今年9月始めから中国では二つのミステリドラマがネットドラマ業界を沸き立たせました。それは『白夜追凶』(仮訳・白夜に犯人を追う。ちなみに英語タイトルはDay and Night)と『無証之罪』(仮訳・証拠がない罪。英語タイトルはBurning Ice)です。どちらも社会派ミステリで、11月11日の時点で総再生回数が『白夜追凶』は41億回、『無証之罪』は4.7億回となっています。かなり大きな開きがありますが、前者が全32話、後者が全12話と話数がだいぶ異なっているので総再生回数の比較はあまり意味がないかと思います。ただ、『白夜追凶』の第1話の再生回数が4.5億回ということを付け加えておきます。また、2017年度前半に大ヒットしたネットドラマ『人民的名義』全52話の総再生回数は11月11日時点で76.3億回ということを考えると、やはり『白夜追凶』の再生回数は凄いです。
(とは言え、最近中国のネットドラマや漫画等でやたらと総再生回数や総閲覧数などをアピールしていますが、1億を超えると感覚が麻痺して何十億になろうが驚かなくなります)
 
 2作品のあらすじを紹介します。
 

■『白夜追凶』■

 ある日、敏腕刑事・関宏峰の双子の弟でフリーターの関宏宇が一家5人殺人事件の容疑者として指名手配される。関宏峰は弟の事件を捜査して真相を明かしたいが警察内の規定により容疑者の家族である彼が捜査に参加することはできず、彼は警察を辞め「顧問」という形で元同僚たち(警察)に協力し様々な事件を捜査しながら、関宏宇の事件に関与しようとする。だが、関宏峰は家に関宏宇を匿っていたのだ。そして関宏峰には「暗闇恐怖症」があり、夜間に外を出歩けないという弱点があった。そこで関宏峰は弟の関宏峰を自分の身代わりにして、仕事が夜にまで及ぶ時は彼を代わりに警察に行かせ、関宏宇事件の真相に近付こうとする。

【写真上:服を着替えて「関宏峰」になる関宏宇】

 

■『無証之罪』■

 雪だるまに被害者の死体をくくりつける「雪人殺人事件」が発生した。遺留品や被害者に遺された傷痕、そして「請来抓我」(私を捕まえてくれ)という犯人のメッセージから、警察は最近発生している連続殺人事件だと断定する。しかし残された証拠以外全く犯人の身元や動機すら特定できない難事件に、警察は頭がキレる素行不良の警察官・厳良に事件の解決を依頼する。所変わって、弁護士見習いの郭羽と食堂の看板娘・朱慧如は偶然チンピラを殺してしまい、郭羽は彼女の身代わりとなって自首しようとするが、そこに元法医学者の駱聞が現れ、彼らのためにアリバイを作る。駱聞の真の狙いは一体?

【写真上:署内で横柄な態度を取る厳良】

 
 『白夜追凶』はミステリ小説家である指紋が自身の同名小説(2017年7月出版)を改編してドラマ化したものです。ちなみに彼は2011年に『刀鋒上的救贖』という都市部を舞台にした連続殺人事件を書いた警察小説を出していますが、それ以降新しい本を書いたという話を聞きませんでしたがどうやら脚本家として活躍していたようです。
 
 そして『無証之罪』は2014年に出版された同名小説をドラマ化したもので、作者は中国社会派ミステリ小説家として名高い紫金陳。私は以前原作を読んだことがありますが、小説とドラマでかなり大きな違いがあり、その最たるものが厳良のキャラクターです。原作では確か元公安の刑事で今は大学の数学教師だった厳良が、ドラマではチンピラっぽい言動を繰り返す若者で、頭はキレるようですが全く警察官らしくありません。それを原作改悪と指摘するネットの声は少なからずあり、一部原作ファンの不評を買っています。
 
 今回特に取り上げたいのは『白夜追凶』の方です。双子の兄弟が殺人事件を追う刑事と容疑者になるという構図なのですが、追う追われるという関係にはならず、兄の関宏峰は弟の関宏宇をかばい彼を匿い、そして殺人事件の容疑者を堂々と警察内部に侵入させ、更には現在担当している事件のプロファイルまでさせます。
 関宏宇パートはハラハラの連続で、兄弟で外見はそっくりとは言え中身は別、特に頭は全く異なるのでいくら兄から警察事情やその日1日の出来事などを聞いているとは言え完璧に関宏峰になることはできず、度々馬脚を現しそうになります。しかも警察内部には関宏宇の元恋人が検視官として働いており、彼はあらゆる不利な状況の中で敏腕刑事を演じなければなりません。
 
