今回は、二月以降の新刊から三作品を紹介します。まずひとつめは、エリーザ・ホーフェン『暗黒の瞬間』(浅井晶子訳 東京創元社)です。

 著者は裁判官を務めた経験もある法学部の教授。これまでに専門書や児童書の著作はありますが、ミステリ作家としてのデビューは本作となります。ドイツの法曹家によるミステリといえば思い浮かぶのはフェルディナント・フォン・シーラッハでしょう。本作は、シーラッハのデビューと同じく短編集ではあるのですが、エーファという女性弁護士を主人公にした連作短編集となっています。

 エーファが過剰なまでに正義を貫く弁護士だというのは、《第1の事件》である「正当防衛」を読めばすぐにわかります。大富豪の家に強盗に押し入った十代の少年が、家主の反撃にあって射殺されてしまいます。大富豪は正当防衛を主張し、裁判でもそれが認められるのですが、その事件の顛末を新聞記事で知ったエーファは、その大富豪とかつて交わした会話を思い出し、彼の主張に疑問を抱くのでした。本来であれば自身がかかわってもいない事件に踏み込む権利はないのですが、エーファはそんなことはおかまいなしで、どんどん踏み込んでいくのです。これ以降の事件でも、彼女は積極的に事件の中心に身を置こうとするのですが、それには彼女の過去にかかわる大きな理由があり、その理由こそが本作の肝となっているわけです。その理由が知りたくて読者はどんどん読み進めざるを得ない。各話ともミステリとしての仕掛けもしっかりしていて、それぞれに驚きが用意されているのですが、私は「生かしておく」「少年兵」「強姦」「自白」に強い印象を受けました。

 今年を代表する海外ミステリにもなりうる一作。まだの方はぜひ。

 続いてはマリー・ティアニー『夜が少女を探偵にする』(能田優訳 新潮文庫)、CWA賞の最終候補となったデビュー作です。

 舞台は一九八一年。十三歳の少女エイヴァは、夜中に家を抜け出し、秘密の死骸置場に向かいます。生物学や解剖学、それに犯罪史などに興味を持つエイヴァは、動物の死骸を秘密の場所に集め、逐一観察をしていたのです。その日は、夜中に死骸がどのような変化をするのかを確認するのが目的だったのですが、その死骸置場で彼女は同じ学校のいじめっ子ミッキーの遺体を発見します。普通の十三歳なら驚いて逃げ出すところでしょうが、エイヴァはミッキーの遺体を細かく観察するのでした。二週間前から行方不明となっていたミッキーの遺体は損傷が激しかったのですが、他にはない特徴があることにエイヴァは気づきます。それは人間による噛み跡でした。一通り観察をしたあとその場を離れたエイヴァは、声色を使って警察に通報をするのでした。

 その後、ミッキーと同じような手口で子供が殺される事件が続き、警察が捜査をする傍ら、エイヴァもまた親友のジョンとともに、解剖学や生物学の知識を駆使しながら事件を調べていきます。

 ヒントがかなりわかりやすくちりばめられているため、ミステリを読み慣れた読者であれば、割と早い段階で犯人の目星がつくはずです。でもそれで終わりかというと本作はそうではない。読者に犯人はわかったとしても、なぜ? という部分についてはかなりあとになるまで明らかにされません。本作はホワイダニットの興味で最後まで読ませる小説だということになります。

 中心になるのはやはり主人公のエイヴァです。大人も驚くような生物学や解剖学の深い知識に加えて独特の感性を持つ彼女には、親友のジョンを始め、異父兄弟(になるかもしれない)ルークや、学校の先輩に当たるナサニエルなどファンが多いのですが、彼らがなぜこの一風変わった少女に惹かれるのかというと、それはたぶん年齢よりも大人びているからだろうと思います。しかしそれは、彼女が望んだことではありません。子供への理解が薄い親、学校でのいじめなど、けっしてたやすく生きていくことのできない環境に置かれたエイヴァは、早く大人にならざるを得なかった。そんなエイヴァの振る舞いが彼らにとってはクールに見えているのでしょうし、読者をも惹きつけるのです。

