書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。
この連載が本になりました! 『書評七福神が選ぶ、絶対読み逃せない翻訳ミステリベスト2011-2020』(書肆侃侃房)は絶賛発売中です。
(ルール)
- この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
- 挙げた作品の重複は気にしない。
- 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
- 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
- 掲載は原稿の到着順。
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千街晶之
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『暗黒の瞬間』エリーザ・ホーフェン/浅井晶子訳
東京創元社
ロス・モンゴメリ『ハレー彗星の館の殺人 老令嬢探偵の事件簿』は、ハレー彗星接近が原因となるクローズドサークルという舞台設定が類を見ないし、探偵役の毒舌令嬢デシマのキャラクター造型も魅力的で(性格も年齢も違うのだが、フランシス・ハーディング『嘘の木』の主人公を想起した)、二月の月間ベストとして推したかったけれども、エリーザ・ホーフェン『暗黒の瞬間』という年間ベスト級の傑作が出てしまったので仕方がない。主人公の刑事弁護士エーファ・ヘアベアゲンが、三十年以上の職業人生に終止符を打とうとしている時点から、過去に担当した九つの事件を回想する……という構成の連作短篇集だ。エーファは正義感が強く誠実な女性だが、自らの選択によって誰かが不幸に陥ったり悪が罰を免れたりする結果を招き、人間の底知れない暗黒面を心ならずも目の当たりにして打ちひしがれることになる。連作を通して描かれるのは、彼女がそんな自分の選択の結果とどう向き合うのかという問題だ。無駄を削ぎ落とした描写や、法と現実の矛盾を鋭く衝く作風は、同じドイツの作家フェルディナント・フォン・シーラッハを否応なしに連想させるけれども(たぶん影響は受けているだろう)、さまざまなエピソードを通して一人の主人公を立体的に描いた点はこの作家の独自性と言えそうだ。どのエピソードが印象に残るかは読者によって違うと予想されるが、私は「生かしておく」「少年兵」「塩」「強姦」が特に忘れ難い。
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酒井貞道
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『暗黒の瞬間』エリーザ・ホーフェン/浅井晶子訳
東京創元社
非常に簡単にまとめると、「法の限界を描く連作ミステリ」となる。こう書くといかにも面白くなさそうだが、実際に読んで感じられる小説としての質感は、この「まとめ」とは全く異なるものになっている。主人のはベテラン女性弁護士エーファが関与した9つの事件を、生々しい感情の直接描写は徹底的に避けて、簡素な書きぶりで解きほぐしていく。そしてその過程で、事件関係者と主人公の感情鑑賞のひだを、丁寧に彫琢していくのである。「直接描写しない」と「感情のひだを彫琢」が両立しているのがミソ。品が良く、読んでいてたいへん心地よい。そして事件関係者の心理が、そくそくと胸に染み入るのである。なおこの点は、本書最大の魅力になっているのだが、より詳しく説明するにはネタバレせざるを得ず、お伝えするのは泣く泣く諦めます。読んでください。なお、本書のミソはもう一つある。主人公エーファは傍観者ではなく、かなり主体的に事件に関与する(ことが多い)のだ。フェルディナント・フォン・シーラッハの主人公は、概ね観察者の域を出なかったが、エーファは積極的に物語の当事者とならんとする。なぜ彼女がそうなのかは、これまた読んでくださいと申し上げるほかない。法の中身が物語の設定や展開に大きく影響する内容であるにもかかわらず、法の説明がさらりとしかしわかりやすく為されていて、硬い感じが全くしないのも上手い。年度を代表する作品となり得る素晴らしい作品だ。
今月はもう一つ、『特殊清掃人グレイス・マクギルと孤独な死者たち』C・S・ロバートソン/菅原美保訳(小学館文庫)にも触れておきたい。題名通り、主役は特殊清掃人グレイスである。孤独死して何日か或いは何か月か経過した、人が亡くなった現場(ほぼ全てその人の自宅)を、敬意をもって清掃する。そんな生業をグレイスは愛しており、亡くなっても誰にも暫く気付かれなかった孤独な彼らの生の場を、敬意をもって扱う。実直で思慮深く、脳裏ではユーモラスなことも考えていて、しかし寡黙で人好きせず、そんな自分にもはや諦念を抱いているグレイスの人柄が、一人称を通して浮かび上がる。そんな彼女が二つの仕事先で、関連性に気付き、独自に大胆に調査を始め、50年前のある出来事が浮かび上がっていく。その過程も実に丁寧に内省的に描かれていく。良い小説だ。……などと思ってすっかり油断していると、後半の後半あたりで、とんでもない展開になるのだ。正直、声が出ました。まさしく「聞いてないよ」状態。そしてあのラスト!
