こんにちは。
 いつの間にかすごしやすい季節になりました。いよいよ読書の秋ですね。
 先日、レイ・ペリー『ガイコツと探偵をする方法』の解説を書かせていただきました。しゃべったり歩いたりするガイコツが出てくる、斬新なガイコツ探偵ものです。そんなジャンルがあるのかわかりませんが、おもしろいのでぜひ読んでみてね。
 では、九月の読書日記です。

 

■9月×日
 今年の翻訳ミステリー大賞授賞式&コンベンションで、北上次郎氏が髪振り乱して押していたC・J・ボックス『狼の領域』。〈猟区管理官ピケット〉シリーズ9巻である。そのまえの『復讐のトレイル』『ゼロ以下の死』が未読で、順に読んでいたので遅くなってしまったが、もし去年10月31日までに読んでいたら、まちがいなく候補作に入れていたと思う。

 前作でのお手柄により、単身赴任していた〝猟区管理官の墓場〟から家族の住むサドルストリング地区への異動が決まった、ワイオミング州猟区管理官ジョー・ピケット。しかし、不審な事件のつづくシエラマドレ山脈に最後のパトロールに出かけたところ、山の中であやしい双子の兄弟に出会い、死の恐怖に直面することになる。グリム兄弟と名乗る不気味な兄弟は何者なのか? 二年まえから行方不明になっている女性長距離ランナーらしき人物が兄弟と行動をともにしているようなのも気にかかる。命からがら逃げてきたジョーだったが、女性ランナーの母親の思いを知ると、ネイトの助けを借りて、ふたたび狂気の兄弟に挑む決意をする。殺されかけたのに、よく戻る気になれるわ。なんという正義感!

 壮絶な死闘。立ちはだかる巨悪の正体。つらすぎる結末。すべてが衝撃的すぎて、読み終えたあとしばらく呆然としてしまった。これはつらいなあ、ジョー。ネイトとの関係がどうなるのかも気になる。帯の「シリーズ最高傑作!」はほんとうでした。

 この物語は猟区管理官から聞いた実話にインスピレーションを得たということで、不気味な双子はほんとうにワイオミング州にいるらしい。怖いよ〜うっかり山にはいった人はどんなことになっちゃうんだろう。

 関係ないけど、ルーロン知事が新任の首席補佐官のカーソンに同意を求めてしょっちゅう「そうだな、カーソン」と言うので、つい「ダウントン・アビー」を思い出してしまった。ちなみに、大男で丸顔の赤ら顔で、いつもぼさぼさの白髪交じりの茶色の髪のルーロンって、なんかトランプみたい。直属の警官隊や知事専用機「ルーロン・ワン」とか持ってるし。

 

■9月×日
 大好きな〈犯罪心理捜査官セバスチャン〉シリーズ。第三弾の『白骨』も、もちろん一気読み。史上最低の迷惑男セバスチャンは相変わらずでした。

 北スウェーデンの山岳地方で、トレッキング中の女性たちが地中に埋められていた白骨遺体を発見。大人四人、子ども二人の遺体が発掘され、ストックホルムから殺人捜査特別班が呼ばれる(セバスチャンは家に居座るストーカー女から逃れるために参加)。
 一方、リンケビーに住むアフガニスタン移民のシベカは、九年まえに失踪した夫の調査をテレビ局の記者に依頼。シベカの長男メヘランも、母のために真相をさぐろうとする。
 山中の白骨死体と消えた移民の男。果たしてそのつながりは?

 セバスチャンはちょっぴりまともになってきたかと思いきや、安定のゲスぶり。いつもびっくりするほど自分勝手だけど、今回は今まででいちばん引いたかも。それなのにいつも以上にモテてるのが不可解だわ。それにひきかえメヘラン少年のけなげで勇敢なこと! この子のキャラが今回いちばん好きだな。
 そして、ラストがもうびっくり! ここで終わるのかよ! という感じ。次作が激しく気になります。

 訳者あとがきにもあったけど、小説シリーズの三作目というより、テレビドラマの第三シーズンという感じ、わかる! 登場人物たちの関係が微妙に変化してるところとか、新キャラが投入されたりとか。著者のヨートとローセンフェルトは映像畑の人たちだしね。
 ちなみに本シリーズはテレビドラマ化もされているらしいです。テレビドラマ版でセバスチャンを演じたのは、映画『幸せなひとりぼっち』で北欧の頑固じいさんオーヴェを演じたロルフ・ラスゴードというからまたびっくり! でもなんかわかる。「容姿端麗とは言いがたい。肥満体だし、くたびれたようすで、外見にあまり気を遣っていないのが一目瞭然」なのに、口説きのテクニックは超一流なセバスチャン、ぜひ映像で見てみたい。

 

