書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

 新年明けましておめでとうございます。今年もたくさんの翻訳ミステリーが刊行され、大勢の人に読まれることを祈念申し上げます。今回ご覧いただくのは前年十二月分ですが、こいつは春から縁起がいいや、と言いたくなること請け合いですよ。

 というわけで今月も書評七福神始まります。

 

(ルール)

  1. この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
  2. 挙げた作品の重複は気にしない。
  3. 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
  4. 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
  5. 掲載は原稿の到着順。

 

 

霜月蒼

『蝶のいた庭』ドット・ハチソン/辻早苗訳

創元推理文庫

 カリン・スローターの『血のペナルティ』が快作だったけど北上次郎氏がフライングで先月挙げちゃったからなあと悩んでいたら、これが出てきてぶっ飛んだ。「女性に降りかかる悲惨」推しの拷問ポルノ系イヤミスかと思いきや、心折られても立ち向かってゆく不屈さに重点を置いた戦う女性の物語だったのだ。だから『その女アレックス』『コードネーム・ヴェリティ』『音もなく少女は』『プリズン・ガール』『真紅のマエストラ』、あるいは「ミレニアム」シリーズやカリン・スローターの諸作などと併せ読まれてほしい。

 富裕な快楽殺人者が女性たちを幽閉する人口庭園に閉じ込められた主人公が、同じく囚われの女性たちとともに絶望的な境遇をサヴァイヴしようとする。分厚く書かれた監禁前の物語がやがて意味を持つのもいい。かつてミステリやスリラーの世界では「男たちの絆」ばかり語られてきたが、本作で誇らしく謳われるのは女性たちのシスターフッドだ。自分の尊厳のために戦うことに性差など関係ないし、「自分の身体を自由にするための戦い」のテーマは女性を主人公にしたほうが説得力をもって鋭く立ち上がるのである。陰惨なできごとの末に訪れるラストは、それゆえに希望に満ちている。

「蝶のいる庭」のおぞましくも奇妙に美しいヴィジョンも忘れがたく、この著者には注目したい。

 

川出正樹

『偽りのレベッカ』アンナ・スヌクストラ/北沢あかね訳

講談社文庫

 例年、年間ベストテン企画が発表される12月は、割と小粒な作品が多くて選出に苦慮するのだけれども、今年は逆に面白い作品が多くて困ってしまった。エドワード・ケアリー『肺都』(東京創元社)、コルソン・ホワイトヘッド『地下鉄道』(早川書房)、ダヴィド・ラーゲルクランツ『ミレニアム5 復讐の炎を吐く女』(早川書房)は、いずれも年間ベスト級の大作で他の月だったらこれらのいずれかで決まりだろう。けれどもそれらを凌ぐ傑作が二作あって、最後まで悩んでしまった。一つは、おぞましくも美しき“楽園”での生活と崩壊へと至る顛末を描いたドット・ハチソンのうなされるようなサスペンス『蝶のいた庭』(創元推理文庫)。そしてもう一つが、アンナ・スヌクストラによる失踪した娘を巡る全編ちりちりとした感触がつきまとうサスペンス『偽りのレベッカ』だ。

 結局後者を選んだのは設定の新規さに唸らされたからだ。というのも、長年行方不明だった人物の突然の帰還により物語の幕が開き、やがて事件がというパターンを逆手に取った作品なのだ。万引きの現行犯で捕まった主人公の「私」は、窮地を逃れるために、十一年前に誘拐されたレベッカだと名のる。失踪した娘と瓜二つだった彼女は、かくして家族と感動の対面を果たし、レベッカになりすますが……。

 同じく失踪した娘の帰還に端を発する〈銀の仮面〉テーマで、鏡像のような作品に仕上がっている、十一月に刊行されたエイミー・ジェントリー『消えたはずの、』(ハヤカワ文庫NV)と読み比べてみると面白いですよ。

 

北上次郎

『ニューヨーク1954』デイヴィッド・C・テイラー/鈴木恵訳

ハヤカワ文庫NV

 赤狩りの嵐が吹き荒れる不安と恐怖の時代を描く長編だ。警察内に腐敗と賄賂が横行する中で、主人公のキャシディはそういう腐敗警察官を窓から放り投げる(!)から勇ましい。個性豊かな人物が次々に立ち現れるのもいいし、肉感的なロマンスも忘れがたい。異色の警察小説として続編への期待も大だ。