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霜月蒼
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『暗黒の瞬間』エリーザ・ホーフェン/浅井晶子訳
東京創元社
シーラッハのような犯罪小説は彼ひとりのものかと思っていたら、その系譜を継ぎ、発展させた作品が登場したのに驚く。エリーザ・ホーフェンの『暗黒の瞬間』である。「私」一人称で語る弁護士が、職務上で知った犯罪を連作短編集の体裁で語ってゆく。実務家/法律家であることに根差した冷徹な筆致と、それゆえに省略の利かされた作劇が、重たさと読みやすさを同時に達成しているあたりもシーラッハの『犯罪』『罪悪』などの短編集と同様の美点である。
でも単なるシーラッハもどきではない。冷徹で匿名的な「眼」であったシーラッハ作品の「私」と異なり、こちらの「私」には名前も過去も家庭もあり、それゆえの感情もある。彼女(本書の「私」は女性だ)の行動原理にはちょっとした不可解な逸脱があり、作品が重なってゆくことで、それが明らかになってゆく。つまりこちらには一貫したドラマがあって、そこがシーラッハとの大きな違いだ。
もうひとつ。シーラッハの短編集で印象的なのは、平凡な人間が突如としてみせる残忍さや邪悪さにあり、それが何の説明もなく「これが人間であり世界だ」というように投げ出させる点にあった。ひるがえって本書で行われる犯罪は(もっとも凄惨な「強姦」の章ですらも)シーラッハ作品のように理解を拒否するものではない。ここにいるのは不可解な人間なのではなく、愚かしい人間なのだ。シーラッハは犯罪者の感情を書かないが、ホーフェンは書く。理と情がせめぎあうように問われる本書での道徳性は、その意味で、シーラッハより葛藤に満ちた正義の議論を触発する。シーラッハの冷たさと観念性よりも、こちらのほうが間口は広いかもしれない。
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上條ひろみ
『怪物を捕らえる者は』ネレ・ノイハウス/酒寄進一訳
創元推理文庫
2月も傑作揃いでしたが、やっぱりノイハウスははずせない。〈刑事オリヴァー&ピア〉シリーズ11作目です。
16歳の少女が行方不明になり、その後遺体となって発見されます。いっしょにいるのを最後に目撃されたアフガニスタン移民の青年が姿を消し、警察はあくまでも参考人として行方を追いますが、情報が漏れたため移民問題となりSNSは炎上。同じころ頸部を食いちぎられた謎の死体が発見され、物語は意外な展開を見せます。そして発覚するあまりにもショッキングな事実。被害者の親の心理やピアの母親の介護問題も丁寧に描かれ、本当に読みどころだらけです。わたしが解説を書いた作品で恐縮なのですが、いいものはいい! 超絶分厚いですが、おもしろさは保証します。衝撃にのけぞってください。
ノイハウスと最後まで競ったのが、ロス・モンゴメリ『ハレー彗星の館の殺人』(村山美雪訳/角川文庫)。舞台は1910年イギリス。ハレー彗星到来によって人類は滅びると信じる子爵が何者かに殺害されます。クローズドサークル、密室、家系図や館の見取り図付きのフーダニットで、何より魅力的なのは、探偵役が79歳の老令嬢と少年院出の召使いということ。この名コンビの活躍は今後も読めるということで、うれしい。
「いったいどこに連れていかれるんだろう?」とワクワクしながら読んだのは、ロス・トーマス『悪党たちのシチュー』(松本剛史訳/新潮文庫)。アフリカの独裁国家の刑務所からパリ、そしてニューヨーク、デンバー、カリフォルニア。癖つよなキャラクターは食えない奴ばかりで、バディ小説であり陰謀小説であり恋愛小説であり家族小説でもある。どこか飄々とした筆致に絡め取られ、読者は思いもよらないところに連れていかれます。
ノエル・W・イーリ『アンドレアを呼んで』(依田よう訳/ハーパーBOOKS)は、連続殺人事件の犠牲者がゴーストとしてこの世にとどまり、これ以上犠牲者を出さないためになんとかして犯行を止めようと奮闘するユニークな作品。と言うとファンタジーのようだけど、リアルなサスペンス小説として読めるし、徹底的に犠牲者の気持ちに寄り添うスタイルが新鮮で、シスターフッド小説としても秀逸。タイトルに込められたメッセージが胸に響き、原題どおりの邦題にしてくれてありがとう!と言いたい。
エリーザ・ホーフェン『暗黒の瞬間』(浅井晶子訳/東京創元社)もお勧めです。ある女性弁護士が手がけてきた案件をめぐる連作短編集で、シーラッハとはまた違った味わい。法律の闇、そして人間の心の闇を描くドイツミステリ。
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川出正樹
