全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 旅行やキャンプなど、楽しい夏を過ごされた方も多いと思いますが、いろんな事情で夏らしいことをしていないという方、今からでも遅くありません! せめて想像の世界だけでも、見渡す限りの大海原が舞台の、胸のすくような大冒険を堪能されてはいかがでしょうか!
 ……と言いたいところですが、今回ご紹介するロバート・ルイス・スティーヴンスン&ロイド・オズボーン『引き潮』(駒月雅子訳/国書刊行会)、帆船で航海し、嵐にも遭遇し、謎の孤島に辿り着いたりもするんですが、海洋冒険小説です! と胸を張ってオススメするのを躊躇するような、なんとも微妙な味わいの作品なのです。あ、面白くないという意味ではないんですよ! なんたってあのコナン・ドイルがみずからのお気に入りに選び、チェスタトンやボルヘスも愛読していたというお墨つき。世に出てから120年以上経った今、ついに本邦初刊行となりました。拍手〜!


 19世紀も終わりに近づいた頃の南太平洋タヒチ。そこに住みつく外国人たちの中には、生まれた土地を離れ、明るい日差しに南国の果物、現地の陽気な人々との交流もそつなくこなし、新天地で一旗あげた者もいれば、当初の目論見が外れ、食うや食わずの赤貧生活を送っているような、世渡りが下手で運のない男たちもいたのです。本書の主人公ロバート・ヘリックは、まさにその後者。いまや住む家さえなく、かつては刑務所だった古い建物で空腹を紛らせている彼は、オックスフォード大学出身。前途洋々な将来が期待されていた若者だったのですが、父の会社が倒産したことにより、もともとそんなに高くなかった志がどんどん低くなり、数々の転職に見切りをつけて、“楽しくのんきに失敗しよう”と南の島へと逃げてきた次第。そんな彼となんとなくつるんでいるのが、アメリカ人の元船長デイヴィスと、ロンドンの下町育ちのヒュイッシュ。普通の人生ならおそらく一生接点がなかったかもしれない3人の中年男は、落ちぶれているという共通項のみで、ごく自然に“タヒチで最もみじめな英語圏の三人組”と化したのでした。そんな3人に突然転機が訪れます。天然痘が発生して船長らが死んでしまった帆船が、タヒチにたどり着いたのです。その船で目的地のシドニーまで積荷のシャンパンを届けてくれないかと領事に持ちかけられた船長は、航海のど素人の2人を航海士と船員として巻き込み、船出する決心をします。

 その日暮らしをダラダラと続けていたデイヴィスにいきなりやる気を出させたのは、ある邪な考えでした。本来の目的地まで行かずに、船を売り飛ばして逃亡しようという筋書きです。ダメ男ですが生真面目なヘリックは、そんな犯罪行為に加担するなんてとんでもないと、突然顔を輝かせて(?)心中をもちかけてみますが、デイヴィスは当然却下。逆に、「おまえさんのことが大好きだ」「愛情を注ぐまでになってる」と熱心にたたみかけるデイヴィスに、ヘリックはまんまとほだされて承知してしまいます。

 ついに後ろ暗い航海が始まりましたが、ブランクが長かった船長と、偽航海士と偽船員が操る船には、当然のことながらトラブルが次々に降りかかり、タヒチから遠ざかるにつれ、3人の間に大きな不協和音が響き始めます。慣れない仕事に神経をすり減らすヘリックに、クズっぷりをエスカレートさせるヒュイッシュ、そしてあることが起きてからというもの、船長すらも信頼できない存在になり下がってしまうのです。

