今年の中国の春節(旧正月)は2月16日。記事を執筆中の私が住んでいる北京はいま年越しの雰囲気に包まれています。逆に、西暦の1月1日は中国にとって暦の上の年越しであるだけで全く盛り上がりません。
 今年は2月15日から2月21日が国の定めた祝日ですが、自由業の人なら2月上旬にすでに休みに入ったり、会社勤めの人も有給を取って早めに休んだりします。春節最大のイベントに「春運」と呼ばれる帰省ラッシュがあり、中国人は自動車、鉄道、飛行機などを利用して実家に帰りますが、時間や金に余裕がある人は連休前に移動を始めます。交通機関が発達した現代においても一番の交通手段はやはり鉄道であり、今年は延べ4億人が移動すると予想されています。
中国ミステリが徐々に国外進出している昨今、この春運の凄まじさを伝えるために誰か『春運特急殺人事件』とか書いてくれないですかね。
 
 さて、中国にとって新しい年を迎える今月は、昨年同様編集者・書評家の華斯比が編纂した2017年版『中国懸疑小説精選』に収録されている短編ミステリを紹介します。


 

■柳薦棉『秋之気息』(秋の気配)■

 10年前の秋の日、高校生の劉宛筠と朱婷は級友の武桂月が化学薬品室で首を吊って自殺しているのを発見する。事件は自殺と判断されたが、信じられない劉宛筠は独自で調査を進めるとその10年前にも化学薬品室で少女が自殺しており、それ以降その部屋には幽霊が出るという噂が立っていたことを知る。だが結局、武桂月の遺書が見つかり事件は自殺のまま終わる。そして10年後、大人になった劉宛筠はあの化学薬品室で朱婷に「事件の真相が分かった」と手紙を書く。
 
 中国の学校制度を利用して犯罪の動機をつくっており、それで10年という長い時間を結び付けるのはちょっと強引にも思えるが、例えば学生じゃなく教師で代用できなかったんだろうかとも思う。
 

■周浩暉『酔蝦』(酔っ払いエビ)

 1942年、戦時中の中国楊州に駐留中の日本兵・小野らの駐屯地に現地の老舗料理屋から料理人が来て腕を振るう。生きた川エビを紹興酒に漬け込み、そのまま食べる「酔蝦」(酔っ払いエビ)を見て「刺し身が好きな日本人にふさわしい」と喜ぶ小野らはあっという間にそれを平らげる。だがその料理には料理人の恨みが込められていた。
 
 小野ら日本兵が中国の「抗日ドラマ」から抜け出てきたような酷いキャラクターで、一般的な中国人が考える「日本兵」のモデルはこうなのかと苦笑いしました。以前も、何かの脚本で日本兵の上官が刺し身を食べている描写がありましたが、記号的なものなのでしょうか。
 作者・周浩暉は「中国の東野圭吾」と呼ばれているヒットメーカーで長編ミステリを多数書いていますが、本作のように料理を題材にした短編も書いています。
 

■何慕『歳月神偸』(歳月怪盗)■

 中学生の「僕」は些細なことがきっかけでクラスのボス的少女・李果に目をつけられ、イジメを受ける。そこで「僕」はクラスの変わり者・石原(中国人名)に友達になってくれるようお願いし、彼が提示した1日5元(90円。マックのハンバーガーが1個10元ほど)の友達料という条件を飲む。しかし石原は「僕」の想像以上の働きをしてくれて、ある日クラスでお金を盗んだ犯人が自分ではないことを推理によって証明してくれた。だがイジメは更にエスカレートしていき……
 
 イジメ、というか校内暴力をテーマにした作品で、イジメ加害者たちへの復讐が痛快な様子で描かれているが、それが2chの復讐や武勇伝のまとめサイトから持ってきたような内容でちょっと「中二病」的です。
 

■鶏丁『請勿高空抛物』(高い所から物を投げないでください)■

 彼女に小言を言われ、大家に家賃の支払いの滞りを怒られた孫言錦はイライラの余り彼女が読んでいた推理小説『黒曜館事件』を「馬鹿馬鹿しい」とマンションの6階の窓から投げ捨てたところ、道を歩いていた女性に当たり怪我を負わせてしまう。後日、黙っていればバレないと高を括っていた孫言錦の部屋に警察と共に物理教授の赫子飛が訪れる。
 
 物理計算で本は孫言錦の部屋から落ちた可能性は高いと導いた赫子飛ですが、あとの推理に物理学教授らしいところはなく普通の探偵と変わりないのが少し残念。
 作中に出てくる『黒曜館事件』は後述の時晨による実在の小説。鶏丁と時晨が仲良しなことは言うまでもないでしょう。
 

■謝柯盼『山狐』(山キツネ)

 大学生の林夢渓は友人の秦寛から、ある男性が子どもの頃に体験した不可思議な話を聞く。1965年、子どもだった男性(小空)とその友達・小調は山で迷っているところ不思議な女性と出会う。山奥だと言うのに1人でいた女性は2人の方言が分からないようだったがとても優しくしてくれ、2人も彼女になついていたが、突然山に響いた「キツネを見つけたぞ!」の声に驚き山奥へ消え去った。男性は今日まで女性が山の妖怪だと思い秦寛にその話をしたのである。そこで秦寛と林夢渓は勉強の暇潰しにその女性の正体を推理する。
 
 作者は理論物理学博士課程の学生のようで、この話も一見すると単なる怪談ですが、オチを含めたあらゆる場所にはふんだんに作者の趣味というか得意分野が現れています。「聞き間違い」のオチは個人的に好きではないですが、結構よくできた話なので実際に中国であった事件なのかとも思ってしまいました。
 

