みなさま、こんにちは。
 翻訳ミステリー大賞の予備投票が終わり、あとは最終候補作の発表を待つばかりとなりました。翻訳者のみなさま、投票ありがとうございました。
 ところで、わたくしごとですが、十一月三十日にジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ第十九弾『ウェディングケーキは待っている』が発売になりました。イギリスの勝ち抜きコンテスト番組「ブリティッシュ ベイクオフ」を思わせるテレビのお菓子コンテストにハンナが出場し、優勝を目指しつつ殺人事件も解明します。そしてついに結婚も! 「ウェディング〜」とついていますが、シリーズはこのあともまだまだつづきます。ぜひとも引きつづきご紹介させていただけますよう、格別のお引き立てをよろしくお願いいたします(意訳:次が出せるかどうかはこの本の売り上げにかかっているので、どうか買って!)。
 それでは、月末に投票締め切りを控え、慌ただしい日々をすごしていた十一月の読書日記をどうぞ。

 

■11月×日
 何を隠そうローレンス・ブロックの作品のなかでは〈泥棒探偵バーニイ・ローデンバー〉シリーズがいちばん好きだ(殺し屋ケラーも捨てがたいが)。『泥棒はスプーンを数える』は二〇〇七年の『泥棒は深夜に徘徊する』から十一年ぶりの新作。版元を変えての登場だが、これが最終巻だそうで淋しい。忘れたころでいいからまた書いてほしいなあ。ブロックさんももう八十歳だけど、きょうび八十歳なんてまだまだ現役だし。

 ニューヨークで古書店を経営するバーニイ・ローデンバーのもうひとつの顔は泥棒。ある日、ミスター・スミスと名乗る人物から、ある作家の手書き原稿を博物館から盗み出してほしいとの依頼を受ける。難なく成功し、珍しく報酬を得たバーニイ。次の依頼はある資産家のペントハウスにしのびこみ、スプーンを一本盗んでくることだった。
 一方、ニューヨーク市警のレイ・カーシュマン刑事は、資産家の老婦人の死体が発見された現場にこっそりバーニイを連れていく。強盗殺人のように見える現場に不審な点はないか、プロの意見をきくためだ。たびたび古書店を留守にするバーニイに、憤りを感じている客もいるようだった。

 気はやさしくて力なし、「とほほ」な状況に陥るのがお約束だけど、最後にはおいしいところを持っていく、「ちゃっかり」ということばがぴったりなバーニイ。思いどおりにいかなくてもあんまり熱くならず、なっても表に出さず、「まあ、いいか」と気持ちを収めるおだやかさ、どんな状況でも楽しめる余裕。本好きだから物知りなのに、それをひけらかさないところ。ちょっとチャラ男っぽい気もするけど、バーニイがモテるのはすごくよくわかる。

 変わってないなあ、バーニイもキャロリンもレイも。バーニイとキャロリンが交代でランチを買う店に関するあれこれとか、〈バム・ラップ〉でのニューヨーカー同士の掛け合い漫才のようなおしゃべりも。あと、まえから思ってたけど、レイ・カーシュマンの「金で買える最高のおまわり」というキャッチフレーズがナイス。レイがバーニイを「ミセス・ローデンバー夫人のご子息」と呼ぶのも好きだ。

 若竹七海さんの解説代わりの短編「泥棒はテイクアウトを楽しむ」が読めるのもうれしい。葉村晶シリーズとバーニイシリーズのコラボなんて、贅沢すぎる。

 

■11月×日
『死のドレスを花婿に』につづくピエール・ルメートル二作目のノンシリーズ長編『監禁面接』は、愛する家族のために命がけでがんばるお父さんの奮闘記だ。

 企業の人事部長だったアラン・デランブルが失業してもう四年。五十七歳の今、娘ふたりは成人して独立し、美しい妻ニコルには愛されていて、プライベートは恵まれているものの、この歳でアルバイトをしながら再就職活動をつづける日々は屈辱的なことも多い。ある日、アルバイト先の上司を殴って完全に収入源を失ってしまったアランのもとに、エントリーしていた大企業の人事副部長候補に残ったという知らせが届く。ところが、この採用試験というのが、就職先企業の重役会議を襲撃して重役たちを監禁し、尋問をせよ、という型破りなものだった。会議室には隠しカメラが仕掛けられ、その一部始終が査定されるのだ。もちろん、重役たちは事情を知らされておらず、彼らのなかからリストラ候補を決めるテストも兼ねているという。アランはなんとしてもこの採用試験を突破しようと、探偵を雇ってまでその企業や重役たちについて調査を進める。

『監禁面接』というタイトルから、応募者たちを監禁して面接するようなブラック企業と戦う失業したお父さん、というわかりやすい図式を想像しながら読みはじめたら、意外な方向に話が進んでいって、ちょっとびっくり。まあ、そりゃそうか。ルメートルなんだから。

 かっとなると暴力を振るってしまったりもするけど、このお父さん、単純そうに見えてけっこう、いやかなりできる人みたい。話が進むにつれ、アランが本領を発揮していくのが小気味よいが、家族はたじたじという感じで……まあ、それもわかるけどね。
 なんだかんだ言われつつも家族に愛されているお父さん。そんなにがんばらなくてもいいのよ、と言われると、いいところを見せなくちゃと思って空回りしちゃうお父さん。強者にきびしく、弱者にやさしいお父さん。そんなお父さんのがんばりに妻と娘たちは……ルメートルらしいほろ苦いラストが効いている。

 ぶっとんだ形式の採用試験を仕組んだのは人材派遣会社なのだが、ちょっと悪ふざけがすぎるよ〜。その企画を採用した企業が社名を伏せて人材を募集しているのにも驚いた。それって普通のことなの? 次女は弁護士なんだけど、娘が父親の弁護人になるのも珍しい。

