今月は昨年のアガサ賞で最優秀新人賞に輝き、同年のアンソニー賞とマカヴィティ賞の候補にもなったアート・テイラーの連作短編集 “On the Road with Del & Louise”(2015) をご紹介します。

 物語の主人公、デルとルイーズが出会ったのは、ニュー・メキシコ州のイーグル・ネストという小さな、本当に小さな町のコンビニエンスストアでのこと。ある夜、スキーマスクをかぶった男が強盗に入ったところ、若い女性がひとりで店番をしていました。そう、その強盗がデルで、店番の女性がルイーズです。ここから先の展開は笑いっぱなし。ルイーズは銃を見てきゃーと悲鳴をあげることはなく、強盗から「ma’am(マアム)」と呼びかけられて、「あたしはまだそんなおばさんじゃないわよ!」と言い返し、それをきっかけに男が強盗をする理由を説明したり、下調べのときからルイーズをかわいいと思っていたなんてことを白状しちゃったり……という具合に緊張感のまるでない会話がつづくのです。
 ルイーズはルイーズでスキーマスクからのぞく緑色の目とすてきな声に魅了され、去って行く強盗に自分の名前と電話番号を伝える始末。しかも後日、強盗すなわちデルが本当に電話してきて、ふたりの仲は急接近、すぐに一緒に暮らしはじめることに。

 とまあ、こんな突っこみどころ満載の出会いからスタートしたデルとルイーズですが、デルが(強盗で学費を稼ぎつつ)大学を卒業すると、ふたりはカリフォルニア州ヴィクターヴィルに向かいます。その地で不動産業を営む姉を手伝い、強盗稼業とは縁を切って心機一転、あらたな人生を始めるつもりだった……のですが、就職して数ヵ月で事件に巻きこまれ、そのもくろみはあえなく頓挫。ここから、ナパ、ラスヴェガス、ノース・ダコタ、そしてルイーズの故郷、ノース・カロライナを転々とする生活が始まります。

 こう書くと、映画『テルマ&ルイーズ』みたいな逃避行物語を連想される方も多いかもしれません。ユーモラスでスラップスティックな物語で、主人公は悪いやつだけど、きっとどこか憎めないところがあるんだろうなと思われるのではないでしょうか。実はわたしもそうでした。ところが実際に読んでみると、たしかに全編に流れるのはドタバタした楽しい雰囲気だったのですが、思っていたのとは微妙にちがうと感じる部分もありました。
 とくにノース・ダコタ州でのエピソードを描いた “The Chill” は、悲しい体験から精神のバランスを崩したルイーズの心境に胸をえぐられ、このまま悪い方向へと話が進んでしまうのではと本気で心配したほどです。そうかと思えば、ラストを飾る “Wedding Belle Blues” では、素人探偵ごっことドタバタ追跡劇が楽しめて、まさにコージーミステリの王道という展開を見せてくれます。このように、テイストの異なるエピソードがひとつの本に同居できるのも、連作短編という形ならではと言えましょう。

 無口で女性に対しては不器用なデルと、夢見がちなルイーズが繰り広げるユーモア、ロードノベル、ロマンス、人情話、それらがぎゅっと詰まった楽しい小説です。エピローグでのふたりの会話に、“もしかして続編もある?”とちょっぴり期待しています。

東野さやか(ひがしの さやか)
兵庫県生まれの埼玉県民。洋楽ロックが好き。最近はスティングの来日公演でオープニングアクトをつとめた The Last Bandoleros にハマっています。最新訳書はローラ・チャイルズ『とろとろチーズ工房の目撃者』(コージーブックス)。その他、ダーシー・ベル『ささやかな頼み』(ハヤカワ文庫HM)、ジョン・ハート『終わりなき道』(ハヤカワ・ミステリ)など。埼玉読書会および沖縄読書会世話人。ツイッターアカウントは @andrea2121

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