全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 全国各地で大盛況のシンジケート主催の読書会、とっても楽しいですよね! まだ体験されたことのない方はぜひ一度お試しください。基本的に読書会というのは、まずその課題図書を読み終わることが大前提。好きな本や作家の作品について語れる場所というだけでなく、これを機会に敬遠していた作品にトライしてみるチャンスでもあるわけです。実は先日、「超有名すぎて読んでないとはとても言えない本をやっと読んだお祝いに美味しいものを食べる会」という魅惑的な集まりに誘っていただいたおかげで、ついに! あのドストエフスキー『罪と罰』(亀山郁夫訳/光文社古典新訳文庫)を読みました!! そう聞くと、あの抱腹絶倒読書会エッセイ(?)、岸本佐知子・三浦しをん・吉田篤弘・吉田浩美『『罪と罰』を読まない』(文藝春秋)を思い出す方も多いのでは。あの本は出てすぐに買ったものの、「やはりこれは『罪と罰』を読んでから読むべきではないか」と三年もの間文字通り積んでいたのですが、やっとこれも読めました! いやあ面白かった(笑)。その内容はというと、まずは岸本氏が英語版から最初と最後のページだけ訳し、そこで得たヒントから全体のあらすじを推理するというもの。この中である程度内容を知っているのは、かつてNHKで放映された十五分間の影絵版『罪と罰』を観たことがある吉田浩美氏だけ。

 かくいう未読のわたしも、ある漫画のおかげでビミョーに内容を知っていました。それは1974年に月刊少女コミックに連載された、大島弓子先生による『ロジオンロマーヌイチ ラスコーリニコフ ―罪と罰より―』です。小学生が完璧に理解するにはとうてい無理なテーマでしたが、とりあえず”ロシアに住む激しく貧乏で線が細い美青年(典型的な大島タッチ)が斧で金貸しの老婆を殴り殺すが、幸薄いはかなげな娼婦に赦される”という基本はおさえられました<? で、これが面白かったのでジュヴナイル版も読んだはずなのですがそっちは全く覚えてなくて、今回元本を読んで何が一番びっくりしたかというと……こんなに変な人ばっかり出てくる小説だったんですね!!! 知っていればもっと早く読んでいたのに~とじたばたしましたが、とにかく読んでしまえばこっちのもの。では実際はどんな物語だったのでしょうか。
 
 主人公で元学生のラスコーリニコフは、〈黒く美しい目、栗色の髪、背丈は平均よりも少し高く、やせぎすですらりとしていた〉〈なかなかの美男子〉(以上原文ママ)で、極貧なくせに複雑な理由でなけなしのお金を赤の他人に押しつけてしまうようなちょっと面倒な性格の持ち主です。田舎に住む母プリヘーリヤがもらうわずかな年金から仕送りをもらっているにもかかわらず、家賃を滞納し、気がつくと日がな一日寝床で過ごしたり、常になにかしら頭の中で結論の出ないようなことを考えながらあてもなく街をうろうろしたりしているのですが、真夏のある日、こぎたない居酒屋でマルメラードフという酔っ払いの元役人と知り合います。この人の身の上話というのがまた果てしなく長い上にウザくて(笑)、後妻がいかに怖くて自分がひどい目にあっているか延々と愚痴ったと思えば、優しくて親孝行の娘ソーニャが身体を売って自分らの面倒を見てくれていて情けない、と自己憐憫に浸りつつも、自分のマゾっ気を堂々と公言するような強烈キャラ。そんな人と出会ってしまった上に、故郷から届いた母の手紙で、妹ドゥーニャが奉公先でとんだトラブルに巻き込まれた挙句、ろくでもない相手と婚約したと知り、ラスコーリニコフは激怒します。そうした諸々の問題が引き金となって強盗殺人に至るわけですが、ここで描かれるエピソードの数々がかなりユニーク。まず「なんじゃこりゃ」と思ったのが、奉公先の奥様であるマルファさんの行動。使用人のドゥーニャが夫のスヴィドリガイロフに手を出したと思い込んで町中に彼女の悪口を言いふらしたのに、実は言いよったのは夫だという証拠の手紙を読んだ途端、今度は町中の家を一軒一軒訪ねまわり、その手紙を読むだけではなく、その家の人に写しまで取らせるという念の入れよう。手紙にまで(それはもうやりすぎと思えるのだけれど)と書かれたぐらい、かなり迷惑だと思ったのですが、当のご近所さんたちは「うちよりあいつの家を先に訪問してる!」と怒る人が続出したという……。<え!? そっち?? なおこの浮気夫は後半かなり重要な役となって登場するので要チェックです。
 
 で、肝心の腐要素は? と思われたあなた、ご安心ください! 申し分のないキャラが出てきます! 彼の名はラズミーヒンと言い、光文社文庫のしおりに“ラスコーリニコフの友人。気のいい若者で、学費滞納のため大学は除籍”とあるように、コミュ障でこじらせ体質のラスコーリニコフの唯一の友人であり、生まれは貴族の元学生仲間です。『読まない』で岸本氏に“(松岡)修造”と命名されるほどのピーカン野郎で、“ラズミーヒンとつきあうとなると、開けっぴろげ以外のつきあいはできようがなかった”、“たしかに、いくらか間のぬけたところもなくはなかったが、そうとうに賢い頭をもっていた”などとビミョーな褒められ方をされている彼は、ひょろりと背の高いヒゲ面の怪力男。突然家に来たかと思えばすぐに帰ろうとするような主人公にも怒ったりせず、ことあるごとに彼の世話をして、頼まれもしないのに「きみを一人前の男にしてやらなくちゃならんからな」などと帽子から靴まで全身コーディネートするような人なのですが、とりわけ病気で寝込んだラスコーリニコフを介抱する場面は必読です!

