今月もこんばんは! 今月はR・F・クアン『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』(古沢嘉通訳/東京創元社)にも圧倒されました。翻訳小説好きに強力にオススメしたい作品です。ラミー!

*今月のお久しぶり本*
フィリップ・マーゴリン『銃を持つ花嫁』(加賀山卓朗訳/新潮文庫)

 作家になる夢をあきらめかけていたステイシーに、ある日運命の瞬間が訪れます。ウェディングドレスを着た後ろ姿の女性の手に、拳銃が握られているという写真を偶然目にして心を奪われた彼女は、被写体について調べ始めると、その写真が10年前に起こった殺人事件と関係していることがわかり、撮影場所のオレゴン州へと向かいます。被写体の女性は、撮影の前夜に結婚したばかりの富豪の夫殺しで容疑者となっていたのです。
 まず、作家名で驚きました。懐かしい!! まさか今になってマーゴリンの新作が読めるとは! 読み進みながらかつての諸作の面白さが蘇りました。時間を忘れてひきまれること間違いなしなので、長時間の移動や待ち時間などに最適な一冊かも!

*今月の過去の因縁本*
アルネ・ダール『円環』(矢島真理訳/小学館文庫)

 高速道路での自動車爆発事件に始まったスウェーデン国内の連続爆破殺人事件で、容疑者として浮上したのは元警部フリセル。森で隠遁生活を送っていたフリセルが、元部下に犯行予告めいた手紙を送っていたのです。被害者の共通項が環境破壊だったことが判明したため、特捜班が彼の行方を追うのですが……。
 サム・ベリエルのシリーズもギョッとするような展開で楽しませてくれましたが、今回は動機が! そしてあの人もなんというか同情の余地がないというか、お前が悪い! だからといってその発想は! と最後の最後まで手に汗握りました。

*今月の危険な青春本*
ジャンリーコ・カロフィーリオ『過去は異国』(飯田亮介訳/扶桑社文庫)

 主人公は法学を専攻する大学生ジョルジョ。成績優秀で両親や恋人とも円満だった彼は、ある晩、2学年上のフランチェスコと出会います。彼からいかさまギャンブルの相棒に選ばれ、ジョルジョの退屈な日々は大きく変わっていくのでした。
『太陽がいっぱい』を彷彿とさせる〉という帯の一文に納得。頭でわかってはいつつ、でもゆるやかに破滅に向かっている自分を俯瞰で見ているような主人公に、なんとなくカミュの『異邦人』も思い出したり。

*今月のハッピーエンド本であり犬愛満載本(1)*
スティーヴン・キング『フェアリー・テイル』(白石朗訳/文藝春秋)

 17歳の少年チャーリーは、ある日、怪我をした老人を助けます。その不気味な外観から〈サイコハウス〉と呼ばれる家に住むミスター・ボウディッチの異常を知らせたのは飼い犬のジャーマンシェパード、レイダー。チャーリーはある理由から、その偏屈な老人と老犬の世話をすることになるのですが、家に通うようになっていくつか妙なことに気づきます。その一つは裏にある小屋から聞こえる怪しい音でした。
 まず何をおいても言いたいのは、レイダーが! 犬が愛おしすぎる!!! 犬好きな人はもちろん、動物好きならもうメロメロになること間違いなし! 帯文や解説にあるように、コロナ禍で暗い時代に読者も自分も幸せになるようにと書いた作品とのことで、自分はもう上巻のレイダーの仕草はもちろん、チャーリーとお父さんの関係にもかなり幸福感が得られました。ありがとうキング先生! あ、もちろん下巻の異世界パートも堪能しました。まさかこんな展開が待ち受けているとは! たしかにハッピーエンドです!!

*今月のイチオシ本であり犬愛満載本(2)*
デボラ・ホプキンソン『こうしてぼくはスパイになった』(服部京子訳/東京創元社)

 ドイツ軍の空襲が続く第二次大戦時のロンドン。救助犬のリトル・ルーと一緒に街へ出た13歳のバーティは、アメリカ人の女の子と鉢合わせしてしまい、その後路地で倒れている若い女性を見つけます。ところが民間防衛隊の大人たちと現場に戻ると、彼女は消えていました。その近くで拾ったノートには、暗号文が書かれていたのです。
 なんと今月は犬愛に満ちた本が2冊も!! こちらはまだまだ遊び盛りのスパニエル犬で、可愛いし利口だし、やっぱりメロメロになっちゃいますよ! そして主人公たち3人が真剣に謎解きをする姿にほのぼのすると同時に、めいっぱいエールを送りたくなります。おまけの暗号問題も楽しい一冊。ぜひご家族でどうぞ。

*今月の新作映画*
『ガール・ウィズ・ニードル』(5月16日(金)公開)

 舞台は第一次世界大戦後のコペンハーゲン。戦争に行った夫が行方不明となり、生活が困窮してアパートを追い出されたカロリーネは、勤め先の工場主と関係を持ってしまいます。しかし期待した幸せな未来は訪れず、おまけに仕事さえも失った彼女は、絶望してある行動をとったのですが、それに気づいた女性ダウマに助けられます。後日ダウマの元を訪れたカロリーネは、そこで乳母として働くことになります。ところがのちに彼女はある恐ろしい事実を知ってしまうのです。



 デンマークで実際に起きた事件を元にした、それはそれは恐ろしい物語。陰影の強いモノクロの画面と、セリフのはしばしに潜む不安感と恐怖。最後まで緊張で身体が縛られるような作品です。自分はある場面で、ピエール・ルメートルの某作を思い出しました。戦争がもたらす悲劇は戦場だけに起きるのではない、残された女性たちにどれだけの不幸が降りかかるのかなど、あらためて思い知らされる強烈な映画でした。ぜひ。

 


タイトル: 『ガール・ウィズ・ニードル』
公開:5月16日(金)
   新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、
   渋谷ホワイト シネクイントほか全国公開
画像・映像の©表記:© NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024

監督・脚本:マグヌス・フォン・ホーン
撮影:ミハウ・ディメク 
美術:ヤグナ・ドベシュ
編集:アグニェシュカ・グリンスカ
音楽:フレゼレケ・ホフマイア
音響:オスカ・スクリーヴァ      
出演:ヴィクトーリア・カーメン・ソネ、トリーネ・デュアホルム、ベシーア・セシーリ 

2024年/デンマーク、ポーランド、スウェーデン/デンマーク語/123分
 1.44:1/モノクロ/5.1ch/PG‐12
原題:Pigen med nålen
英題The Girl with the Needle
日本語字幕:吉川美奈子
字幕監修:村井誠人
配給:トランスフォーマー
  
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◆その街では、よく人が消える――『ガール・ウィズ・ニードル』本予告|5.16(金)公開◆

 

♪akira
 翻訳ミステリー・映画ライター。月刊誌「本の雑誌」の連載コラム〈本、ときどき映画〉を担当。2021年はアレックス・ノース『囁き男』(菅原美保訳/小学館文庫)、ジャナ・デリオン『ハートに火をつけないで』(島村浩子訳/創元推理文庫)の解説を書きました
 Twitterアカウントは @suttokobucho








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