今回は、おちぶれた弁護士が金に目がくらんだがために厄介事をしょいこんでしまう、マイクル・H・ルビンの Cashed Out をご紹介します。

 舞台はアメリカ南部のルイジアナ州。大手弁護士事務所に勤めていたシェックスは、社交能力に欠けることを理由に馘になる。結婚生活は、妻が弁護士事務所時代の上司のもとに走ってしまい、すでに破綻。3枚持っていたクレジットカードも限度額まで使い切ったために利用不可能に。ぼろぼろの自宅のリヴィングルームをオフィスにして、弁護士稼業を続けようとしたが、ちらほらといた依頼人もいつしかゼロに。生活の目処も立たないどん底状態におちいってしまう。

 そんなある日、ギドリーと名乗る男が仕事の依頼にやって来る。ギドリーは有毒廃棄物を処理する会社〈カメリア産業〉を経営しているのだが、会社が環境を汚染しているとして操業停止命令を受けていた。ギドリーはその命令を解除させ、さらには事業拡大のため周辺の土地を買い占めるのに手を貸してもらいたいという。シェックスは渡りに船とばかりに、ふたつ返事で引き受けるが、数日後、ギドリーが自社の施設内で射殺体となって発見される。

 シェックスの心によこしまな考えが浮かんだ。というのも、ギドリーから内密に450万ドルほどの現金を預かっていたのだ。このことを誰も知らなければ、金はすべて自分のものに? しかし、離婚して以来顔も見ていなかった元妻テイラーが突然、ギドリー殺しの容疑をかけられているので助けてくれと押しかけてくる。おまけに、ギドリーが会社の金を銀行口座からすべて引き出しているが、預かっているだろう、返せと迫ってきた。が、テイラーが口にした額は160万。手もとにある450万ドルとの差はどこから生まれたのか? そもそも、なぜテイラーがギドリーの会社の金に言及するのか? どうやら、シェックスの元上司よりも羽振りのいいギドリーに鞍替えし、〈カメリア産業〉の共同経営者の椅子にもちゃっかり座っていたようだった。
 ギドリーが死亡すれば、会社はテイラーのものになる。だが殺人容疑をかけられていては、どうにもならない。テイラーは一刻も早く容疑を晴らして、ギドリーが持ち出した金も会社も自分のものにしたかった。しかし、シェックスも金は欲しい。彼は事件の真相を探ることにする。

 それからほどなくして、〈カメリア産業〉が廃棄物処理をうけおっていたワニ解体業者の業務用冷凍庫のなかから、ギドリーの部下だった男の死体が見つかる。ギドリー殺害と同一人物の犯行なのか、利害関係にあるワニ解体業者が事件に関与しているのか。それともテイラーが本当にギドリーを殺したのか。
 さらには、〈カメリア産業〉に投資していたという犯罪組織のボスが現われ、株式譲渡委任状になされているギドリーとテイラーの署名に不備があるので、会社は自分のものになると主張し、シェックスからギドリーの金450万ドルと会社関係の書類を取りあげる。このボスが会社の乗っ取りをたくらんでいたとすれば、ギドリーを殺害したとしてもおかしくない。くわえて、〈カメリア産業〉を敵視する環境保護団体の運動も活発化していた。それぞれにギドリー殺害の動機があり、謎は増すいっぽうだった。

 本書は著者マイクル・H・ルビンの2作目になります。1作目の The Cottoncrest Curse も、時代は19世紀と異なるものの舞台は本書と同じくルイジアナ。次作も同様らしく、ルビンは〈バイユー・スリラー・シリーズ〉として、同州を舞台にした作品を書いていくようです。
 ルイジアナといえば、ニューオーリンズ、マルディグラ、ジャズ、クレオール料理、ケイジャン料理と、つい魅力的なことばかりを思い浮かべてしまいますが、ハリケーンの被害にあったり、人種問題や環境問題など厳しい現実にさらされている地でもあります。本書でもそういった明暗両面が描かれ、読みどころのひとつになっています。
 著者のHPによると、3作目 Sanction はニューオーリンズ警察の女性刑事と、連続殺人犯の疑いをかけられた新進気鋭の男性弁護士の話だとか。内容もさることながら、どのようなルイジアナを見せてくれるのかにも興味をひかれます。

高橋知子(たかはしともこ)
翻訳者。朝一のストレッチのおともは海外ドラマ。三度の食事のおともも海外ドラマ。お気に入りは『NCIS』と『シカゴ・ファイア』。訳書にジョン・サンドロリーニ『愛しき女に最後の一杯を』、ジョン・ケンプ『世界シネマ大事典』(共訳)など。

 ●AmazonJPで高橋知子さんの訳書をさがす●

【原書レビュー】え、こんな作品が未訳なの!? バックナンバー一覧