 そんなある日、海図に載っていない小さな島を発見するのですが、そこで出会った人物により、彼らの運命は思わぬ方向に向きを変えます。ここから先の劇的な展開は、ぜひ読んでご確認いただきたいと思いますが、気づかぬうちに深い泥沼にはまった登場人物たちが、宿命にもがきあがくという本書、これはまさしくノワールではないでしょうか。ご存じのとおりスティーヴンスンは『ジキルとハイド』で人間の二面性やおそるべき心理を鮮烈に描いたように、『引き潮』も、己のふがいなさを他人や運命に転嫁させるような暗いくすぶりが随所に見受けられ、なんともいえない黒い味わいに引きこまれます。腐れ縁でつながった相手とはいえ、見捨てることも憎むこともできないという微妙な男心もすくい取っていただければと! 昨年鈴木恵さんの新訳で出た、海洋冒険小説の金字塔『宝島』を読みなおした時に、こんなにスリリングな話だったっけ!? と驚いたのを思い出しました。主人公のジム少年の活躍はかすかに記憶にありましたが、出だしからいきなり危険だし、一本脚のシルヴァーがあそこまで酷薄だったとは! しかもたった6人で19人の敵を向かい討つなんて、皆さん覚えてました? 『宝島』を再読して本書を読むのも楽しいですよ! 表紙のデザインもとっても素敵な、異色の中年海洋冒険ノワール、夏が終わる前にぜひお試しください。

孤島といえば! とりわけ奇想小説ファンの方に、なにがなんでもオススメしたい映画『スイス・アーミー・マン』(2016/米)をご紹介します。

 無人島でただ一人、ひたすら救援を待つハンク(ポール・ダノ)。もはやこれまで……と、みずから命を絶とうとしたその瞬間、波打ち際に人間が流れ着きます。ハンクの希望も虚しく、その男性はもはやりっぱな水死体。やはり死ぬしかないのかと諦めたその時、ハンクはその水死体から強力なガスが出ていることに気がつきます。

 タイトルは、スイス・アーミー・ナイフと呼ばれる、いろいろなツールを備えた小さな十徳ナイフから来ています。なぜかというと、この漂流してきた水死体、おどろくことに、いろんな使い方が出来るんですよ!!!


 死体を使う?? って意味がわかんないんですけど! というご意見はごもっとも。しかし! 主人公のハンクは、この死体の便利な使い道に気がつき、それはもう隅から隅まで使い倒します!! そうしていくうちに、この死体君と意思の疎通が出来るようになり、かけがえのない親友になっていくのです……って、もっとわけわかんないですよね!! でもそういうお話なんですよ! まさに想像をはるかに超えた展開の嵐なんですけど、もっと驚くことに、最後にはかなり感動的な場面が待ち受けているのです(嘘じゃありません)。

 死体役はダニエル・ラドクリフ。いまやもう「ハリー・ポッターの」なんて言う必要がないほどあらゆる映画で活躍しており、中でもジョー・ヒル原作『ホーンズ 容疑者と告白の角』の主人公イグ役の演技は大変見応えがありました。『ガラスの仮面』で人形を演じたマヤちゃんのごとく、その身体能力(と我慢強さ)は必見です! そしてもちろん主役のポール・ダノはまさにはまり役! 独り言(と泣き言)を言わせたら右に出る者はいない、ダノ・オンステージ! マジック・リアリズムをほうふつさせる前代未聞のストーリーと、若手演技派俳優を代表する2人のコラボが堪能できる『スイス・アーミー・マン』、9月22日(金)公開です!

タイトル『スイス・アーミー・マン』
公開表記:9月22日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
配給:ポニーキャニオン
コピーライト:© 2016 Ironworks Productions, LLC.
公式サイトsam-movie.jp

監督・脚本:ダニエル・シャイナート、ダニエル・クワン(ダニエルズ)
出演:ダニエル・ラドクリフ、ポール・ダノ、メアリー・エリザベス・ウィンステッド
提供:ポニーキャニオン/カルチュア・パブリッシャーズ
宣伝:スキップ
2016年/アメリカ/カラー/デジタル/英語/97分/原題:Swiss Army Man
映倫区分:G指定

♪akira
  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と悲しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。
 Twitterアカウントは @suttokobucho







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