 また、エイヴァを取り巻く大人たちの目線にも注目したいところです。もちろん、母親やその彼氏など、彼女につらく当たる大人もいますが、事件の捜査に当たるデライエ部長刑事やラインズ刑事、そして離れて暮らしているエイヴァの父親など、彼女のことを暖かく見守る大人たちの存在が、本作では大きな意味を持っています。エイヴァの置かれた環境を理解し、彼女を優しく導くという大人本来の役割を果たす大人たち。彼女の成長にとって、これら大人たちの存在はとても重要なのだということが描かれているのです。それゆえに、本作の結末はあまりにも残酷だと言わざるを得ません。どんな大人が、どのような形でかかわるのかによって、子供の運命というのはこれほど変わるのだということを、読者はまざまざと見せつけられることでしょう。

 え? と思われるかもしれませんが、本作にはドラマ『ストレンジャー・シングス』の初期作に近い匂いがあるような気がしています。子供たちと大人たちのかかわり合いのなかからドラマが生まれていくという意味で。もちろん『ストレンジャー・シングス』を知らない人にもオススメです。

 最後は来月刊行予定の作品をフライングでご紹介。たまたま読むことができちゃったし、おもしろかったんだからそりゃあ紹介したくなっちゃうよということで。

 ハーラン・コーベン『エージェントは二度推理する』(田口俊樹訳 小学館文庫)は、なんと! あの! マイロン・ボライターシリーズの最新作なのです。このシリーズ、七作目の『ウイニング・ラン』(二〇〇二年)を最後に邦訳が止まっていて、ファンとしてはかなり残念に思っていたわけですが、それから二十余年を経てやっと、やっと新作が読めるという幸せにようやく浸ることができたのでした。

 シリーズの主人公マイロン・ボライターは、大学時代には将来を嘱望されたバスケットボールのスタープレーヤーだったのですが、怪我によってNBAへの道を絶たれ、その後スポーツエージェントとして独立し、現在に至っています。なので、自身がエージェント契約を交わしているスポーツ選手たちに襲いかかる事件に対して対応していくというのがシリーズの基本的な形になっています。

 スペンサーにホークが、エルヴィス・コールにジョー・パイクが、スタスキーにハッチが、トミーにマツがいるように、マイロンにはウィンという相棒がいます。そして秘書には元プロレスラーという経歴を持つエスペランサがいて、難事件に立ち向かう姿が読者を魅了したのです。ちなみにウィンについては、二〇二二年に刊行されたシリーズスピンオフ『WIN』(田口俊樹訳 小学館文庫)でも楽しめますので、こちらもぜひ。

 で、新作の内容はというと……。

 元スーパーモデルの女性とその息子が殺され、容疑者として浮かび上がったのは、マイロンの高校時代からのライバルであり、その後マイロンのクライアントとなったグレグ・ダウニングでした。しかし、グレグは五年前に行方をくらましているうえ、二年前に東南アジアで死亡したとされていました。警察の訪問により、グレグが生きている可能性を示唆されたマイロンとウィンは、その生死を確かめるため調査に乗り出します。しかし、捜査を進めるに従って、二人は思いもよらなかった真実へと近づいていくことになるのでした。

 実際のところかなり複雑なプロットだと思います。それをテンポよく読ませるコーベンの書きぶりがとにかく見事で、読み始めたら一気にその世界に引き込まれていくこと間違いなし。恥ずかしながら、ラストシーンでは思わず涙したことも告白しておきます。こんなものを読まされてしまっては、彼らの今後がもっと知りたくなるではないか。

 それなりの年齢になったにもかかわらず、往年の青臭さを残しつつ真摯に事件と向き合うマイロンとそれを陰から支えるウィン、そしてエスペランサやPTなどお馴染みの面々が、相変わらずの調子で掛け合いを繰り広げる様子は、過去のシリーズを知っているファンならずとも楽しめるはずです。そしてきっと他の作品も読みたくなるはず。

 無理を承知でお願いしたいのは、未訳の八作目から十一作目を刊行してもらうこと(ちなみに本作は十二作目)。そして入手困難になっている一作目から七作目をどうにかして再版してもらうこと。新刊が出るいまこそ、日本におけるマイロン・ボライターシリーズの復活を大いに期待しているのです。

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
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