『死の烙印Ⅰ』『死の刻印Ⅱ』ジャン=クリストフ・グランジェ/
高野優監訳・坂田雪子訳
ハヤカワ・ミステリ
ジャン=クリストフ・グランジェの『死の烙印』を推す。Ⅰ・Ⅱ併せて約950ページと〈ポケミス〉史上屈指の厚さとなる本書だが、そこはジェフリー・ディーヴァーと並ぶローラー・コースター・スリラーの紡ぎ手グランジェだ。たっぷりの外連と派手なギミック、そしてむせかえるほど濃密なグラン=ギニョル味に魅了されて一気に読み終えてしまった。
時は一九三九年八月。ナチスが支配する第二次世界大戦開戦間際のベルリンで、上流階級の女性が集う社交サロンのメンバー三人が立て続けに惨殺される。無惨に切り裂かれ、靴を奪われた被害者には共通点があった。全員が精神科医ジーモンの患者であり、彼と訳ありの関係にあった上に、三人とも殺される数日前に夢の中に現れた〈大理石の男〉に怯えていたのだ。なぜこんな奇妙な現象が起きたのか。〈大理石の男〉とは何物か。
捜査を命じられた親衛隊大尉フランツが、隠密裏に事件の幕を引こうとするゲシュタポ上層部の意向に疑念を覚えて、夢研究のエキスパートであるジーモンと連続殺人犯の心理に精通する精神病院院長ミンナの能力を利用して真相を解明すべく独自に捜査を進めるという設定が面白い。それぞれ深刻な問題を抱えていて、単純に善悪のレッテルを貼ることのできない一癖も二癖もある三人が、これでもかとばかりに悲惨な目に遭いながらも、決して諦めること泣く真相解明のためにナチス政権下のベルリンを奔走する。ラストで見せてくれる景色は一筋の光明だが、今日なお解決することのない重く悲惨な真相にはやはり言葉を失う。
二転三転するプロットと濃いキャラクタ造型というジャン=クリストフ・グランジェの持ち味に、絶対悪たるナチスの独裁体制下にあったドイツを鮮烈に描いた歴史小説としての面白さが加わったノンストップ・スリラーであると同時に、日に日にきな臭さが増す今こそ読んで欲しい問題作だ。
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- 吉野仁
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『暗黒の瞬間』エリーザ・ホーフェン/浅井晶子訳
東京創元社
刑事弁護士が自身の手がけた事件を語っていく。それだけなら決してめずらしいものではない。やがて意外な真相が暴かれる。これもミステリなら当然の展開だ。事件の背後に横たわっているのは人間の底知れぬ暗部である。そうした作品もこれまでどれほど描かれてきたことか。しかし、この『暗黒の瞬間』は、連作短編集としての趣向も含め、それぞれの巧さ、掘り下げの深さが半端ではなく完成度が高い。しかもベテランの女性弁護士の視点により自身の扱った事件を描くからこそ生まれたり考えさせられたりする要素や展開が盛り込まれている。当初、硬質で重厚なリーガルものかと身構えていたが、興味深い事件とその展開にひきこまれあれよあれよと読みすすめてしまった。今月のというより今年を代表する一冊だ。多くの人に読んでほしい。そのほか、C.S.ロバートソン『特殊清掃人グレイス・マクギルと孤独な死者たち』は不気味ながら印象深いもの。孤独死のあった部屋の特殊清掃をする仕事につき、私生活ではその現場を忠実に再現するミニチュア模型づくりが趣味だという女性が主人公。なのだが、それだけで終わらない。現場の清掃仕事を通じ、ある未解決事件にたどりつくのだ。昨年刊行のケイティ・ティージェン『事件現場をドールハウスに』と同じく、フランシス・グレスナー・リーの殺人現場ジオラマに強く影響されたものだが、こちらは生々しく腐臭漂うダークな世界となっている。異色作ではなんといってもノエル・W・イーリ『アンドレアを呼んで』に尽きる。シリアルキラーに殺された三人の女性たちが死後ゴーストとなってさまよい、その視点で描かれていくという風変わりな作品ながら、その状況の描き方がなんだかすごく真に迫ってしかもなんだか愉快なのだ。フェリックス・フランシス『勝機』、競馬界の陰謀をめぐって展開していく面白さはいつもどおりながら、これまでとは異なる面がシッドにもたらされ、それが物語に新たな変化をもたらしている。ネレ・ノイハウス『怪物を捕らえられる者は』は、〈刑事オリヴァー&ピア〉の十一作め。少女の遺体発見ののち、移民の青年が疑われるといった現代的な政治問題を含んだ事件の幕開けから、とんでもない事態へと発展していく。警察署の面々にとりかなりショッキングな事件なのだ。今回もその読みごたえは本の厚み以上のものだった。ジョー・ハート『罪人に死を』は、故郷の町に住むようになったミステリ作家が主人公で、彼に謎の脅迫状がとどいたのち、まわりの人たちが次々に死んでいく、というスモールタウンのスリラーを軽妙に読ませる。