全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
まずは先日行われた、初の“腐萌え読書会”について、簡単にご報告をば。パトリシア・ハイスミス『リプリーをまねた少年』(柿沼瑛子訳/河出文庫)を課題書に、訳者の柿沼先生をお迎えし、約2時間、読書会初体験の方々も含め、参加者一同で熱く語り合うことができました。詳しい内容に関しては、あえて参加された方々の記憶に留めていただくとして、柿沼先生の二次創作のお話や、皆川博子作品の登場人物の意外なモデル、さらにはそれぞれが理想とする展開など、大変興味深い話題がぎっしりと詰まった濃厚な会となりました。ご参加くださった皆様、ありがとうございました! 次回の開催は未定ですが、もし実施することになりましたら、こちらを借りてお知らせいたします。
というわけで今回は秋のハイスミス祭りとし、白石朗氏による新訳で先月刊行されたばかりの、パトリシア・ハイスミスの戦慄のデビュー作『見知らぬ乗客』(河出文庫)をご紹介します。
将来が期待されている29歳の建築家ガイは、別居中の妻ミリアムが住むメトカーフに向かう列車の中で、高等遊民で4つ年下の若者ブルーノに出会います。旅の暇つぶしの相手にするにはいささか強引で風変わりなブルーノに、ガイは不快な気持ちを感じつつも、好奇心も手伝い、彼の個室で食事の誘いを受けます。
富豪の家に生れながら、父のせいで思い通りに金が使えない、と父親への憎しみをあからさまにガイにぶつけるブルーノ。ブルーノの中に、金持ち特有の子供っぽさだけではなく、熱を帯びた異常性をも感じとったガイは、当たり障りのない会話でごまかそうとしますが、ブルーノは執拗にガイの私生活を知ろうとします。ガイの妻の浮気癖を聞いただけで、嫌悪感をあらわにするブルーノは、自分の母親以外の女性をすべて憎んでいるかのようでした。
そして彼は、自分の父親をガイが殺し、ミリアムを自分が殺せば完全犯罪が成立する!と恐るべき提案をします。恐怖を覚えながらも、その悪魔的なアイディアに心の中で納得してしまうガイ。しかしふと現実に立ちもどった彼は、ブルーノを置いて出ていきます。
こっそりと列車を降りたガイは、浮気相手の子供を妊娠中のミリアムに会いに行きます。彼のほうは離婚が成立次第すぐに、現在の恋人アンと再婚するつもりでしたが、ミリアムの側で少々事情が変わってしまいます。ここで書かれるミリアムの言動がかなりひどいんですよ! 腹立たしいにもほどがある図々しさというか狡猾さにもかかわらず、まんまとほだされるガイのほうにもイラっとしてしまいます。それ、アンにも相当失礼ですから!!
間もなく、ブルーノはガイに長距離電話をかけてきて、あの殺人計画は本気だと伝えます。そこから始まるガイの悪夢。ブルーノが恍惚として手がけた犯罪と、ガイに向けるいびつな愛情は、ガイの神経をむしばんでいきます。そして二人の運命は、少しずつ確実に、真っ暗な奈落の底へと沈んでいくのです。
アルフレッド・ヒッチコック監督が1951年に撮った映画版をご覧になった方も多いでしょう。『夏の嵐』の美貌の将校ファーリー・グレンジャーがガイを、ブルーノは、これがたった一つの代表作となったロバート・ウォーカーが演じています。スリリングな出来事がスピーディに展開する映画版はたしかに面白いのですが、内容にいくつか大きな改変がされていて、なによりもガイとブルーノの狂気をはらんだ耽美な関係が、ほぼすっとばされているのです。これは今考えると非常にもったいないのですが!!!
たとえば本書では、ブルーノは列車の中でガイに向かってこんな言葉を連発します。
「ガイ、ぼくはあなたが好きなんですよ! 嘘じゃなく!」
「ぼくはあなたのことがとても好きなんです」
これ、初対面ですよ! しかもこれだけじゃないんですよ!
