、まあその時点でこの夫、信用できない! リリアン早く逃げて! と思いながら読み進んでいくと、思いもよらぬ展開に。えっ、まさかのその視点! しかも、動機ってそれ!? いやー、そうくるとはまったく予想しませんでした(汗)。エドガー賞オリジナルペイパーバック部門ノミネートの本書、イヤミス風味濃厚です。

*今月のミステリファン大喜び本*
ジジ・パンディアン『読書会は危険?』(鈴木美朋訳/創元推理文庫)


ある一冊を取り出すと開く本棚や巧妙に隠された扉など、夢のように楽しい凝った仕掛けを請け負う特別な建築会社が舞台の〈秘密の階段建築社の事件簿〉シリーズ第二作。元イリュージョニストのテンペストが家業に加わり、今回は、地下の広々としたスペースに読書会専用の部屋を作ることに。カフェを経営する依頼主のラヴィニアは、少人数でミステリの読書会を開いています。夫のコービンはかつて『大鴉』という不気味なミステリでベストセラー作家となりましたが、最近はぱっとせず、妻と別居中。ある理由から読書会部屋で降霊会が催されるのですが、そこでとんでもない事件が起きてしまいます。忍者屋敷や隠し部屋という言葉にワクワクするひとには絶対にオススメの楽しい本作、事件の謎解きの面白さはもちろん、古今東西のミステリ作品や作家に触れられていて、読みながら、そうそう、うんうん、と思わず頷いてしまいます。そして今回も独創的な美味しそうな食べ物がたくさん! そうそう、祖父アッシュが作るお弁当のくだりにある“ムンバイの複雑なランチ配達システム”がどんなものか気になる人はぜひインド映画『めぐり逢わせのお弁当』(2013)を観てみてください。これ、本当にびっくりしますよ!

*今月のイチオシ本*
アート・テイラー『ボニーとクライドにはなれないけれど』(東野さやか訳/創元推理文庫)


 アガサ賞受賞の連作ミステリ短編集――もうこれだけで読みたい! ふたりの出会いはコンビニ。レジにいたルイーズの前に、強盗のデルがあらわれたのでした。真夏にスキーマスクを被ったデルはピストルを持っていましたが、不思議なことにルイーズはデルが怖くなく、それどころか、彼に自分の電話番号を伝えたのです。その後、律儀にも連絡してきたデルにルイーズは感動し、それから付き合いが始まったというわけなのでした。本書には短編6編が収められいて、各々違ったタイプの犯罪が絡んできますが、謎解きや犯人当てよりも、彼らの感情の機微や周囲との関わりなど、なにげない描写がとても心地よく、心にすっと染み込んできます。中には悲しい物語もありますが、それを通り過ぎた上の主人公の心の変化も感じられ、ラストは気持ちよく読み終えられました。『ボニーとクライドにはなれないけれど』という邦題が秀逸ですが、表紙を見るたびに「なれなくてよかったね」と心の中でつぶやいてしまいます。疲れた時にじんわりとくる一冊、オススメです。
 
*今月の新作映画*
『ミッキー17』(3月28日(金)公開)
 友人ティモ(スティーブン・ユァン)の口車に乗せられて開いた店の経営に失敗したミッキー(ロバート・パティンソン)は、借金取りから逃げるために氷の惑星でのコロニー建設ミッションに応募します。内容を確認せずにサインした契約書に書かれていた業務内容は〉エクスペンダブル〉。使い捨て人間となったミッキーは、過酷な労働や危険な実験で死に、その度に生まれ変わってはまた死ぬという超ブラックな日々を送ることに。ところがある日、手違いで“次のミッキー”が出現してしまい……。

 『パラサイト 半地下の家族』が世界中で大ヒットになったポン・ジュノ監督の最新作は、半地下よりもさらに下の超底辺で、文字通り死んだほうがマシなお仕事についてしまった若者ミッキーの想像を絶する苦労話。主人公が何度も死んでは生き返るといえば『オール・ユー・ニード・イズ・キル』が思い出されますが、本作はそんな英雄行為や高揚感は微塵もありません。ただひたすら使い捨てられる毎日を過ごすミッキーに、ある日予想外の出来事が起きてしまうのです。本作の見どころのひとつは、そんなどん底の状況でも希望やユーモアを失わないミッキー。『トワイライト』シリーズから観てますが、すごい俳優になったなあとつくづく思います。クズ中のクズの政治家マーシャルを演じるマーク・ラファロや、小悪党的なスティーブン・ユァンも楽しそうに演じています。ナーシャ役のナオミ・アッキーはいろんな意味でめちゃくちゃかっこいい! 原作はエドワード・アシュトン『ミッキー7』(大谷真弓訳/ハヤカワSF文庫)。ヴィジュアルが個性的な生命体も登場するので、『グエムル -漢江の怪物』『Okja/オクジャ』などのジュノ作品が好きな人もぜひ!
 

 


タイトル: 『ミッキー17』
コピーライト: © 2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
公開:3月28日(金)公開 4D/Dolby Cinema🄬/ScreenX/IMAX🄬 同時公開
配給:ワーナー・ブラザース映画
 
◆公式サイトhttps://wwws.warnerbros.co.jp/mickey17/index.html
◆X(Twitter): https://x.com/warnerjp
◆Instagram: https://www.instagram.com/warnerjp_official
◆TicToc: https://www.tiktok.com/@warnerjp

 
◆映画『ミッキー17』日本版予告 2025年3月28日(金)公開◆

♪akira
 翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho










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