「~しなければならない圧力」を感じたことはありませんか? たとえば、「年下なのだから、年上の言うことには従わなければならない」。「女性なのだから、子どもを生まなければならない」。「もう若くないのだから、派手な服装は慎まなければならない」。でも、実は「~なのだから」部分をよくよく考えてみれば、どうして「~しなければならない」部分とつながるわけ??となることも少なくありません。今回ご紹介する “Little Deaths” を読んでいて感じたのは、そんな「~しなければならない圧力」の恐ろしさでした。


 “Little Deaths”には主人公が二人います。一人はルース。若く美しい女性で、夫とは別居中、カクテルウェイトレスとして働きながら幼い子ども二人を育てています。ある日彼女の子どもたちがアパートから消えてしまったことから悲劇が始まります。
 ルースは別居中の夫フランクに助けを求め、半狂乱になりながら子どもたちを探し回りますが見つからず、警察が呼ばれることになります。捜索の結果、子どもたちは二人とも変わり果てた姿で見つかります。そして、数々の「~しなければならない圧力」がルースを襲うのです。
 ルースは子どもたちの身に起こったことに打ちのめされます。けれど警察や記者の前で悲しみを見せることはしません。常に完璧な化粧で顔をよろい、きれいな服を着て、泣き崩れることもないその姿は、やつれた様子の夫フランクが同情を集めるのとは対照的に、冷たい印象を与えます。「子どもたちが悲劇に見舞われたのだから、母親は身なりにかまわず悲しまなければならない」。「仕事なんかせずに泣き暮らさなければならない」。「男性とつきあったりせず喪に服さなければならない」。世間からの「~しなければならない圧力」にルースは屈しません。なぜなら、これが彼女の悲しみ方だから。若者の頃母との折り合いが悪く家を出たかったルースは、父が亡くなってまだ五ヶ月だというのにフランクとの結婚を決めます。人様がどう思うかと周りの目を気にする母に彼女は言います。「好きなように思わせておけばいいわ」。そして怒った母に平手打ちされると、「泣き声を聞くという満足を母に与えないため」に自分の部屋に駆け込んで枕に顔を埋めるのです。
 この過去のエピソードは、彼女がなぜ我が子の悲劇に際してこのような態度をとっているのかの理由を物語っています。どうせ彼女を理解してくれない世間の不特定多数の人々が何を思おうと構うものか。悲しくても涙を見せてやるものか。だから彼女はまるで鎧をみにまとうように念入りに化粧をしおしゃれをし、意地でも泣き顔を見せません。本当は深く傷ついているのにもかかわらず。そんな彼女を理解してくれるのは友だちのジーナだけ。警察はそんなルースに疑いのまなざしを向けます。そして彼女をつけまわし、子ども殺しの犯人と決めつけるようになるのです。
 この物語のもう一人の主人公、ピートはその一部始終を外側から見ています。彼はタブロイド紙の記者で、ルースを疑いの目で見、後を追いかけ回してどうにか特ダネをとり、一旗揚げようとしています。ところがジーナに話を聞いてからルースを見る目が変わっていきます。この人は本当は子どもたちのために深く悲しんでいるのではないか? そうして疑いは共感になっていき、ルースのために思い切った行動をとるまでになります。

 ええっ、なんでこの人こんなことするかなあ、と、本を読んでいて思うことが、誰しもあると思います。共感できない、筋の通らない行動をとる、あまりに作り物めいた、「生きていない」人物にあたった時です。この物語のルースは違います。ルースのとった行動は、愚かだったかもしれません。彼女は警察に疑われるような態度をとらず、「~しなければならない圧力」に屈して、人目もはばからず涙を流し、捜査に従順に協力し、黒い服ばかり着ていればよかったのかもしれません。でも彼女はそうしませんでした。彼女を突き動かしていたのは誇りなのです。子どもたちが恐ろしい事件に遭ったのに、警察は私の男性関係ばかり調べようとする。そんな警察に協力なんてしてやるものか。記者だって大衆だって私が泣きわめくのを見たいんでしょう、カメラの前で泣いてやるもんか。ろくに味方もいない中、そうやって精いっぱい意地を張って一人立つルースがそうせざるを得なかった心理がリアルで、「そうだよね。辛いよね。でも奴らに負けるわけにはいかないんだよね」といちいち納得、共感できるのがこの本の素晴らしいところです。そんなルースの真の姿をはからずも垣間見てしまったピートははたして彼女を救うことができるのか、そして事件の犯人は――? 

 かのジェフリー・ディーヴァー御大にも激賞された本書、実はエマ・フリントという新人作家のデビュー作だというのが驚き。現在執筆中だという第二作は一九二〇年代のロンドンが舞台で、実在の事件を題材にしているとのこと。実は本書にも基になった事件があったんだとか。それを聞くと更に恐ろしい一冊です。

“Little Deaths” by  Emma Flint
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【原書レビュー】え、こんな作品が未訳なの!? バックナンバー一覧
 

河出真美(かわで まみ)

好きな海外作家の本をもっと読みたい一心で、作家の母語であるスペイン語を学ぶことに決め、大阪へ。新聞広告で偶然蔦屋書店の求人を知り、3日後には代官山蔦屋書店を視察、その後なぜか面接に通って梅田 蔦屋書店の一員に。本に運命を左右されています。2018年4月より世界文学・海外ミステリーも担当するようになりました。おすすめ本やイベント情報をつぶやくツイッターアカウントは@umetsuta_yosho。月2回、おすすめ洋書+ミステリーをおすすめする無料イベント、BOOK&COMMUNITYを開催中。また不定期で翻訳者のお話をうかがうイベント「翻訳者と話そう」も開催中。詳し
くは梅田 蔦屋書店HPまで。

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