男女関係なく、会ったばかりの人からいきなりこんなこと言われたら、ちょっと変だと思いません? でも!
「わたしもきみのことは好きだよ」ガイはいった。
これですよ! これ!! そんなこと簡単に言っちゃダメでしょ! 明らかに怪しい奴だと思ってたくせに、警戒心の無さに呆れるというか、鈍感っていうか、こりゃもう自分で呼び込んじゃってるとしか思えません。ブルーノのこんなあからさまな愛情の発露は、そのあとも随所で炸裂するんですが、それに対するガイが(ここからは内緒)。
まあ妻と恋人の件でも、いまいち優柔不断というか、ガイにはちょっと八方美人的なものを感じます。特に後半にかけてのガイのあの感情は、もしかしたら、少なからずストックホルム・シンドロームも含まれていたのではなどと思ったりしたものの、やはりこれは狂気にふちどられた宿命の愛の物語、と受け取るべきでしょう。かようにスリリングで、ミステリ史上初めて「交換殺人」を描いたサスペンスの本書、ハイスミスは初めてという方にもオススメですし、列車の旅のお供にすればさらにスリルが増すこと間違いなし! どうぞお楽しみください。
そして列車といえばあの映画! 当サイト読者の方なら、この冬一番楽しみにされているであろう超大作『オリエント急行殺人事件』が12/8(金)から公開です。

ヨーロッパを横断する豪華列車オリエント急行。イスタンブールからカレーに向かって出発した列車には、さまざまな国籍や職業を持った乗客が乗り合わせていた。名探偵エルキュール・ポアロは、スコットランド・ヤードからの突然の呼び出しに応じて急遽予定を変更し、その季節外れの満席の列車に乗り込むことに。しかし旅の途中で乗客の一人が殺されてしまう。
皆様ご存知のとおり、超がつくほど有名なアガサ・クリスティーの代表作の一つ。イギリスITV製作のデヴィッド・スーシェ版が作られてから7年、シドニー・ルメット監督作品にいたっては、日本公開から42年も経っていたということを忘れるぐらいエヴァーグリーンな作品ですが、今回の新作では、シェイクスピア俳優でありヘニング・マンケルのヴァランダー刑事役でも有名な、あのケネス・ブラナーが主人公のポアロと監督を兼ねています。他にも、ジョニー・デップ、ジュディ・デンチ、ミシェル・ファイファー、ウィレム・デフォー等、お正月映画にふさわしい豪華キャストが出演。特に注目なのは、旧映画版ではヴァネッサ・レッドグレーヴ、スーシェ版ではジェシカ・チャステインが演じたメアリを、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』にも出演のデイジー・リドリーが演じています。
冒頭ではポアロの人物紹介のために、オリジナルのエピソードが加えられていますが、基本的に物語は原作通りです。とはいえ、犯人がわかっていても、観ないわけにはいかないのがクリスティー印。どの映像作品も、時代を超えて常に愛されてきましたが、今回の一番の見どころは、狭い空間での推理劇を大胆に脚色した、今までにないスケールの大きさでしょう。原作では事件が起きるのと同時に、列車が大雪で止まってしまいますが、今までそこを読むたびに、「大雪程度で止まるんじゃ大変だろうなあ」と思っていたのですが、今回は「これなら絶対に止まらざるをえない!」というぐらい大スペクタクルな場面が待ち受けています。これはぜひ大スクリーンでご覧ください。日頃、積ん読の山を冷たい目で見られているそこのあなた! ミステリ知識を披露するチャンスです! ご家族やご友人、お誘い合わせの上、劇場まで足を運ばれてはいかがでしょう。
最後に、ポアロ史上最大の口ヒゲの謎は、現在発売中のミステリマガジン1月号のインタビューで明らかにされていますので、ぜひこちらもお読みくださいね。(↓)
タイトル:『オリエント急行殺人事件』
公開表記:12月8日全国ロードショー
配給表記:20世紀フォックス映画
著作権表記:© 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation
♪akira |
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