みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。北海道もなんとなく春めいてきました。まだまだ冬靴、冬タイヤは必須ですが(一部の若者は夏靴という噂)、最低気温がプラスの日もちらほら。そうなると途端にマイナス1度が肌寒く感じてしまったりして、人間のカラダってなんともナマクラだなあ……と実感する季節です。
さて、3月29日は「世界マーメイドの日」らしいのですが、ご存じでしたか。どうやら、人魚伝説を扱った『サイレン 人魚の咆哮』(Freeform、2018)というアメリカの(ホラー?)ファンタジードラマがきっかけとなり制定された新しめの記念日のようです。というわけで、本日は人魚作品をご紹介。

はじめにご紹介するのは、長編小説『塩の鱗』。前回ご紹介した『とりかえっこ』の作者、チョ・ソンヒによる長編小説でございます。タイトルにある「塩の鱗」とは、人魚の鱗のこと。人間界で暮らす人魚妻と人間のダメ夫を中心に、夫婦間、親子間、ひいては種族(?)間の葛藤を描いた物語です。
小さな漁村、ピョロ村で育ったスンハの母親ジョンシムは、8年前に他界し、村から遠く離れたペゴ島の頂上に安置された。本人の希望で狭い棺には入れず、岩場のくぼみに遺体を横たえ、岩盤で覆っただけの墓だった。最近、ジョンシムの墓の周りで亡霊のような人影が見えるようになり、それを不吉に感じた村人たちは、スンハに改葬をせまった。何年もの間、半ば野ざらしにされていた遺体はどうなっているのだろうか。改葬のために集まった村の男たちとスンハが恐る恐る岩盤を持ち上げると、現れた遺体には真っ白な鱗のようなものがびっしりと貼りついていた。貼りついた鱗のせいで二本の脚は一本にくっつき、貼り合わさった10本の足趾は扇状の尾びれのように見えた。スンハが変わり果てた姿の母親の手に触れようとすると、その手のひらからスンハの手の中へ、鱗がハラハラと舞い降りた。ジョンシムがそれをスンハに手渡す機会を待ちわびていたように見えた。スンハは、その鱗に見覚えがあった。8年前、母親に馬乗りになった父親が、それで母親の腕を、首を、胸元を掻き切っていた。人魚にまつわる不吉な伝説を知る男たちは、何も見なかったことにしようと、遺体をそのまま岩盤で覆い隠した。
スンハの父親、ドンスは漁師だったが、かつて出漁中に海に転落し、行方不明になったことがある。だがドンスは数日後、一人の女を連れて帰還した。その女がジョンシムだった。事故前後の記憶がドンスにはなく、ジョンシムはまるで聴覚に障害でもあるかのように、言葉を発することがなかった。
さて、物語にはもう一つの家族が登場します。
独特の光を発する壁画を描く画家として人気を誇るマリと、ダメ男でありながら亭主関白を絵に描いたような夫、ヨンボ。何一つ取り柄のない自分との結婚を受け入れてくれたマリが提示した、ただ一つの条件は、彼女の所有物である「塩」に触れない、ということ。それは「塩」というには不自然な、鱗に似た形で、その外縁部は鋭利なナイフのようだった。マリは結婚の証として、ヨンボに塩の鱗を一枚だけ手渡すが、それ以外の塩には決して触れないよう念を押した。その「塩鱗」はマリが制作する絵画の画材としても使われ、ほかのものでは表現できない特異な光を放った。
マリは、娘のソムに読み聞かせようと、人魚にまつわる絵本を描いた。子どもに聞かせるにはどこか陰鬱な内容で、ヨンボはそれが気に入らなかった。マリは自分の家族も海の中にいるのだとヨンボに打ち明けるが、ヨンボはそれを、彼女の家族は海難事故で死んだものととらえた。
愛の証として妻から塩の鱗をもらった男。それは幸せをもたらすアイテムであると同時に、人に不幸をもたらすアイテムでもありました。スンハが父親、ドンスに会うために刑務所を訪れると、ドンスはこんなことを伝えます。
「人魚の鱗は、人魚がはじめにくれる一枚だけが幸せを、あとは不幸を運んでくるんだ。人魚の鱗に手を出したらどうなるか知ってるか? 怒り狂った人魚が自分の鱗でそいつの首を掻っ切るのさ」
人魚にもらった一枚の塩鱗で満足できなくなり、塩鱗を奪う者、塩鱗でひと儲けしようとする者、それがもたらす事態を知りつつも、欲望に抗えなくなる者が現れ、こっそり鱗を盗んだ人物が次々と悲惨な死を遂げていきます。
また、スンハの友人ジュニは、先祖代々塩屋を営みながら、ひそかに塩鱗を集めてきました。集めた塩鱗で作るソルトランプ、塩鱗灯は人の心を惑わす灯りでありながら、四百数十枚の鱗を使って組み立てられた完成品の灯りは真実を映し出すという伝説がありました。その伝説を確認したい一心で、ジュニは自分を見失っていきます。
人並外れた潜水能力を持つスンハとマリ、そしてソム。なんの接点もなかった三人ですが(マリとソムは親子ですが)、その特異な遺伝子が互いに呼び合い、少しずつ近づいていきます。