千街晶之

『蝶のいた庭』ドット・ハチソン/辻早苗訳

創元推理文庫

「庭師」と呼ばれる男に監禁されていた女性たちが救出された。そのひとりの口から、世にも美しい庭園を舞台とする、想像を絶する監禁生活の全貌が語られはじめた……。監禁の目的、犠牲者たちの運命、一同が迎えた結末、すべてを最初は曖昧な状態にしておき、少しずつ全貌を明らかにしてゆく語り口が得体の知れない不安感を醸し出すサスペンス小説だ。主人公がエドガー・アラン・ポオにたびたび言及することからも、本作の発想源のひとつがポオの短篇「アルンハイムの地所」であろうと想像はつくが、日本の読者にとっては、本作は江戸川乱歩の『パノラマ島奇譚』や『蜘蛛男』や『大暗室』を裏返しにしたような話と紹介するのが一番わかりやすいかも。拉致された犠牲者の視点から、人見広介や蜘蛛男や大曽根竜次の像を描けばこの作品のようになるのでは、と。

吉野仁

『ニューヨーク1954』デイヴィッド・C・テイラー/鈴木恵訳

ハヤカワ文庫NV

〈赤狩り〉による暴力とその恐怖や不安が支配していた50年代ニューヨークを舞台とした犯罪小説である。起伏ある話運びでぐいぐいと読ませる一方、ブロードウェイの舞台、ジャズクラブ、バーなどの雰囲気がよく書けている。都会の夜の空気感が伝わってくる作品なのだ。また、ハリウッド映画を思わせる映像的な場面が随所で展開されているのも読みどころ。そのほか、エドワード・ケアリーによる〈アイアマンガー三部作〉が『肺都』でめでたく完結した。奇想あふれる世界と驚きの展開に圧倒されたまま最後の頁までひきづりこまれてしまった。いつかまた最初からじっくりと細部を味わいながら読み返したい。

酒井貞道

『蝶のいた庭』ドット・ハチソン/辻早苗訳

創元推理文庫

 この作品は、あまり内容について事前に知らない方が良い。富豪の殺人鬼(妻子持ち)が、若い女性をたくさん誘拐して豪華な庭園で幽閉し、彼女らが若く美しい頃に順次殺していく。そのような地獄で飄々と生きていた女性被害者マヤが、助け出された後で捜査官の事情聴取を受ける。それを描いた小説であり、事件の全貌がじわじわ明らかになってくる。それ以上は、ご自分で読んで確認していただきたい。ヒロインの人物像がとても魅力的なうえに、《信用できない語り手》の味わいもある。蠱惑的なサスペンスとして高く評価したい。

 

杉江松恋

『肺都』/エドワード・ケアリー/古屋美登里訳

東京創元社

 壮大な物語がついに完結。三部作が一年強という短期間で刊行されたことは訳者の膂力もさることながら、小説を支持した読者がいたからこそだと思う。幸福な形で本が世に出たことを心から喜びたい。

 今回の題名にある〈肺都〉とはロンドンのことで、最終作にして物語の舞台は首都そのものに移る。もう一度おさらいをしておくと、第一作『堆塵館』はロンドン郊外にアイアマンガーが築いた巨大なゴミの帝国とその居館における、ボーイ・ミーツ・ガールの物語であった。第二作『穢れの町』ではそのアイアマンガー一族の城下町に舞台が移り、権力によって引き離された主人公たちの再会までが描かれる。第一作を密室劇とすれば第二作は市街戦である。この『穢れの町』で、遠く離れた地に見えていた首都、及び世俗権力が現実の脅威として存在感を増してくる。その結末を受けて、本作はロンドンの物語となったわけだ。霧の都どころか、闇の都と化したロンドンだ。周縁から中心に、お伽話の如き虚構から読者のいる現実へと主人公たちは接近してきたわけであり、自分の意志によって行動することと地図上の移動とが本作では重ね合わされている。素晴らしい冒険小説であった。

 他の方ががっしがし書いているはずなので重複は避けるが、2017年12月は年末としては稀に見る豊作月であった。『肺都』がなければ間違いなく推していた『ミレニアム5 復讐の炎を吐く女』は、別の作家によって書き継がれたシリーズ作品としては出色であるだけではなく、ページターナーのおもしろさを備えたスリラーとして強く推奨しておきたい。短篇集の必読はディーノ・ブッツァーティ『魔法にかかった男』。20編中19篇が初訳というだけでも嬉しいのに、この後二冊はブッツァーティの作品集を出すことが決まっているらしい。全国のブッツァーティ・ファンが東宣出版にありがとうの大合唱をしているのが聞こえる。

 というわけで年初から濃いラインアップとなりました。書評七福神は今年もどんどんよい翻訳ミステリーを紹介していきますので、どうぞごひいきに願います。(杉)

書評七福神の今月の一冊・バックナンバー一覧