翻訳ミステリーを愛するみなさま、こんにちは。
 いよいよ第九回翻訳ミステリー大賞決定のときが近づいてまいりました。
 翻訳者のみなさま、どうか本投票をお忘れなく(4月12日の24時締め切りです)。
 4月14日の授賞式の参加申し込みもお待ちしています。
 ちなみにわたしは、今年も加賀山さんとともに開票を担当させていただくことになりました。先日の「必読!ミステリー塾」で畠山さんと加藤さんが書いてくださいましたが、鳳明館時代から受け継がれた(というとなんか明治時代からつづいてるみたいだけど)手作り感あふれるあのポーの顔シールによる集計システムは、たしかに独特の味わいがありますよね。小さいポー10個から大きいポー1個に変わるときの緊張感、わたしもひそかに好きです。票読みをしてるので、すでにすごく緊張してるんですけど、逆にあそこでちょっとひと息いれられるんですよね。でも今年は、もしかしたら微妙に進化したポーが見られるかも? なーんだ、やっぱりおんなじじゃん、てことになるかもしれませんが。
 それでは、三月の読書日記です。

3月×日
 リンカーン・ライム・シリーズ第十二作の『スティール・キス』は、ごく身近なものが突然「殺人マシン」に変化する恐怖を描いた作品。便利さを追求するのはいいけど、その便利さのなかにこんな危険がひそんでいたとは。このシリーズを読むといつも思うけど、現代社会に生きるって恐ろしいことなのね。『ソウル・コレクター』のビッグデータのときなんかとくにそう思ったなあ。

 今回驚いたのは、リンカーンがニューヨーク市警の顧問を退き、刑事事件から手を引いたこと。彼のチームでともに活動できなくなったアメリアは、ちょっぴりというか、かなり寂しそう。そりゃそうだよね。でも、アメリアにたのまれて引き受けた民事訴訟のための事故の調査が、たまたま連続殺人事件に関係していることがわかって、結局またいっしょにお仕事するんだけど。

 もうひとつの変化は、なかなか押しの強い車椅子の美女ジュリエット・アーチャーの登場。リンカーンは彼女をインターンとして雇い、ふたりはあくまでも師弟関係のようだが、もしかしてアメリアのライバル出現か?
 一方アメリアのまえには元彼のニックが現れて何やら面倒なことになるし、相棒のルーキーことロナルド・プラスキーも謎の行動をとるしで、どうなるチーム・リンカーン!

 お約束のどんでん返しは、同時多発的どんでん返しというか、どんでん返しの波状攻撃というか。期待されながらひっくり返すにはやっぱりこれくらいやらないとね、とでも言いそうなディーヴァーのドヤ顔が目に浮かぶ、お見事なラストでした。

〝ショッパー〟のくだりはあまりぴんとこなくて、ちょっと苦しい感じも。でもまあ犯罪者の心理だから、納得できない部分があるのは当然なのかなあ。
 ニックが「アメリアの香りだ……」とくんくんする、アメリア愛用のゲランのハンドクリーム、チェックしなくちゃ。

 

■3月×日
 カミラ・レックバリの『獣使い』はエリカ&パトリック・シリーズ第九弾。グロくても、長くても、このシリーズ好きなんですよねぇ。

 監禁されていたと思われる少女が森のなかから現れ、走ってきた車にはねられた。病院に搬送されたあと死亡した少女は、四カ月前から行方不明だったヴィクトリアで、拷問を受けたあとがあり、両の目をくりぬかれ、鼓膜を破られ、舌を切り取られていた。周辺地域ではほかにも同年代の少女の失踪事件が起きており、同じ犯人に監禁されているのではと考えたターヌムスヘーデ警察署刑事のパトリックは、それらの事件を洗い直すことにする。