悪人同士が駆け引きしたり、悪事の相乗効果が表出したり、人間なんてみんな強欲の塊だと言わんばかりに欲深い者どもが登場しますが、そこは韓国小説、勧善懲悪はしっかりと。人(魚)と人(魚)とが理解し合うことの大切さと少欲知足を教えてくれるホラーファンタジー。余談ですが、マリはスポンジボブの靴下がお気に入りです(後からナルホドと思った)。

次にご紹介するのは『人魚狩り』。作者は、俳優としても名を馳せたチャ・インピョ。ならず者、不埒者の役が多いイメージですが(偏見?)、夫婦で社会奉仕、慈善活動に取り組んでいる人物で、過去にも心温まる優しい作品をいくつか出版されています。……がこちらはやはりタイトルがタイトルなだけに、全然心温まりませんでした……。こちらの物語、時は1902年、まず登場するのは、漁村に住む漁師のトクムと娘のヨンシル、息子ヨンドゥク。トクムの妻は数年前、原因不明の呼吸困難に陥り、幼子を残して他界しました。父子家庭ではありながら、トクムは近海で漁をなしながら子どもたちと平和な暮らしを営んでいます。
ある日、漁から戻るとヨンシルが家の中で倒れていた。呼吸がうまくできないようで意識も朦朧としている。他界した妻のことが頭をよぎり、ヨンシルを連れて医院に駆け込んだ。医師によると、肺にいくつも穴があき、そこに液体が流れこむことで呼吸困難を起こしているという。村での治療は不可能だと言われ、名医の噂を聞きつけては遠方まで足を運んだが、有効な治療法は見つからなかった。
困り果てたトクムのもとに、村の商人、コン爺さんが現れた。その昔、コン爺さんは船の転覆により大海原のど真ん中に放り出されたことがある。海中でもがいている間に鮫に片足と手を食いちぎられながらも一命をとりとめたコン爺さんは、驚異的な回復力を見せ、雑貨や薬剤を扱う商人として名を馳せるようになった。
コン爺さんは懐から小瓶を取り出し、得体のしれない黄色い液体を一滴、ヨンシルの口元に垂らした。数分後、苦しげに喘いでいたヨンシルの呼吸が、嘘のように穏やかさを取り戻した。コン爺さんは、薬の効果は三日ほどで、今のが最後の一滴だと言った。それは、1200年前からコン家に伝わる秘伝の「油」、それもただの油ではなく「人魚の油」だという。鮫に足を食いちぎられ、瀕死の状態で見つかったコン爺さんが驚異的な回復力を見せたのも、人魚の油の効力だった。
寿命が千年を超えると言われる人魚の体は、類まれな自然治癒力を備えているという。自然治癒力を発揮する成分は特にメスの成体に豊富に含まれるため、メスの成体を茹で上げ、油を搾り取らなければならない。その貴重な油の最後の一滴が今、ヨンシルの体内に吸い込まれた。油がもはや底をついてしまったのだ。
さて、コン爺さんは、なぜそれほどまでに貴重な油をヨンシルのために使ったのでしょう。そりゃもちろん、下心があるからに決まってる。瀕死の娘のため、娘の命を助けるためなら、トクムはどんな野蛮なことでもやってのけるだろうという目論見。爺さんにはどうしても油が必要だったのです。なかなかえげつない爺さんです。
ちなみにコン爺さんによると、1200年前に人魚と出会った先祖は、10歳のコンナン少年。凶作で食料が底をつき、母親と妹たちに食べさせるものを求めて、嵐の中、海辺へ向かったものの、強まる一方の風雨に行く手を阻まれます。そこで、岩場にぽかりと口を開けた洞窟へ逃げ込んだコンナン少年が奥へ進んでいくと、別世界のような風景が目に飛び込んできました。まるで青空のように広がる、穏やかな湖。水面に目をやると、一瞬、コンナンと同じくらいの子どもが顔を出し、すぐさま水中へ消えました。そして、村の老婆が、それは人魚に違いないと教えてくれたというのです。
それにしても、先祖から伝えられた油を保管していただけのコン爺さんが、人魚の居場所や生態、その油の精製方法などやけに詳しいのはなぜでしょう。もう一つちなみに、人魚の肉を半身食べると、人魚くらい長生きできるとか……。
あまりにも非人道的な人魚狩り。というか、作中に描かれる人魚はもはや人間ぽい魚じゃなく、魚の要素をもった人間。そして、狩りでは「お母さん人魚」を狩るために「赤ちゃん人魚」が使われたりして、正直、そ、そこまでグロい描写は必要でしょうか? と疑問に感じるほどのグロ場面もあり。でも、(自分が千年生きるためにはしませんが)わが子の命がかかっていたら、やっちゃうのか? なんてことも考えたり。ちまたで人気の人魚姫とはちょっぴり違う、グロたっぷりの人魚物語。機会があればぜひに。
| 藤原 友代(ふじはら ともよ) |
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| 北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。 |