全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 この連載は忙しい毎日のちょっとした息抜きにしていただければいいなあと思って、なるべく楽しかったり痛快だったりする一冊を選んでいるのですが、今回の本はとにかく一人でも多くの人にご紹介したい、どうしても読んでほしいと思い、あえて取り上げました。つらくて残酷で痛ましくて恐ろしくてとてつもなく悲しいその作品とは、スーザン・ヒル『城の王』(幸田敦子訳/講談社文庫 *2002年に出た単行本『ぼくはお城の王様だ』を改題)です。ヒルといえば『黒衣の女』が有名ですが、1970年刊行時に大反響を巻き起こした本書は、翌年のサマセット・モーム賞を受賞しました。


 6年前に母を亡くした11歳のエドマンド・フーパー(以下フーパー)は、祖父の死により父が後を継ぐことになったウェアリング館に引っ越してきます。やや鄙びた田舎に建つその屋敷は銀行家だった曾祖父が建てたもので、歴史もなければとりたてて美しくもありません。父はみずからに言い聞かせるかのように、屋敷や祖父のコレクションの価値をフーパーに教えこもうとします。しかしフーパーにとって屋敷は単なる醜悪なつくりの古い家であり、祖父が収集した標本や剥製は趣味の悪いものとしか思えませんでした。そんなある日、屋敷に二人の訪問者がやってきました。新聞で募集した家政婦のミセス・キングショーと、その息子でフーパーと同い年のチャールズ・キングショー(以下キングショー)です。フーパーは会う前から彼らに敵意を抱き、キングショーと二人きりになると主人風をふかせ、あっというまにとっくみあいのケンカになりました。
 
 ここからフーパーによるキングショーへの執拗ないじめが始まるのです。使用人の息子に対するフーパーの憎しみは常軌を逸しており、ときには残虐といってもいいほどの凄まじさでキングショーを痛めつけます。フーパーの父親は仕事で家を空けることが多いうえに、もともと息子への関心が低く、都合の悪いことは見て見ぬ振りをするような人物で、一方のキングショーの母親は未亡人で行く場所がなく、母子ともども主人に気に入られることが一番の目的のため、息子の訴えを全く聞こうともしません。同い年の少年たちなら友だちになれる、ケンカも仲のいい証拠だ、と彼らは自分たちの都合のいいように解釈し、キングショーはどんどん追い詰められるのです。
 
 誰も信じられない、助けてくれる人は一人もいない。キングショーを蝕む地獄のような日々。「好きって言えなくていじめてるんだからわかってあげて」とか「嫌いなんて言っちゃだめ」などと諌められたことがある人なら、キングショーの絶望感がいかばかりか想像できるはず。そんなある日、キングショーに思いがけない幸運が訪れます。近くの農場に住むアントニーという友達ができたのです。このくだりが本当に幸福感に満ちあふれていて、読者も一緒に嬉しくなるシーンです。この作品がキングショーとアントニーの初恋物語であったらどんなに良かったか!
 
 そして物語はあまりにも衝撃的な結末を迎えます。ヒル本人によるあとがきで、この作品に対する世間の反響が詳しく書かれているのですが、世の親たちからとりわけ結末が非難されたそうです。「いま書いても、同じ結末を用意しますか」という問いに対してヒルは「結末はこれしかありえない」とはっきり答えています。わたしも心の底から同意します。本編読了後には絶対に筆者あとがきを読んでください。読み終わってだいぶ経ちましたが、今でもこの物語を思い出すたびに胸が痛み、同時に救われた気持ちにもなるのです。なお、ここでこの作品を取り上げた理由の一つが、巨匠・萩尾望都の長編サスペンス『残酷な神が支配する』と多くの共通点があったからです。『城の王』で、もしあれがああなっていたら……と想像せずにはいられません。既読の方はぜひ本書と比べてみてください。
 

『城の王』では屋敷が不穏なモチーフとして使われていましたが、皆様ご存知のシャーリイ・ジャクスン『丘の屋敷』リチャード・マシスン『地獄の家』をはじめ、建物自体に超自然的要素が備わっている恐怖譚は数多くあります。6月29日(金)公開の『ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷』は、カリフォルニア州サンノゼに実在した建物、しかも現在も観光名所として残され、いまだに怪奇現象が起きているといういわくつきの屋敷をテーマにしたホラー映画です。


 銃の製造で巨万の富を築いたウィンチェスター家。夫と娘を亡くした家長のサラ(ヘレン・ミレン)は、一族の莫大な遺産を使い、ウィンチェスターハウスと名付けた屋敷に職人たちを集め、毎日24時間休むことなく増改築を続けさせていました。今や部屋の数は500以上になっていましたが、中には迷路のような廊下や用をなさない階段など、奇怪なものが継ぎ足されていたのです。サラのふるまいを不安に思うウィンチェスター社の経営陣に送り込まれた精神科医(ジェイソン・クラーク)は彼女の精神鑑定を行いますが、恐ろしい超常現象を目の当たりにした彼は、密かに屋敷を調べ始めると……。

 監督と脚本は、ハインライン『輪廻の蛇』を映画化した『プリデスティネーション』のスピエリッグ兄弟。謎めいて気品と威厳に満ちたサラをヘレン・ミレンが堂々と演じています。彼女の衣装も見どころのひとつですが、何よりも注目したいのは屋敷そのもの! ホラー版サグラダファミリアともいうべき屋敷の一部を再現したものが、撮影用で実際にオーストラリアに建てられたそうです。なお、本物の屋敷で撮影された箇所もあるとのこと。謎解き要素も多くスプラッターではないので、ホラーが苦手な方にもオススメです! 夏の風物詩といえばお化け屋敷! ぜひ劇場でご覧くださいね。

■「ウィンチェスターハウス」予告編

タイトル:『ウィンチェスターハウス アメリカで最も呪われた屋敷』
 
コピーライト:© 2018 Winchester Film Holdings Pty Ltd, Eclipse Pictures, Inc., Screen Australia and Screen Queensland Pty Ltd. All Rights Reserved.
 
公開表記:2018年6月29日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
 
【監督】マイケル・スピエリッグ&ピーター・スピエリッグ
【出演】ヘレン・ミレン/ジェイソン・クラーク/セーラ・スヌーク
【提供】ポニーキャニオン/REGENTS
【配給】REGENTS/ポニーキャニオン
【宣伝】REGENTS
 
2018/オーストラリア、アメリカ/英語/99分/スコープ/5.1ch/原題:Winchester/G/字幕翻訳:栗原とみ子
公式サイトwinchesterhouse.jp

   

♪akira
  一番好きなマーベルキャラクターはスタン・リーです。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらったり、「本の雑誌」の新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーを担当したりしています。
 Twitterアカウントは @suttokobucho






 

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