私の初翻訳作品となる『あの頃、君を追いかけた』が8月10日に講談社から発売されました。本書の原作は台湾の人気小説家・九把刀(ギデンズ・コー)氏の自伝的青春小説『那些年,我們一起追的女孩』(2006年)であり、2011年に作者自身が映画監督となって映画化してから大ヒットを飛ばし、2013年に日本でも『あの頃、君を追いかけた』のタイトルで公開されたこともあるので、この作品名を知る日本人は決して少なくないでしょう。

 クラスのお調子者で、授業の最中にクラスメイトを笑わせては教師から怒られるのが日課となっている中学2年生男子の柯景騰(コー・チントン)はある日担任から、優等生の沈佳儀(シェン・チアイー)の前の座席に座り、彼女から勉強を教えてもらうよう命じられる。クソが付くほど真面目で可愛い沈佳儀の指導の下、メキメキと成績を上げる柯景騰は彼女のことが好きになっていく。しかしその恋愛は、恋敵となった親友や友人と戦わなければならない長く険しい道のりだった。そして、たくさんの男子に言い寄られながら恋愛に全く興味を示さない沈佳儀の「特別」な友達になろうとし、柯景騰はあの手この手を使ってがむしゃらに奮闘する。

 同名タイトルのリメイク映画が山田裕貴さんと齋藤飛鳥さんの主演で10月5日から上映予定です。原作では1990年の夏から2000年までの台湾が舞台になっていましたが、日本版では現代の日本が舞台になっているので、あの箇所はどう改変されているのだろうかということが気になっています。
 原作『あの頃、君を追いかけた』は90年代の台湾を生きた少年少女の一途で不器用な思いを描いており、それはきっと現代の同年代も共感するでしょうが、作中には日本の90年代に流行った漫画やゲームが小道具のように登場しますので、その懐かしさは当時『ドラゴンボール』をリアルタイムで読んでいた世代の心にもきっと突き刺さるでしょう。
 

■2018年上海ブックフェア■

 続いては中国ミステリの話です。
 今年もまた上海ブックフェアの季節がやって来ました。今年8月15日から21日まで開催される上海ブックフェアには国内外から多数の作家が集結し、トークショーやサイン会が行われます。現時点の情報を見る限り、今回も日本からミステリ小説家の参加はなさそうです。しかし、国内外のミステリー小説を精力的に出版している新星出版社がこのブックフェア期間中にミステリ関連のイベントを行うとともに、今月に入って中国ミステリを4冊も出版しました。
 今回は新星出版社が上海ブックフェアで行うイベントと、それに登場する小説家や作品をご紹介します。

8月15日 ミステリ作家サイン会
場所:上海ブックフェア第3イベントエリア
時間:19:30から20:30
出演作家:陸燁華、陸秋槎、時晨、孫沁文、王稼駿

 新星出版社の中国ミステリ分野を支える若手作家勢揃いという陣営です。彼らの作品を順に紹介していきましょう。
 

■陸燁華『撸撸姐的超本格事件簿(ルル姉さんの超本格事件簿)』


 5作品の中で唯一今年6月に出版された本ですが、正確に言うと2013年に自費出版された本が出版社から正式に出版されたものです。
 ジャンルは一言で言うと「バカミス」で、探偵のルル姉さんと助手が漫才のようにお互い突拍子もない推理を披露し合いながら徐々に真相にたどり着くという内容。こういう話では助手が探偵のストッパーになるはずが、助手の方が思考回路がぶっ飛んでいるので傍から見るとふざけているようにしか見えない2人。テンポの良い掛け合いは現在シリーズ物で出している『超能力偵探事務所』に通じるものがあります。
 作者の陸燁華はユーモラスな性格をしていますが確固とした自身のミステリ観を持っている作家で、アガサ・クリスティの作品を翻訳した経験を持ちます。
 

■陸秋槎『桜草忌』■


 自殺した女子生徒の唯一の友達だった「私」は彼女の日記を読み自殺の理由を知る。だが、そこに書かれていた内容は全く事実と合っておらず、その時から「私」の生活が変わってしまう。
 作者自身の言葉を借りるなら、日本の少女小説・イヤミスと「日常の謎」の影響を受けて書いた、現代中国的な青春ミステリとのこと。相変わらず女の子同士の友情を描いていて非常に安心します。
 ちなみに彼の初長編作品『元年春之祭』の日本語版が今年9月に発売予定です。
 

■時晨『傀儡村事件』■


 操り人形製作で有名な山村から一夜にして村人が全員消えてしまう。現場には争った形跡もなく、また失踪する理由も見つからず、数百人の村人が音もなく消えてしまったのだ。それから数年後、その村で古びた石碑と散らばった操り人形を発見した韓普はそこで不可解な死亡事故に巻き込まれる。韓普は探偵兼数学者の陳爝の救助を待つべきか?
 
