長編ミステリ小説ばかり出版される昨今の中国で『歳月推理』及び『推理世界』が主催した「第2回華文推理グランプリ」にノミネートした短編作品を収録した『六度幻想曲』(上巻)及び『風暴蝴蝶』(下巻)(共に2017年7月)が出版されました。今回は多数の同誌掲載作家の作品を載せたバラエティ豊かな本書を紹介します。
しかしその前に報告しておかなければいけないことがあります。まず、「第2回華文推理グランプリ」にノミネートした作品は合計35作品ありますが、本上下巻にはその半分以下の14作品しか掲載されていません。またこの賞の開催期間2013年から2014年で、受賞作品の発表は3年前に終わっています。というわけで本書は新刊ではありますが収録作品は3年以上前の物ということをご了承ください。
しかもこの本、上下巻の体裁なのに受賞作品全部が上巻だけに集められていて、下巻には「優秀作品」が収録されています。
なんでこんな中途半端な作りなのかわかりませんが、今回はあくまでも受賞作品だけに触れてみたいと思います。また一部タイトルには日本語の仮訳を付けています。
◆『前奏曲』(陸秋槎) 最優秀新人賞受賞作品
作者と同じ名前の女子高生・陸秋槎が校内雑誌の編集をしていると、後輩の黎正雪が奇妙な手書き原稿を持ってやってきた。殺人事件の手記だというその原稿を推理小説として掲載し、雑誌の穴を埋めたらどうかと提案され読んでみたところ、そこには7年前に殺した被害者の名前で送られてきた手紙をもらって集められた4人が1人ずつ殺されていく過程が描かれていた。読後、陸秋槎はその原稿の矛盾点を挙げ、真犯人を導き出そうとするが……。
入れ子式の短編。日本のミステリ業界でもお馴染みになった陸秋槎が「新人」として評価されているあたりにとてつもないタイムラグを感じます。
◆『倒錯的涅墨西斯(倒錯のメネシス)』(猫特) 一等賞受賞作品
刑事・白暁原はバラバラ殺人事件の死者2人が被害者同士ではなく加害者と被害者の関係で、加害者の背後に彼を操る真犯人の存在を突き止める。捜査で浮かび上がった医者の佟健が死者に恨みを抱いていたことを知った白暁原だったが、佟健はすでに同僚の鐘志傑も殺した後だった。佟健に3人の殺害を認めさせ事件は解決したかに見えたが、取調室で白暁原は思わぬ反撃を受ける。
「ドンデン返し」のキャッチコピーをつけたミステリは多々ありますが、本作は殺人犯が推理を行うという逆転劇が描かれます。
◆『玄色以太(ダーク・エーテル)』(言桄) 二等賞受賞作品
刑事・桓滸は厄介な連続殺人事件を押し付けられた。事件の被害者の身元も全てわかっているのに彼らが殺される動機がわからず、しかし被害者はそれぞれ特殊な方法で殺されており、そこには犯人のメッセージが込められているように見えた。そして被害者の名前から『ABC殺人事件』と同様の法則性を見出した桓滸は、この一連の事件が「玄色以太」というゲームの中でも行われていたことを知り、そのIPアドレスから犯人を割り出す。しかし犯人として浮かび上がったのは彼の同僚の茹琰だった。
◆『「狼人」観察報告』(別問) 三等賞受賞作品
とある孤児院で育てられ、心理的に問題のある「狼人」という診断を受けた子供が通う高校で殺人事件が発生する。密室の教室で起きた首吊り死体となって発見された学生・羅皓と犯人として逮捕された学生・陳嘉鐸は過去に同じ孤児院で暮らした友人だった。刑事・石康は捜査の中で陳嘉鐸こそが「狼人」であるという考えを固め、証言などから彼が犯人であると確信したが、彼が何故わざわざ密室を作ったのかがわからなかった。そして彼の過去を探る中、孤児院で起きた死亡事件を知った石康は友人たちの証言から陳嘉鐸の別の顔を見ることになる。
◆『孟浮白奇案録之梧桐夜雨(孟医師の奇妙な事件簿―梧桐雨の夜)』(E伯爵) 三等賞受賞作品
1930年の中華民国を舞台にした話。西洋医学を学び、診療所を営む孟医師が診察に訪れた鄭家の屋敷に泊まっていると、その晩に鄭開明のいとこの陳春深が何者かによって殺される。捜査にやってきた警察の陶清に協力を要請された孟医師は屋敷内の複雑な人間関係を掌握するも、陶清が容疑者と断定したのは被害者の弟の陳春錦だった。彼の自供もあることだし事件を解決させたい陶清だったが、矛盾だらけの証言を良しとしない孟医師は残り10分間で真犯人を見つけてみせると豪語するのだった。