 一方、ジャーナリストのエリカは、夫を殺し、娘を虐待していた罪で服役中のライラ•コヴァルスカに興味を持ち、取材のため刑務所にライラを訪れていた。

 このシリーズではいつも「子供」が重要な位置を占める。エリカとパトリックには幼い子供が三人いるし、エリカの妹アンナは子供を失ったことでつらい思いをしてる。ターヌムスヘーデ警察でも、メルバリは孫が生まれてなんか丸くなったし、パウラは子供を産んだばかりだし、妻を癌で失ったマーティンは幼い娘を育てるシングルファーザーだし、ユスタは以前預かっていた里子が恋しくてしかたがないし、アンニカは養子を迎えたばかり。レギュラーメンバーのほぼ全員が子供と深い関わりをもっており、今回の事件も子供がらみだ。子供というのは、大人の生活を、そして社会を大きく揺るがすものだなあとあらためて思う。

 タイトルにもある「獣使い」は過去のパートで登場し、ライラの語る過去の事件が現在にどう関係してくるかが読みどころ。ラストに向けてのスピーディな展開は、いつもながらジェットコースターに乗っているようで、どこに連れていかれるかわからない。

 警察署のメルバリや、パトリックの母でエリカの姑にあたるクリスティーナなど、いつもマイペースでまわりからうんざりされている人たちが、意外な行動をとってちょっと見直されたりするのが楽しかった。事件がすごく陰惨なので、そのなかにときどき出てくるお笑い担当の人たちのエピソードにほっとする。とくにメルバリはマンガみたいでほんとに憎めない。以前は史上最悪のパワハラおやじだったのに、メルバリも変わったよなあ。

 

■3月×日
『ジェーン・スティールの告白』って、なんか近年のトマス・H・クック作品っぽいタイトルだなあと思いながら、なんの予備知識もなしに読みはじめたら、『ニューヨーク最初の警官 ゴッサムの神々』のリンジー・フェイなのね。どうやらシャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』を下敷きにしているらしい。

 そしたらなんとびっくり。冒頭からいきなり殺人のご報告。まあ帯にも書いてあるんですけどね。しかも犯行は一回や二回じゃないらしい。本書のジェーンは、両親を失い、親類にいじめられ、寄宿学校で苦汁をなめたすえに家庭教師として裕福な家庭に雇われる、というところまではブロンテのジェーンと似ているが、必要とあれば武器を手に戦うことも厭わない、かなり現実的で行動力のある女性だ。だから殺人にも手を染める。けっこうあっさり。そういえば『ゴッサムの神々』でも、正義の側の人たちがけっこういけないことをしてたっけ。何かを守るためには手を汚さなければいけない。生きるためにはきれいごとなど言っていられない。リンジー・フェイはそんな過酷な時代を描くのが得意だ。

 インド帰りのチャールズ・ソーンフィールドとその執事サルダル・シンが登場する後半からは、歴史ミステリとしてのおもしろさが爆発。シク戦争でふたりに何があったのか、ジェーンが教えることになる女児サジャルのトランクには何がはいっているのか、東インド会社はどう関係してくるのか。このあたりの謎が素敵に入り組んでいて、そこにジェーンがなだれこんで大暴れ、という前半からは考えられない展開に。インドでのエピソードのなかに〝紳士〟と〝猟犬〟ということばが何度も出てきて、東インド会社の軍隊を描いたM・J・カーターの『紳士と猟犬』を思い出した。(サブリミナル効果?)

『ジェーン・エア』のロチェスター氏とちがってソーンフィールドは影のあるイケメンだし、ジェーンは行動的な美女。ふたりの年の差も本家ほどはないので、ロマンスの描写に説得力があり、ロマンティック・サスペンスとしてもなかなか。互いの過去や素性を隠しながらの油断のならないロマンスにドキドキです。

 ソーンフィールドと同じくイケメンのサルダル・シンとの関係性は、ほのかな腐案件としても楽しめそう。警察官のキルフェザーも意外なキャラだったし、悪役がまたすばらしくバラエティに富んでいて挑みがいがあるんだな、これが。とにかく盛りだくさんでおもしろい! 痛快! 胸キュン! 読むまえと読んだあとでこれほど印象が変わる作品もめずらしいのでは(よく知らずに読んだからだけど)。ヴィクトリア朝の女必殺仕事人のようなジェーンはダーティ・ヒロイン認定です。