■9月×日
 スミス・ヘンダースンの『われらの独立を記念し』は、デビュー作とは思えない骨太な作品だ。さすが英国推理作家協会賞最優秀新人賞受賞作。

 舞台は一九八〇年のモンタナ州テンマイル。家庭福祉局に勤めるソーシャルワーカーのピート・スノウは、虐待やネグレクトなどの問題を抱える家庭を訪問して援助をおこなっている。

 あるとき栄養状態も衛生状態もよくない少年ベンジャミン(ベン)と出会ったピートは、衣類や食べ物を買い与えたうえで、少年の父親を訪ねる。父親のジェレマイア・パールは終末論者で、山のなかで息子とともに文明から隔絶された生活を送っていた。ベンは五人きょうだいのまんなかだと言うが、妻とほかの子供たちの姿はどこにもない。最初は銃を向けられながらも、辛抱強く援助をつづけるうちに、ピートはパール父子と深く関わるようになっていく。
 そんなピート自身も家庭に問題を抱えていた。他人の家庭のケアに明け暮れて自分の家庭を顧みなかったために、妻と娘が出ていってしまったのだ。さらに十四歳の娘レイチェルは家出をして行方不明に。父親との確執や弟への複雑な思いもあり、「家族」というものの厄介さをすべて背負い込んでいるような状態だった。

 家庭人としてはダメなところもあるけど、必死に誠実であろうとするピートに好感を持った。ちゃらんぽらんのようでいて、仕事に対しても、家族に対してもとても愛情を持っている人だ。ピートに感情移入してしまったせいだろうか、ピートや彼が担当する家族が、どんどん悲惨な状態になっていくのがつらかった。たまたまプライベートで悪いことがたてつづけに起きて、落ち込んでいるときだったので、読むのがすごくつらくて、途中何度もやめようかと思ったけど、最後まで読んだらなんとなく救われた。大逆転勝利というわけではないけれど、ひとすじの光が見えてきたというか、その光に向かう道筋がほのかに見えてきたというような、淡い救い。もがきながらでも、かっこ悪くてもいいから、がんばってよかったと思えるように生きていけばいいんだ、ピートみたいに。そんな気持ちになれた。途中でやめていたら得られなかったご褒美。こういうことがあるから読書はやめられない。

 著者のスミス・ヘンダースンもケースワーカーの経験があり、作中ピートに、人間とは事例(ケース)、人生とは福祉事業(ケースワーク)、家庭福祉局は一種の聖職のようなもの、と言わせているのが印象的。

 

■9月×日
 イギリス王家に連なる家柄なのに貧乏なお嬢さま、ジョージーが謎解きに挑む、リース・ボウエンの〈英国王妃の事件ファイル〉シリーズももう第七弾。お嬢さまの推理の冴えと恋の行方が毎回楽しみなシリーズです。『貧乏お嬢さま、恐怖の館へ』では、王妃の友人アインスフォード公爵夫人の屋敷に招かれることになるジョージー。与えられたミッションは、田舎から出てきた若者に貴族としての振る舞いを教える教育係。アインスフォード公爵家の血を引く青年がオーストラリアにいるとわかり、跡取りにするために呼び寄せたのはいいけれど、その青年ジャックは羊牧場育ちの田舎者だったのです。

 公爵家の跡取りとして突然連れてこられた粗野な若い男性に貴族のマナーを教える……って、このシチュエーション、宝塚でも何度も上演されたミュージカル「ミー・アンド・マイガール」みたい! なんかテンションあがります。食事のマナーもことば遣いもワイルドで、狩りの楽しみ方もわからないジャックに手を焼きながらも、その率直さに好感を持つジョージー。ところが、現公爵の他殺死体が発見されて、貴族教育どころではなくなってしまいます。

 ジャックをオーストリアから連れてきたのは、なんとジョージーの最愛の人ダーシー。彼はいつも何も告げずに秘密の任務で姿を消してしまうのですが、どうやら今回のミッションは、公爵の血を引く青年をさがし出すことだったようです。オーストラリアなんて、けっこう遠くまで行ってたのね。今回ダーシーはつねにジョージーのそばにいて、始終ラブラブでいい感じ。ダーシーといっしょにいられるし、お屋敷の食事はおいしいし、貧乏お嬢さまにとってはなかなかいい仕事だったみたい。あとはふたりが早く結婚できるといいのにね。

 ジョージーの親友ベリンダは、奔放な女優のジョージー母のようになってしまうのでは……と心配されているけど、たしかにそうかも。お金持ちの男性を見つけてすかさず自分のものにしては、まったく悪びれることのない女豹たちよ。でも、生活力あふれるこのふたりのキャラ、好き。

 次作ではジョージーが初めて大西洋をわたってアメリカに行くことになるとか。楽しみ!

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇

 

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