タイトルも雰囲気も非常に「民国風」なミステリで、先進的な西洋の知識を持ち科学的に事件を捜査する孟医師はまさに当時の「偵探(探偵)」そのもの。
◆『六度幻想曲』(猫咪) 二等賞受賞作品
田舎から都会にやって来て低賃金で働く青年・沙小龍はネットカフェやら何やらの仕事を転々とし、とある大学寮の売店で働くことになる。その寮で暮らす駱天美に一目惚れしてしまった彼は駱天美のパソコンを修理するという名目で、彼女のパソコンのカメラに不正アクセスできるよう仕組み、彼女のプライベートを覗き見る。だが彼女は沙小龍の望むような女性ではなかった。部屋に複数の男が出入りしている光景を見た沙小龍は幻滅し、彼女を殺して逃げるもすぐに出頭する。
事件は単なるストーカーの凶行で終わるはずだったが、逃亡中の彼の足跡を辿るとその殺人が計画的であることがわかり、彼の真の目的も明らかになる。
ある事件を多角的に見て様々な真相が浮かび上がってくるという話ですが、決して「驚愕」というスケールではなく、人死にが出ているとは言え「何故あの売店の兄ちゃんがこんなことを……」というふとした謎を掘り下げる日常ミステリのジャンルに含まれるかもしれません。
◆『罪悪天使―迷途』(午曄) 三等賞受賞作品
元女スパイで現在は喫茶店を営む黎希穎の店に助けを求める女性が飛び込んでくるかと思えば、いきなり卒倒してしまい救急車を呼ぶ羽目に。だが彼女を乗せた救急車が行方不明になり、組織的な事件の様相を呈した。刑事で友人の秦思偉らが黎希穎に事情を聞くが何も知らない彼女は答えることができない。だが女性の遺留品により彼女が刑事であることがわかり、また店から劇薬の入った注射器も見つかったことで事件の関与を疑われた黎希穎は一転警察から追われる立場になる。
この罪悪天使シリーズもかれこれ10年ぐらい続いているんじゃないでしょうか。幾度も窮地に立たされ、体の張ったアクションをし続ける黎希穎は『推理』の中でも異色のキャラクターです。
下巻の『風暴蝴蝶』には、蘇った死者が自分を殺した男に復讐する『被遺忘者』(東郭先生)、探偵の真似事をしたミステリ雑誌編集者が犯人に仕立て上げられる『代入』(飛刀小葉)、三国志時代を舞台に諸葛亮孔明らが曹操の死の真相を探る『銅雀台殺人事件』(袈羽)など考えようによっては受賞作品よりインパクトのある内容の物が揃っていますがここでは割愛します。
ちなみに「第3回華文推理グランプリ」はとっくに終わっているのですが、この調子だとその作品集がいつ出るのか全く分かりません。単に『推理』側が忙しくて手が回っていないのならいいのですが、売り上げや表現等の問題から出版社側が短編集を出すことに難色(『推理』はあくまで雑誌社であり、書籍を出版することはできない)を示しているのが原因ならばちょっとマズいなと思う次第です。
何せ第1回目の短編集は『推理』関係の書籍を出版する新星出版社だったのに、2回目である本書は別の会社が出版していますからね。出版社も余計なリスクを負いたくないから、表現力が豊かでジャンルが多岐にわたるアンソロジーの出版には二の足を踏んでいるのではないでしょうか。
阿井 幸作(あい こうさく) |
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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。
・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/ |
●現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)
●現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)
●現代華文推理系列 第一集
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)