そういう方向けの連載が今回から月イチで始まります。犯罪小説が大好きでしかたがないという小野家由佳氏が、偏愛する作家・作品について思いの丈をぶつけるコラムです。どうぞご期待ください。(事務局・杉江)
ハードボイルド派は敵だ。
……と、思っていました。長い間。
僕が好きなのは知的で上品な、トリックとロジックに満ちた本格推理小説であって、そういう野蛮なものはとてもじゃないが読んじゃいられない。ハードボイルドなんて、一切といっていいほど読んでいなかったのに、そんな風に考えていました。勝手に仮想敵を作っていたのです。
そして、その仮想敵の親玉がミッキー・スピレーンでした。「性と暴力の化身。頭を使わない下品な通俗作品、一番苦手なタイプだね!」と一冊も読んでいないのに大嫌いなものだと決めつけていました。
それは、ハードボイルド作品を読み始めてからもそうで、ハメット・チャンドラー・マクドナルド・スクールのラインのハードボイルドは好きでもスピレーンみたいな通俗ものはどうもね、と避けていました。格好つけていたのだと思います。だって、通っぽいじゃないですか、そんな風に言うの。
その偏見は根強く、カーター・ブラウンやヘンリイ・ケインみたいなド通俗のハードボイルド・ミステリを楽しく読んだ後でさえ、スピレーンに対しての食わず嫌いを続けていました。
色眼鏡が吹き飛んだのは、ついこの前、ようやくです。
『大いなる殺人』(1951)を読んだのです。
冒頭部を読んだ瞬間「ああ、僕はスピレーンに謝らなきゃいけないな」と痛感しました。嫌いどころか、僕の好きなハードボイルドのド真ん中だったからです。
簡潔で感覚的な文章に、スピーディな展開、そして何よりマイク・ハマーという魅力的な主人公にとにかく痺れる。
ずっと、ハマーは嫌いなタイプの私立探偵だと思っていました。性と暴力の化身みたいなやつで、おまけに極右って聞いていたから「そんな奴の話、どうして読まなきゃいけないんだよ」なんて考えていたんです。が、違ったんです。
勿論、その評判は決して嘘ではありません。そういうところは確かにあります。ですが、それよりもずっと、内省的で傷つきやすい男なんだなという印象が読んでいてずっと強い。そして、それ故に彼は強気なタフガイなんです。そこが凄く格好いい。
『大いなる殺人』の中で、ハマーは自分が依頼も何もされていない事件に執着する理由を何度も話します。「大の男が泣いていたんだ」、と。ある男が、泣きながら赤ん坊にキスして、バーの外に出ていった。そこで殺された。そんなこと普通じゃない。ハマーはそこに怒りを感じ、残された子供のために立ち上がり、犯人を裁こうとするのです。まさに、ヒーローじゃないですか。
読み終えて、唸りました。「スピレーン、もしや、好きなやつなんじゃないか」と思い、そのまま続けて何冊かハマーものを読みました。やはり、面白い。
で、その流れで手を出したのが『スピレーン傑作集1 狙われた男』(1971)。創元推理文庫から出た傑作選です。
読み終えました。
素直になります。
僕は、このスピレーンという作家、大好きです。
*
『スピレーン傑作集1 狙われた男』とその続刊の『スピレーン傑作集2 ヴェールをつけた女』(1972)の二冊は、小鷹信光氏によって日本で独自に編纂されたスピレーンの短編集です。収録されているのは、『燃える接吻』(1952)以後に発表された五十年代の中短編で、いずれもマイク・ハマーものではない、ノンシリーズ作品になっています。
収録作は、『ヴェールをつけた女』の小鷹解説いわく〈金のためにものを書く必要のなかった十年間〉で書かれた〈素顔を素直にさらけだしている〉作品とのことで、読んでみれば成る程、マイク・ハマーものとは全くもって違った読み心地の作品が並んでいます。
収められた作品の内で最も古い「慎重すぎた殺人者」は実際の事件に取材した犯罪実話ですし、「最後の殺人契約」は小粋なツイストを効かせたシンプルなショート・ミステリ、二巻の方に収録されている「殺しは二人で」なんてとてつもなくロマンティックでナイーブな恋物語です。これらの作品には私立探偵どころか、タフガイすらいません。
そして、ただスピレーンらしくないというだけではなく、それぞれが短編として完成度が高いのです。
