哀しみ抱き 女はひとり北へ旅立つ
 寒風ふきすさぶ 見知らぬ土地で
 触れる人情 酒場の温もり

 演歌の歌詞? いやいや、今回ご紹介するシーラ・コノリー のカントリー・コーク・シリーズのオープニングのあらすじ。BURIED IN A BOG はまさにこんな演歌調で始まる物語だ。
 モーラはボストンを発ち、北へ……ではなく、アイルランドのコーク郡にある小村に向かう。その旅に出ることは亡き祖母ノラの遺言だった。

 幼いモーラを残して父が亡くなったあと、義母との折りあいが悪かった母は家を出ていく。以来、アイルランド移民が多い南ボストンの一角にある寝室ひとつだけの小さなアパートメントで、モーラは祖母とふたりで暮らしてきた。

 豊かな暮らしを求めて故郷を捨ててアメリカにやってくる移民たち。ノラはコミュニティに新しいアイルランド移民がやってくると長い時間話しこみ、ときには現金を渡すなどして何かと面倒を見てやっていたようだった。自分たちもけっして余裕があるわけではないのに。

 恵まれているとは言えない環境でアメリカ人として生きることに精いっぱいだったモーラは、祖母が亡くなるまで祖母の強い郷愁や孫娘にアイルランドのパスポートを持たせることにこだわっていた想いに無頓着だった。

 その祖母はもういない。親代わりとなって自分を育ててくれた最愛の祖母の遺言を果たすため、全財産をはたいて最安値のダブリン行き航空券を手に入れて、飛行機とバスを乗り継ぎ、祖母が生まれた村を訪れた。夫を亡くした祖母が息子を連れてボストンに行くまで住んでいた土地だ。そこでは何もかも時間がゆっくりと流れ、人々はみなお互いに顔見知りだった。

 モーラは村のパブでアルバイトとして働きはじめる。村人の社交場でもあるパブでは、村中のさまざまな情報が交わされる。何より嬉しいのは村にはいまも祖母の知りあいが多く、アメリカに行ったあのノラの孫娘とわかると、人々がモーラの知らない祖母のアイルランド時代の話をたっぷり聞かせてくれることだった。何十年も前に捨てた故郷の村を訪ねてほしいという祖母の遺言を実行することで、モーラが自分自身のルーツをたどることにもなっていた。

 そのパブで目下の話題といえば、近くの湿地で発見された死体の話だ。ここは遙か昔から刺激とは皆無の穏やかな暮らしが営まれ、人々のつながりが強く、孤独死など考えられない土地柄である。死後100年近く経っていると思われる死体は格好のゴシップネタだった。

 自分の、そして祖母のルーツを探っていたモーラは、ひょんなことから発見された死体が自分とは無関係ではないことに気づく。さらに、その死体が昔起こった別の死に深くかかわっていることにも。ところが、モーラが思いがけず素人探偵となり、ふたつの死の真相を調べはじめると、平和で穏やかな小さなコミュニティの暗部を明るみに出すまいとするかのように何者かがモーラを村から追い出そうと画策し……

 誰もが知りあいで、豊かとは言えないながらも穏やかな日常が続く人の温もりの感じられる村の湿地で発見された古い死体が、村人の、そしてモーラの生活を一変させる。小さな村に走った衝撃はモーラのファミリーヒストリーにも暗い影を落とし、コミュニティとそこに暮らす人々がひた隠してきた秘密が掘り起こされる。お互いに相手のことを何でも知っている温かなコミュニティと、コミュニティ自身が持つ暗部の閉鎖性。この二面性がこの作品を象徴する要素となっている。

 作者シーラ・コノリーはアガサ賞にノミネートされたこともあり、ONE BAD APPLE で始まるオーチャード・シリーズなど、アメリカでは多くのファンを持つコージー・シリーズを書いてきた。本作はアイルランドを舞台にしたカントリー・コーク・シリーズの1作目で、村のマナーハウスで起こった殺人事件と消えた肖像画を巡る SCANDAL IN SKIBBEREEN や、パブに出入りするミュージシャンの死体が楽屋で発見される AN EARLY WAKE など、すでに6作品を上梓。オーチャード・シリーズの愛読者からも好評のシリーズに育っている。
 公式HPの著者プロフィールによると、作家になる前に歴史研究者や投資銀行行員、系図研究者など多様な職を経験したとのことで転居歴が多く、7つの州の19の町のほか、アメリカ以外の国にも2カ所住んだことがあるそうだ。アイルランドにルーツを持ち、メイフラワー号で新大陸に渡ってきた人々の子孫にあたるとかで、最近、アイルランドにコテージを持つという長年の夢を達成したらしい。この先も多様な人生経験を生かした新たな作品が期待できそうな作家である。

片山奈緒美(かたやま なおみ)

翻訳者。北海道旭川市出身。ミステリーは最新訳書のリンダ・ジョフィ・ハル著『クーポンマダムの事件メモ』、リンダ・O・ジョンストン著『愛犬をつれた名探偵』ほかペット探偵シリーズを翻訳。ときどき短編翻訳やレビュー執筆なども。365日朝夕の愛犬(甲斐犬)の散歩をこなしながら、カリスマ・ドッグトレーナーによる『あなたの犬は幸せですか』、介助犬を描いた『エンダル』、ペットロスを扱った『スプライト』など犬関係の本の翻訳にも精力的に取り組む。現在は翻訳をしながら、大学でスピーチ実践授業の非常勤講師をつとめ、大学院で日本語教育の研究中。

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