今回は秋の夜長にふさわしい冷血な1冊を。2016年度ブッカー賞のショートリストに残ったのも納得、冒頭からぐいぐい引き込まれるグレアム・マクレー・バーネットの“HIS BLOODY PROJECT Documents Relating to the Case of Roderick Macrae”(2015)です。

 著者が調べ物中に偶然知った、自分と同じ名をもつ少年による19世紀の殺人事件について資料をまとめたノンフィクション――という体裁をとったフィクションです。少年が書いた手記を中心に、関係者の証言、ハイランド独特の言葉の用語集、検死報告書、当時の刑務所付き精神科医だった高名な犯罪人類学者(実在)の著書からの抜粋、裁判の記録といった構成になっています。

 ハイランドのスカイ島に近いカルダイー(右図参照)は9世帯だけの寒村。小作人たちは領主への地代もいつも滞っている状態です。ここで17歳の少年ロデリック・マクレーが3人を惨殺する事件を起こしたとして、投獄されます。彼は容疑をすぐに認め、いっさい弁明しようとしません。弁護士はなんとか助けようと有利になる情報を引きだすために、詳しい手記を書くようすすめたという流れです。この手記の文章があまりにも流麗で、田舎の小作人の子がまさか、と他人には真偽を疑われるというのが悲しい。ロデリックが人見知りだったことはたしかなようですが、親思いのいい子だった、いや、いかにもこんな事件を起こしそうな気味の悪い子だったと、村人、教師、牧師の証言は食い違います。ロデリックはひとつの小屋が牛舎と住まいを兼ねていて、糞が転げてこないように床は海側へ少し傾いているという貧しい暮らしを強いられており、母を亡くしてからは、災難続きでした。父が村の有力者とそりがあわず、一家は追い詰められていたのです。

 そう、被害者のひとりがこの有力者であることは、早い段階で明かされます。あとのふたりが誰なのかが興味のひとつとなって、真相は? 裁判の行方は? と、読み進めると、ロデリックは成績優秀だったのに、家庭環境から進学をあきらめたり、ただひとり打ち解けられる姉と距離ができたりと、いいことがひとつもなく、すごく不憫になってくる。閉じられた村、閉じられた家庭から想像するすべての予想はことごとくあたると言ってもいいくらい。そして、権威といわれる層がいかに人を見下してきたか、偏見と差別に気づいてもいなかった当時が浮き彫りになり、現代でもそれはなくなっていないもやもやするものが重くのしかかってきて吐き気がするくらいで、著者のうまさに舌を巻きながら、生い立ちと罪についてあらためて考えこんでしまう。

 すると、小さな棘が用意されているんですよね。そこで、自分は人の行動に納得できる理由を探さずにはいられないのだな、と気づいて、またしても考えこんでしまう。

 著者のグレアム・マクレー・バーネットは1967年、スコットランドのキルマーノック生まれ。グラスゴー大学、セント・アンドルーズ大学で学び、ヨーロッパ各地で働いた経験をもち、テレビのドキュメンタリーのリサーチャーとなった人で、長篇2作目にしてブッカー賞ショートリスト入りを果たしました。
 本書の着想は、著者の頭から長年離れなかったミシェル・フーコー編著『ピエール・リヴィエール』で扱われた事件とのこと。さらに、執筆中は特に意識はしていなかったけれど、スコットランドにルーツがある者として、ジェイムズ・ホッグ『悪の誘惑』の影響もあるかもしれないと語っています。

 多面的な読みのできる作品。筆力があって、ハイランドの風景、人物の描写も巧み。ジャンル小説好きにも、もちろん文学好きにもおすすめしたい、力のある本です。

三角和代(みすみ かずよ)
調べ物中に、本書の舞台のカルダイー(Culduie)の宿のブログに行き当たりました。ごめんね話題のあの本の事件は架空なんです、では、当時はどんな人たちが暮らしていたのか? なんて検証しているのがちとウケましたので、ご興味あればキーワードで検索を。訳書にカーリイ『キリング・ゲーム』、テオリン『冬の灯台が語るとき』、カー『緑のカプセルの謎』、ハーウィッツ『オーファンX』、ジョンスン『霧に橋を架ける』、アンズワース『埋葬された夏』、プール『毒殺師フランチェスカ』他。ツィッター・アカウントは@kzyfizzy

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