『裁くのは俺だ』を評する時、小鷹氏は〈煙管作法〉という言葉を使いました。あの作品は、極言すれば冒頭と最終章の二つの場面のみで成り立っているようなものである、と。
私見では『裁くのは俺だ』に限らず、多くのスピレーン作品にはそうした傾向があると感じます。別に間の部分が駄目というわけでは決してないのですが、冒頭と最終章が余りにも素晴らしすぎる。
そうした意味ではそもそもが中短編の方が向いていた作家だったのかもしれません。中短編のサイズなら、間の木管の部分が短くなってくれるわけですから。
それを証明するかのような素晴らしく出来の良い作品が「狙われた男」と「死ぬのは明日だ」の二中編です。
「狙われた男」はこんな話です。主人公の〈おれ〉は、災難な目に遭っていた。謎に包まれた殺し屋ヴェッターからギャングのボス、レンゾへの手紙を渡すことをことづけられたばっかりに、複数勢力の思惑が重なり合う抗争に巻き込まれてしまったのだ……物語の構造としてはハメットの『血の収穫』的な作品です。いや、もしかしたらウェストレイクの『その男キリイ』の方に近いかもしれません。
どういうことかといいますと、これは一人の脆い心を持った青年が自分と愛する女の身を守るため体と頭を使い、奮闘をする作品なのですね。そこに僕はハマーに感じた魅力をもっと直接的に見てしまうのです。
それだけじゃありません。「狙われた男」は一つの中編として純粋にレベルが高い。
謎の男ヴェッターを求めて動く悪党たち、その中を一人孤独に戦っていく主人公というストーリーはそれだけで読ませますし、そこにヒロインとの恋愛劇を振りかけるのも流石は自分の作品は恋愛冒険小説だと豪語するスピレーンという感じです。そういう話ですから、退屈する隙なんてありません。
それから、なんといっても物語の収束のさせ方が良い。とある捻りが見事に物語にハマッていて、気持ちよく読み終えることができる、そんな一編です。
対して、「死ぬのは明日だ」は本書の中で最も〈スピレーンらしい〉、タフガイの話です。といっても、やはりそのタフガイというのはハマーのように、強くならざるを得なかった男という役回りで、それはそれで魅力的な男。
本編は冒頭、犯罪者の男に殺される直前というシーンを見せ、その後、どうして主人公たちがそんな目に陥ってしまったのかが語られるという凝った構成をした作品で、全編にわたって殺し殺されるかもしれないという緊張感に満ちたサスペンスフルな一編です。
特に主人公の立場だったり、物語中での犯人側の動きだったりで物語を二転三転させる手際が鮮やかで、その上で冒頭に見せたゼロ時間へ着地をさせるという構成が効いています。
この作品でもスピレーンは読者の予想外のところへ落そうと腕を振るっており、タフガイの生き方と綺麗に結合させたオチを見せてくれます。
読み終えて、思わずニヤリとさせられました。本書の中でベストを選ぶなら、筆者はこの中編をセレクトします。
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都筑道夫氏の有名な評論に「彼らは殴りあうだけではない」というものがあります。
ハードボイルド派に対する偏見に対し、そうではないのだと説いた名評論で、僕がハードボイルドを読み始めたキッカケの一つにもなった一文です。
ですが、それを読んでなお、僕はずっと「彼ら(ハメット、チャンドラー、マクドナルド)は殴りあうだけではない。殴りあうだけの彼(スピレーン)とは違う」と思っていました。とんでもなく、失礼な話だと思います。
ミッキー・スピレーンも、殴りあうだけではないのです。
それは『狙われた男』を読めばすぐに分かります。
一般的な彼に対するイメージ、そうでないイメージ、そのどちらもが入り交ざった、スピレーンという作家の魅力を堪能できる話が揃った、そんな一冊ですから。
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小野家由佳(おのいえ ゆか) |
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ミステリーを読む社会人二年生。本格ミステリとハードボイルドとクライムコメディが特に好きです。Twitterアカウントは@timebombbaby。 |