 警察官がマフィアに潜入捜査する話はありますが、この「入れ替わりトリック」はそれよりも緊張感があり、時にはコミカルに入れ替わりによる齟齬や兄弟の違いを描きます。
 
そして関宏峰も弟の冤罪を晴らすために全て行動するわけではなく、「暗闇恐怖症」という厄介な病気を隠すために関宏宇を利用して自分が外に出られない(明るい部屋なら夜でも大丈夫)代わりに弟を使って「関宏峰」を演じさせます。関宏宇の方も今まで指名手配犯として兄の部屋に軟禁状態にあったので、兄の代わりに外出できる機会を得るとバーへ行って酒を飲んだりクラブで踊ったりと容疑者としてあるまじき軽挙妄動が目立ちます。
 
 更に警察内部でも各人の思惑が渦巻いており、関宏峰のかつての部下で彼を顧問として採用することを決めた周隊長は、関宏峰が弟と連絡を取り合っていると見て彼を監視します。また、関宏宇の元恋人も「関宏峰」(実際は関宏宇)に怪しさを覚えるものの周隊長に彼らが入れ替わっていることを言うことはなく、無意識に彼らをかばいます。また、どんな事情があっても犯罪者の家族が事件に関わることを良しとしない劉副隊長(関宏峰の元部下)もおり、警察全体が関宏峰の味方というわけではありません。
 本作では全員が警察官として事件解決に一丸となるものの、腹に一物を抱えながら自分のために誰かを利用しようとする人間模様も描かれます。その32話全話で関宏宇事件をやるわけではなく、合間に様々な殺人事件を挟みながら徐々に本筋のストーリー近付いていくという中国ミステリドラマ特有の流れです。難解な各事件は大なり小なり関宏宇事件と関係していて、それらが各人の人間関係を変え、ついには双子の間に疑心暗鬼を生じさせることになります。
 
 私はまだ全話見ていないのですが、久しぶりにドラマを全話見るかもしれません。しかし、『白夜追凶』はシーズン1のようなのですがこれって関宏宇事件の真相が明らかになってもシーズン2をやるということなのでしょうか。シーズン1では真相が最後まで明らかにならずにシーズン2をやるというアメリカドラマ方式の可能性も高いです。
 
 さて、中国では12月29日に東野圭吾原作の『ナミヤ雑貨店の奇蹟』の中国版映画が上映されます。2016年で2番目に売れた海外小説の映画化として注目を集めていましたが、最近ではジャッキーチェンが出演するという原作ファンにとって嬉しいんだかよくわからない発表までされました。
 
 中国の映像業界は今、海外の版権を買い取る資金力、それを中国的に改変する制作力がありますが、中国人視聴者を満足させる作品を生み出す創造力にも目を向けなければいけません。
 現在日本では『錦繍未央』(日本語タイトル・王女未央)という南北朝時代を舞台にした歴史ドラマが日本語字幕付きで放送されています。これの原作小説はネットの有志の検証の結果200作品以上の古今東西の作品からパクリにパクりまくったパッチワーク小説だと散々ネットで指摘されているので、このドラマが日本で放送されることには複雑な気持ちになるのですが、中国のヒット作が日本にも入るという状況には喜ぶべきでしょう。
 
『人民的名義』も小説版の版権がすでに日本の出版社に買われたとかなんとかで、ならば日本語版ドラマが放送されてもおかしくはありません。また、大ヒット映画『戦狼』(日本語タイトル・ウルフ・オブ・ウォー)も10月末に日本で上映されました。そして、ヒット作が日本語化するという当たり前の道理を信じるならば、今回紹介した『白夜追凶』も日本で見られる遠くないような気がします。その時日本は中国ミステリドラマをどのように受け止めるのか。そして中国が日本を市場として見た時、日本でより良く売るために一体何を考えるのか。そこに注目したいと思います。
 
 ちなみにYOUKUにアップされている『白夜追凶』は中国国内でVPNを繋いだままでも見られたので日本国内からでも見られるかもしれません。気になった人は一度見てみて下さい。
(編集部注:ネットワーク環境やブラウザによって閲覧できない場合もございます)

■『白夜追凶』■

http://list.youku.com/show/id_zefbfbd2ec49c46efbfbd.html?tpa=dW5pb25faWQ9MTAzNzUzXzEwMDAwMV8wMV8wMQ&refer=baiduald1705

■『無証之罪』■

http://www.iqiyi.com/a_19rrh9129h.html?vfm=2008_aldbd

阿井 幸作(あい こうさく)
 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。
・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
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