「今の翻訳ミステリー大賞シンジケートは、過去の名作についての言及が少ない!」ーーそんなことをお思いの方はいらっしゃいませんか?

そういう方向けの連載が今回から月イチで始まります。犯罪小説が大好きでしかたがないという小野家由佳氏が、偏愛する作家・作品について思いの丈をぶつけるコラムです。どうぞご期待ください。(事務局・杉江) 

 

 《かいけつゾロリ》って、御存じでしょうか。
 ポプラ社から刊行されている児童書のシリーズで、作者は原ゆたか。児童書というジャンル故に知らないという人も多いと思います。とはいえ、1987年から現在に至るまで続いているので、かなり多くの人が慣れ親しんでいるのではないでしょうか。
 僕はまさに、このシリーズで読書の世界に入った世代なのですが、最近、ふと気づきました。
 《かいけつゾロリ》ってクライムコメディじゃないか、そして僕のクライムコメディ好きはここからきているんじゃないか、と。
 そもそもが主人公のゾロリというのが、悪党です。悪事をして、それで世間に名をとどろかすことを目的に生きている男です。
 たとえば『かいけつゾロリの大金もち』(1987)なんて、完全にドートマンダーものみたいな話です。イモ判でお手製の偽札を作り、それを使ってレストランの従業員を騙そうとしたところ失敗、しかし反省しない悪党である彼らはとんでもないことを考える。造幣局に忍び込み、そこで完璧な偽札を作ってしまうのだ! ……ほら、完全にクライムコメディじゃないですか。
 魅力的なキャラクターに、意外性のある計画で悪事を働かせて、最終的には「犯罪は引き合わない」で落とす。(悪事を働くタイプのお話の時の)《かいけつゾロリ》は大体この流れで、この構成もクライムコメディの定番です。
 こんなシリーズで育ったのだから、そりゃあ、このジャンルのことが好きになるわ、三つ子の魂百までだ――と、そこまで考えて、もう一つ、連想が働きました。
 ヘンリイ・スレッサーの『快盗ルビイ・マーチンスン』(1960)なんて、まんま《かいけつゾロリ》の大人版じゃないか。
 だから僕はあれが大好きなんだ。
 