 起きあがるぐらいひとりでできそうなものを、ラズミーヒンは熊のようなぎこちない左手で相手の頭をかかえてやり、火傷しないように何度もふうふうしてから、右手のスプーンを彼の口元にはこんでいった。

 この甲斐甲斐しさ! しかもこの後“ただしスープは、すでにぬるくなっていた”って続くんですよ! 単にふうふうしたかっただけじゃん(笑)。その後の彼の運命はあえて伏せておきますが、まあ予想通りに展開します。でもそれもやっぱりラスコーリニコフ愛が高じた結果だとしか思えないんですよねえ。それで一層親密になるわけだし(笑)。
 
 というわけで満を持して読んだ超有名古典文学が、とにかく奇人変人のオンパレードで意外なほど面白ポイント満載、しかも腐要素もあったという嬉しい誤算(?)で大変満足しました。『読まない』でも指摘されていますが、『刑事コロンボ』的なくだりもあってミステリファンにも絶対面白いと思いますので、未読の方はぜひ『読まない』もご一緒に読んでみてくださいね!
 
 さて、〈実は読んでないと言いづらい文豪〉と言えば、チャールズ・ディケンズもその一人ではないでしょうか。ドストエフスキーよりは読まれていそうですが、ディケンズは映像化された作品が多いため、〈読んではいないけど内容は知っている〉という方も多いのでは。ちなみに『オリヴァー・ツイスト』(加賀山卓朗訳/新潮文庫)の訳者あとがきで知ったのですが、ドストエフスキーはディケンズの愛読者だったそうです。


 この時期でディケンズといえばもちろん『クリスマス・キャロル』。その制作秘話の史実を交えたファンタジー、『Merry Christmas!~ロンドンに奇跡を起こした男~』が11月30日(金)から公開されます。



 
 1839年に刊行された『オリヴァー・ツイスト』で、イギリスのみならず世界中で大成功したディケンズでしたが、その後の4年間に出した作品はいまひとつ当たらず、宣伝ツアーで行ったアメリカの旅行記は、正直に書いたおかげでアメリカからはブーイング。出版社からは新作をせっつかれ、家の改装費用もままならず焦る彼の頭に、ひょんなことからアイディアがひらめきました。それはクリスマスを題材にした物語。しかしいざ書き始めようとすると、不思議なことが起きるのです。


 
 この映画で初めて知って驚いたのは、『クリスマス・キャロル』が出るまで、イギリスではクリスマスは祝われていなかったということ。つまりディケンズによって今日のようなクリスマスが始まったそうなんです。本作はそんな驚きの史実をからめ、『クリスマス・キャロル』を下敷きにした心温まるファンタジーに仕上がっています。主役のディケンズには『ダウントン・アビー』やディズニー実写版『美女と野獣』のダン・スティーヴンス。最近では『手紙は憶えている』の鬼気迫る演技で強い印象を残したクリストファー・プラマーや、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』にも出演したジョナサン・プライスなどが脇を固めています。イギリス文学ファンには、あの人の登場も嬉しいかも。なお、パンフレットには加賀山さんによるコラムが載っています。ディケンズにまつわる意外なトリヴィアや、映画の解釈など大変読みごたえがありますので、こちらもぜひお手に取ってみてくださいね!

 
映画『Merry Christmas!~ロンドンに奇跡を起こした男~』本予告


作品名:『Merry Christmas!~ロンドンに奇跡を起こした男~』
公開表記:11 月 30 日(金)、新宿バルト9ほか全国ロードショー
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
コピーライト:©BAH HUMBUG FILMS INC & PARALLEL FILMS (TMWIC) LTD 2017
 
【監督】バハラット・ナルルーリ
【出演】
 ダン・スティーヴンス(『美女と野獣』、「ダウントン・アビー」)、
 クリストファー・プラマー(『ゲティ家の身代金』、『人生はビギナーズ』、『サウンド・オブ・ミュージック』)
 ジョナサン・プライス (『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズ、「ゲーム・オブ・スローンズ」)
2017 年/アメリカ/104 分/カラー/2.35:1
原題The Man Who Invented Christmas
 
*公式サイト: https://merrychristmas-movie.jp/
*公式Twitterhttps://twitter.com/merrychri_movie/
*公式Facebook: https://www.facebook.com/merrychristmas.movie.jp/

   

♪akira
  一番好きなマーベルキャラクターはスタン・リーです。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらったり、「本の雑誌」の新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーを担当したりしています。
 Twitterアカウントは @suttokobucho









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