 

■3月×日
 タイトルにぴったりな蝶と女性の表紙がミステリアスで美しい、ドット・ハチソンの『蝶のいた庭』。帯には「これ以上読みたくない。でも、決して止められない究極の一冊!」とあって、「これ以上読みたくない」ということは、なんとなくアレックス系の痛いやつかなと思って身構えていたけど、それほど痛そうではなかったのでどんどん読んでしまった。でも「決して止められない」のほうはほんとうでした。

〈庭師〉に拉致され、〈ガーデン〉で暮らしていた十人以上の若い娘たちが警察に保護された。娘たちはそれぞれ名前をつけられ、温室のなかの蝶として監禁されていたのだ。娘たちのリーダー格だったマヤは、〈庭師〉が定めた奇妙なルールと蝶たちの暮らしの詳細を、FBI特別捜査官ヴィクターに語りはじめる。

 マヤたちが救出されているので、最悪の事態が回避されたことはわかっているのに、そこにいたるまでに何があったのだろうと思うとぞわぞわして、興味がそがれることはなかった。マヤは何かをずっと隠しているのだが、それまでに話したことだけでも充分衝撃的なので、わかってもそれほどインパクトがなかったのはちょっと残念。でも得体が知れなかったマヤのことがわかってくるにつれ、ほんとにいい子なんだなあと思わずにいられなくなる。

〈庭師〉はとことん異常なやつだと思うけど、読んでるうちにこっちまで洗脳されて「なんかちょっと紳士かも」と思えるときがあってあせった。蝶たちもそうやってじりじりと感覚を麻痺させられていったんだろうなあ。〈庭師〉がやってることはどう考えてもけしからんけど、若い女の子ばっかりの共同生活の描写はちょっと変わった女子寮っぽくて、自分たちの運命を忘れることさえできれそれなりに楽しそうだ。それができる精神力の強い子たちだけが残っているということだろうか。マヤがいたことも大きいだろうな。でも、〈庭師〉のコレクションのしかたはちょっと、というかだいぶ怖い。

 それにしても〈庭師〉の敷地ってそうとう広いんだろうな〜。滝とか川があるなんて、ニューヨークなのにすごいな〜と感心してしまった。

 

上記以外では……

『ロボット・イン・ザ・ガーデン』同様、続編の『ロボット・イン・ザ・ハウス』も心温まるストーリー。イヤイヤ期から反抗期を迎え、ボニーという「妹」もできて、ちょっぴりお兄ちゃんになった箱型ロボット・タングの成長ぶりがまぶしい。ダメ夫だったベンが立派な「父親」になれたのはタングのおかげかな。

 

 M・C・ビートンの『アガサ・レーズンと禁断の惚れ薬』は、いつもながらテンポよく読めて心地よい。とある事情でカースリー村を離れ、季節はずれの海辺のリゾートで大暴れする、大胆なのにときに小心で実は心やさしいアガサの魅力がたっぷり詰まった一冊。

 

 サンフランシスコを舞台に、フードワゴン村で起きた事件を、元新聞記者のダーシー・バーネットが叔母のアビゲイルのフードワゴンを手伝いながら調査するペニー・パイクの『フードワゴン・ミステリー 死を呼ぶカニグラタン』は、ユニークなキャラクターが目白押し。犯人探しのために集めた情報を、ダーシーは新聞記者らしく「5W1H」で整理するのに対し、料理人のアビゲイルは「レシピ」に書き換えて考える、というのがおもしろい。「シュークリーム王子」ジェイクの絶品シュークリームの数々はおいしそうすぎてテロレベル。

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はジョアン・フルークのハンナシリーズ18巻『ダブルファッジ・ブラウニーが震えている』。カレン・マキナニーの新シリーズは五月刊行予定。主人公はママ探偵です。ブロンクスのママじゃないよ。

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