そういえば先月紹介できなかったカリン・スローター『無垢で清らかなあなたのために』もまた南部の小さな町が舞台だった。女性保安官補の友人の娘が同級生とともに姿を消したという事件を捜査していくのが発端。あいかわらずドラマの描き方がうまく、ヒロインの気持ちが伝わってくることで、先を追わずにおれなくなった。児童文学で知られるジル・ペイトン・ウォルシュの〈イモージェン・クワイ〉シリーズ最終巻『セント・アガサが揺れた夜』は、シェークスピア研究者の転落死、「ハムレット」演劇の騒動など、英国学園ミステリのシリーズらしい物語を楽しんだ。第一次世界大戦中、フランス北部で図書館を再建しようとする話、ジャネット・スケスリン・チャールズ『わたしたちの図書館旅団』もまた当然のことながら定番の児童書から有名な文学作品まで自分でも読んだことのある作品が多く登場していて大変うれしい。そしてロス・トーマス『悪党たちのシチュー』は、いつものバディものであり、中米の軍事国家が舞台で、もちろん洒落た会話とだましあいなど、すべてがロス・トーマス印に彩られた一作で大満足。で、先月刊のジョシュ・ヘイヴン『シベリアをおれの手に』もまた、ロス・トーマスのファンにぜひぜひ薦めたい作風だった。ソ連崩壊のあとのロシアで、金もうけを企む投資家ふたりがシベリアをかけまわるというもの。実話を元にしたフィクションだというが、ほんとこの主人公ふたりがいい味を出しているのだ。最後に、これも前回、間に合わなかった大作、ガイ・バート『タンポポ時計』は、ふたりの少年とひとりの少女をめぐる物語。三人がまだ幼いころの南イタリアでの過去を中心に、英国、イタリアと舞台を変え、過去と現在を行き来しながら、ある謎めいた男をめぐる秘密が明かされていく。帯に「小説の構造美を磨き上げた畢生の大作」とある。いつ、どこの出来事をだれの視点だれの語りで、そしてどの順番で語っていくのか。こうした技巧が練られているため、ただ懐かしく切ない子供時代の思い出にとどまらない感銘をもたらしている。これはほんとうに素晴らしい小説だ。
杉江松恋
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『暗黒の瞬間』エリーザ・ホーフェン/浅井晶子訳
東京創元社
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今月はもうこれで仕方ないのである。『暗黒の瞬間』はおそらく年間ベスト級の評価を得るだろうし、少し気が早いが来年度の日本推理作家協会賞翻訳部門の候補にも入るのではないかと思う。早く読んだほうがいい。
すでにweb本の雑誌で長文の書評をやってしまっているので重複しないようにするが、エーファ・ヘアベアゲンという初老の女性弁護士が主人公の連作短篇集である。彼女がさまざまな刑事裁判の弁護依頼を引き受け、終結に至るまでが描かれる。刑事弁護士の視点から裁判を描いた短篇集というとフェルディナント・フォン・シーラッハの諸作がすぐに思い浮かぶ。彼我の違いは、シーラッハ作品で弁護士は黒子に徹し、視点人物としては完全な傍観者であるのに対し、本作のエーファがかなり能動的に事件に踏み込むことである。ある作品では弁護士の領域を超えたところにまで踏み込んでいる。この熱情はどこから来るのか、という読者の疑問が推進力になるのである。
したがってページターナーである。筆致はシーラッハと同様で落ち着いたものだが、前に前に進みたくなる要因が異なる。シーラッハの場合は作品全体に漂う不穏な気配が読者にとってのストレスとなり、それを解消したくなってどんどんページをめくってしまうのだ。本作の場合は、エーファの存在が錘となり、それに引きずられて先に進みたくなる。もちろんサスペンスの感覚もあるが、キャラクターの魅力がそれと両輪になっているわけだ。一人称私立探偵小説の構造に近いところがあるように思う。
単純に言えば、シーラッハ作品は本質的に犯罪小説で、ミステリーとしての魅力も備えている。それに対してホーフェン作品は犯罪小説であると同時にミステリーで、固定された視点によって謎が提供されるという基本姿勢が護られている。どちらが優れているという話ではなく、基本戦略が異なるのだ。英米の古典的なミステリー短篇の味も感じさせるし、今後ますますファンは増えるだろうな、という気配もある。おそらくはドイツ・ミステリーの里程標的作品になるのではないだろうか。大袈裟ではなく、それほどの作品なのだ。
ひさびさに一作品に票が集中した月となりました。ホーフェン強し。その他の作品もドイツとフランスで、なんと英米作品はありません。さあ、来月はどうなりますことか。(杉)
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