 名探偵陳爝のお馴染みシリーズ4作目。去年、武侠小説『水滸猟人』を書いて、もうミステリには戻ってこないのではと心配していましたが、相変わらず奇妙な舞台を用意できる筆力は健在で安心しました。
 

■孫沁文『凛冬之棺(厳冬の棺)』■


 郊外の大邸宅で理解しがたい連続殺人事件が起こる。閉じられた地下室、厳重な監視カメラ体制に置かれた部屋、吊り下げられた小屋で起きた悲惨な密室殺人では犯人の正体が幽霊のようにつかめず、事件現場に残された証拠は赤ん坊が犯人だと示していた。捜査が暗礁に乗り上げる中、天才漫画家と呼ばれる安縝がこの謎に挑む。

 孫沁文なんて名前初耳だなと思ったらこれまで『憎悪の鎚』など多数の短編ミステリを手がけてきた鶏丁の本名(?)でした。江戸川乱歩とジョン・ディクスン・カーを愛し、密室物に挑戦し続けた作家の新作で、初めて出版社から出た長編ミステリではないでしょうか。
 

■王稼駿『推理作家的信条』■


この本の本文の1行目を読んだその時から、お前はもう俺の共犯者だ」。精緻に整った犯行現場には殺人事件によく見かける死体の他に、出版されたばかりの推理小説が置かれていた。犯人は「私」だ。二次元と現実世界を股にかける殺人事件は、「私」がミステリ小説家になって以来最大のアイディアかもしれない。
 
 この2年ぐらい新作を出していなかった王稼駿の短編集です。あらすじだけ読むとよくわからない内容ですが、どうやら非現実的な機械を使用したトリックのよう。彼は過去にも『アルファの迷宮』で他人の夢に入れる機械が出るSF傾向が強いミステリを書いていたので、今後ますますSFミステリに力を入れることでしょう。
 
 翌16日は上述した陸秋槎と翻訳者の林千早のトークショー「比温室更狭窄的世界――推理与少女小説的交会点(温室より狭い世界――ミステリと少女小説の出会う場所)」が上海の徐匯区衡山路で行われます。
 
 日本ミステリ界がどうなっているかわかりませんが、中国ミステリ界は作者や編集者と読者の距離が近く、SNSなどで結構頻繁に交流を取ったり、サイン会で読者の「微信(LINEのようなもの)教えてください」の要求に応じたり、サイン会後に読者たちと食事に行く作家が多いです。
 今回の上海ブックフェアで新星出版社が開いたイベントは作品の売上や作者の知名度アップにつながる直接的な影響だけではなく、次世代のミステリ小説家を育み、中国ミステリ読者の連帯感を高めたことでしょう。
 中国ミステリ関係者が集まる良い機会だから私も参加したかったのですが、平日に休むことはできないので今年も不参加です。もし日本から有名なミステリ小説家が来たら私も仕事を休んで絶対会いに行くでしょうし、その作家目当ての中国人作家や読者と交流ができるので、来年は是非とも誰か来てほしいものです。
 

阿井幸作(あい こうさく)
 中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

・ブログ http://yominuku.blog.shinobi.jp/
・Twitter http://twitter.com/ajing25
・マイクロブログ http://weibo.com/u/1937491737







現代華文推理系列 第三集●
(藍霄「自殺する死体」、陳嘉振「血染めの傀儡」、江成「飄血祝融」の合本版)

現代華文推理系列 第二集●
(冷言「風に吹かれた死体」、鶏丁「憎悪の鎚」、江離「愚者たちの盛宴」、陳浩基「見えないX」の合本版)

現代華文推理系列 第一集●
(御手洗熊猫「人体博物館殺人事件」、水天一色「おれみたいな奴が」、林斯諺「バドミントンコートの亡霊」、寵物先生「犯罪の赤い糸」の合本版)







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