■擬南芥『乱世蟻・恨別驚心鳥』(乱世の蟻、別れを恨んでは鳥にも心を驚かす)■

 戦前?の上海、探偵の界楠はある殺人事件の現場に呼ばれる。踊り子の盧珍が何者かに殺され、富豪のボンボン・沈港が容疑者として捕まっていた。沈家から沈港の無実を証明するように頼まれた界楠は、証言もアリバイも物証も何から何まで沈港に不利である状況にも関わらず、推理によって盧珍が自殺であり沈港が無実であることを証明する。しかし後日、彼は沈港と弁護士の笵の信じられない会話を聞いてしまう。
 
 探偵がミスリードによって誤った推理を導き出してしまい犯人をみすみす逃してしまうアンチミステリー型の短編です。どうもシリーズ物のようなので、最終的には界楠が名実ともに名探偵となれるのでしょうか(知らない)。
 

■時晨『五行塔事件』(五行塔の事件)■

 雲南の大富豪・林志堅が所持する「五行塔」は「陰陽五行」をテーマにしており、その内外の異様な装飾もさることながら、前の持ち主が落下死を遂げた曰く付きの建築物だった。そして現在の所有者林志堅と彼の息子の林震が相次いで落下死し、更に塔の謎を発見した高雲龍も塔内で謎の死を遂げる。林志堅の娘、林媛を心配する韓普は友人で数学教授兼名探偵の陳爵に事件の解決を依頼する。五行塔には恐ろしく、そして非常に馬鹿げた仕掛けが隠されていた。
 
 名探偵陳爵とその助手、というか友達の韓普シリーズの一作です。本作では韓普が惚れた女性を助けようと陳爵を焚き付けますが、陳爵はそんな下心なんかお見通しで依頼なんか受けたがらず、韓普に事件を解決したら家事全部やれという約束を確約させます。なんか一部の女性に受けそう。
 

■永晴『護陵手記』(墓守の手記)■

 事件なら何でも解決する「ネタバレ女王」の異名を持つ霍雨薇のもとに張拾年という青年が訪れる。彼は考古学者だった祖父・張莫耶が書いたという手記が持って来て、これを出版したいが中に書いている内容が奇天烈過ぎて、なおかつからくりの仕組みが全くわからないと言い、霍雨薇に助けを求める。手記は古墳に侵入した張莫耶らが食人虫や殺人トラップに遭遇した様子や古墳に眠る歴史上の偉人の正体に言及していたが、霍雨薇は手記の内容自体に疑念を抱く。
 
 推理小説にかこつけた「盗墓小説」(盗掘小説)か、と思いきや手記そのものに大きな謎を仕掛けていて2度美味しい作品です。
 

■豆包『愛麗絲漫遊烏托邦』(アリスのユートピア漫遊記)■

 鏡島で6人の遺体が発見されたという知らせを受けた刑事のジャックは「アリスとマッドハッター探偵事務所」を尋ねる。そこの探偵テイラーに事情を話したところ、その島で亡くなった被害者のうちの1人が彼の助手であり妻のアリスであることを知る。更に、島に着くと、被害者全員の名前が「アリス」であることが分かる。妻を亡くした事実に耐え、黙々と真相を究明するテイラーだが、実は事件は全て被害者と加害者による共犯だったのである。
 
 異色作が続いた本書の収録作の中でも雰囲気が一際不可思議な本作は、舞台が海外(中国以外)であることを全く読者に意識させず、殺人事件がこの世界で起きたとすら思わせない幻想的な雰囲気です。ちなみに作者は陸秋槎を含むプロミステリー小説家を輩出している復旦大学推理協会の元6代目会長です。
 

■方洋『十重人格』(十重人格)■

 本人を含め10人分の人格を有する多重人格者・馬凱文は夢遊病の最中に妻を殺害してしまう。精神科医・郭躍明は「誰が」やったか調査しようとするが、主人格の馬凱文は自分が「バター猫」になったと思い込んでしまい頼りにならない。だが他の人格は自分が犯人ではないと身の潔白を主張していて捜査に協力的であるので、彼らから話を聞くことにする。だが捜査を進めるうちに馬凱文の中に新たに生まれた11番目の人格の存在が明らかになる。
 
 1人の人間に次々質問して一体どの人格が本当のことを言っているのか推理する様子は、誰が嘘を吐いているのかを当てるゲームみたいで楽しい。別人格が主人格を支配し、他者に乗り移るというオチはホラー小説っぽく、少し古いが貴志祐介の『十三番目の人格-ISOLA』を思い出しました。
 
 周浩暉や鶏丁、時晨のようにベテランや中堅がいる一方、柳薦棉、謝柯盼、永晴、豆包ら現役大学(院)生も揃えたラインナップです。中国ミステリも段々と中間層が分厚くなっていき、彼らが長編作品を書き上げて国内に広くミステリを喧伝する一方、若い作家は自分の専攻分野やミス研に所属する実力を活かし、自由な作風によって雑誌で活躍しています。雑誌以外で短編が読める場所はまだ少ないので、やはり本書のような短編集は必要不可欠であり、本書の編者・華斯比には作家らをまとめる役割を担い、引き続き頑張っていって貰いたいです。

阿井 幸作(あい こうさく)
 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。
・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
・Twitter http://twitter.com/ajing25
・マイクロブログ http://weibo.com/u/1937491737



 


 
現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)

現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)

 






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