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 ルビイ・マーチンスンは、〈世紀最大の犯罪的天才〉です。
 寝ても覚めても常に考えているのは犯罪計画で、その内容は強盗、詐欺、猫泥棒と多岐にわたります。彼はそれらを犯すことに対して、何の躊躇いも覚えない残虐な男なんです。
 しかし、そんな彼にも一つ、弱点があります。
 それはまだ、一回もその計画を実行に移したことがないということ……この連作短編集の第一話のタイトルは「ルビイ・マーチンスン/初めての犯罪」です。
 どうです? この時点で、とんでもなくキュートじゃありませんか?
 ちなみにそんなルビイを〈世紀最大の犯罪的天才〉だと呼んでいるのは五歳違いの従弟の「ぼく」で、彼はルビイのことを素直に尊敬し、恐ろしい男だと畏怖さえしています(ここなんて特にゾロリを思い出します。ゾロリにも、イシシとノシシという盲目的にゾロリを慕う相棒がいるのです)。
 「初めての犯罪」は、そんな「ぼく」を誘って、とうとうルビイが初めての犯罪に挑むというまさにタイトル通りの一編で、早速、読者をルビイのファンにさせてくれる、素敵な一編です。
 ルビイが企む最初の犯罪は、食料品店の店主が運ぶお金や有価証券の入ったカバンのすり替え。白昼堂々それを行おうとする彼の作戦は大胆不敵なのですが……それ以上に印象に残るのは「やってやるぞ。とうとうやってやるぞ」という物語に漂うドキドキ感、もしくはワクワク感です。
 本編が始まってすぐ、ルビイは〈例の場所に来たれ〉と「ぼく」を呼び出します。例の場所、といっても、それはいつもの溜まり場の食堂です。でも、「ぼく」は胸をときめかして向かうのです。今までとは違うことを、とうとうやるから。
 その後、自転車に乗る練習(!)やら、ターゲットの食料品店の下見やらを「ぼく」はルビイにやらされるのですが、そこにも、どこか、待ちに待った遊びへ繰り出すトキメキのようなものが素人臭さの中に漂っていて、読んでいて、そこがたまらなくグっときてしまうのです。
 さて、ルビイの作戦はどうなるか、とこちらも胸を高鳴らせて読み進めていくと、ニヤリと笑える洒落たオチが待っているという塩梅。完璧な第一話でしょう。
 この連作はその後も愛すべき要素しかないテンションで進行していきます。
 偽物の宝石を利用した詐欺を企む「ルビイ・マーチンスン/詐欺師」、銀行窓口で誰にもバレない完璧な強盗計画を実行する「ルビイ・マーチンスン/銀行破り」のように、タイトルそのままの犯罪をルビイと「ぼく」が行う話があれば「ルビイ・マーチンスンの婚約」のようにルビイとその恋人ドロシイの恋愛模様の話もあり、と内容はバラエティ豊か。シリーズのテンプレートはあるのですが、毎話毎話それからちょっとズラしてくるので、読んでいて飽きることは全くもってありません。
 粒ぞろいなだけではなく、シリーズとしての縦の筋もあって、ルビイとドロシイの関係がちょっとずつ変わっていったり、「もう前みたいなことはごめんだ」と前話での扱いに「ぼく」が怒ったりというくすぐりがあり、それも実に楽しい。
 そんな一冊の中で筆者のお気に入りを選ぶなら「ルビイ・マーチンスン/恋の唄」。ルビイがドロシイが喧嘩してしまい、怒った彼女は別のボーイフレンドとデートを始めてしまう。ルビイはそれを邪魔しようとするが、というのが粗筋です。
 大悪党のルビイ君も、女の扱いは苦手なようで(そもそもが従弟の前では気取って彼女のことを「スケ」だとか「イロ」だとか呼ぶけど、彼女の目の前ではそんな態度は見せない、みたいな男なんです、ルビイは)ドロシイの行動に素直に怒るし、あたふたします。デートの邪魔をするアイディアも、いまいち冴えない。これじゃあ、そのまま振られちまうんじゃないか、大丈夫かよ、おい……と、思いきや、そこで! ……とにかく一から十まで可愛らしい話で、思わず顔がほころんでしまいます。
 悪党要素が一切ない話ですが(チンピラみたいなことはするけど)、だからこそ素晴らしいというか、このシリーズらしい、と思えて、とても好きなのです。
 
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 ゾロリもルビイも、愛しいのは、彼らが小市民的といいますか、性根が僕らと一緒だからだと思います。
 イモ判で偽札を作れるんじゃないかとしょうもないことを思ったり、悪いことを沢山考えながらも実行に移せなかったり、いざ悪いことをしようとしても、自転車の練習みたいなお間抜けなところから始めるしかなかったり。
 『快盗ルビイ・マーチンスン』には未収録の短編ですが(後に日本オリジナル短篇集『最期の言葉』(論創社 2007)に収録された)「ルビイ・マーチンスンの大いなる毛皮泥棒」では、恋人が「あの毛皮のコート、欲しいなあ」と呟いたのに「買ってやる」と答えてしまって後悔する、ということが物語のキッカケです。
 「そうそう、あるよね、こういうの」という感情や行動がそこにあって、だからこそ、一線踏み越える彼らの行動にワクワクする。そして、やっぱり上手くいかなくて、それで「まあ、こんなもんだよね。でも、そこまでひどい目にあわなくて良かった」とホッとする。
 ヘンリイ・スレッサーは人間観察の名人だったのでしょう。
 スレッサーの短編を読んでいると「こういう人いるなあ」「こういうことやられたら嫌だなあ」「そうそう、こういう時は報われてほしいよな」と思わされることが多々あります。シリーズキャラクターであるだけあってか、ルビイは特にそういう感情移入が強い。
 とてつもなく奇抜な犯行計画で、不可能と思われる状況で絵画を盗み出す……そうした怪盗ものも良いですが、このシリーズには、それとは全く違った魅力があります。
 もし未読の方がこれを読んでいましたら、読んでくれると、嬉しいなあ。
 傑作や名作とは言いませんが、うまくて洒落ている、世界中のみんなに捧げたくなるような一冊です。

 

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小野家由佳(おのいえ ゆか)
ミステリーを読む社会人二年生。本格ミステリとハードボイルドとクライムコメディが特に好きです。Twitterアカウントは@timebombbaby