 

■11月×日
 読み終えてしまうのが惜しい、もっと読んでいたいと思える作品に出会うと、得した気分になる。そんな気分にさせてくれたのは、まったくのノーマークだったカレン・M・マクマナスの『誰かが嘘をついている』。意表をつくおもしろさと抜群のリーダビリティで、YAにもお勧めの作品だ。

 五人の生徒が放課後反省文を書かされていた高校の理科室で、生徒のひとりサイモンが水を飲んだあと急に苦しみだし、病院に搬送されるが死亡する。ピーナッツアレルギーの発作が原因だった。サイモンは生徒のゴシップを投稿するブログを運営しており、居残りをさせられたほかの四人は、校内でも有名な生徒ばかりで、それぞれサイモンに秘密をにぎられていた。成績優秀でちょっとおカタい優等生のブロンウィン。麻薬密売の前科があるイケメンの不良のネイト。大学のスカウトからも注目されているさわやか高校球児、クーパー。彼氏にべったりのホームカミングプリンセス、アディ。四人のうちのだれかがサイモンを殺したのか?

 高校が舞台だけど、「ビバリーヒルズ高校白書」でも「ゴシップガール」でもない。そう、これってまさに「ブレックファスト・クラブ」だよね。あのころのジョン・ヒューズ監督の映画好きだったな〜懐かしい! 「プリティ・イン・ピンク」とか「すてきな片想い」とか。解説で若林踏さんも書いておられますが、「ブレックファスト・クラブ」とは、一九八五年公開のアメリカの青春映画。それぞれスクールカーストがちがう五人の生徒が、土曜の朝の図書室で反省文を書かされるところが本書とそっくりなのだ。長谷川町蔵×山崎まどか著『ヤング・アダルトU.S.A.』によると、スクールカーストにはジョックス(スポーツマン)、プレップス(優等生)、プリンセス、バッドボーイ、フローター(一匹狼)、ゴス、ギーク(オタク)などがあり、ブロンウィンはプレップス、ネイトはバッドボーイ、クーパーはジョックス、アディはプリンセスの典型。サイモンはフローターかギーク、サイモンの友人ジャナエはゴスになるのかな。

 もちろん読みどころはそれだけじゃなくて、サイモンの死をめぐる謎、容疑者にされた四人の生活や心情の変化、SNSに翻弄される現代の高校生たちなど、興味深いテーマが盛りだくさん。しかも、ブロンウィン、ネイト、クーパー、アディの一人称で構成されていて、それぞれの胸の内はわかるけど、どんな秘密を抱えているのかはなかなか明かされず……じりじりさせながらどんどん読ませる確信犯です。
 当然ながら、懐かしのジョン・ヒューズ映画のファンはかならず読むべし。

 

■11月×日
『巡査さん、事件ですよ』はウェールズの静かな村で、若い巡査エヴァン・エヴァンズが奮闘する日本初紹介のシリーズ第一作(シリーズ名は《英国ひつじの村》)。作者は《英国王妃の事件ファイル》シリーズ(貧乏お嬢さまシリーズ)のリース・ボウエンということで、今度はどんな世界に連れていってくれるのだろうとわくわくしながら読んだ。

 舞台はウェールズ地方の架空の村スランフェア。ふたつの高い山にはさまれた村で、週末になると都会から登山客がやってくるが、ウェールズの山を甘く見て山から降りてこられなくなる登山客が後を絶たず、救助隊のリーダーでもあるエヴァンは大忙し。彼はもともとスランフェアの生まれで、警官だった父の仕事の都合で幼い頃に大きな町に引っ越し、自身も警官になったが、都会で起こる事件に疲れ、生まれ故郷の村に戻ってきたのだった。村の女たちは好青年のエヴァンを放っておかず、生来やさしい性質のエヴァンはそんな女たちを無下にせずきちんと対応するものだから、ちょっとしたスター状態だ。

 ある日、滑落した登山客の死体が見つかり、本署から派遣された警官は事故として処理しようとするが、新たな登山客の死体が発見され、山に詳しいエヴァンは状況から殺人の可能性を疑う。

 自身も登山家で、山にいることが多いエヴァンは、動植物など自然界のすべてのものは連鎖しているという考えのもと、犯罪捜査においてもつながりに着目し、地道に捜査していく。山を歩くことでひらめきを得たりもする。「自然は最高の脳をつくる」というサブタイトルのフローレンス・ウィリアムズ著『NATURE FIX』にあるとおり、自然のなかにいるとさまざまな効果があるみたい。都会の警察小説の真逆を行く、のどかな犯罪推理方法がとても新鮮でいいなあと思った。死体も証拠も山のなかにあるから捜査はたいへんだ けどね。

 たまに翻訳者仲間とハイキングを楽しむこともある自称山ガールのわたくし。本書を読んで、雄大な山々や、緑のなかに白い点となって散る羊たちののどかな景色が目に浮かび、澄んだ空気と美しい自然のなかに出かけたくなりました。山歩き好きにお勧めのシリーズです。エヴァンの下宿のおばさんが作る田舎のごちそうも、すごい量だけどおいしそう。だから山歩きでウェイトコントロールしないといけないのね。

 スランフェアではエヴァンズ姓が多く、フルネームで呼んだり牛乳屋などの職業をつけて呼んでいて、いかにも小さな村って感じ。エヴァンも駐在さんと呼びたくなるわ。「エヴァン・エヴァンズ」は日本だと「タケイシ・タケシ」とか「ヤマモト・ヤマト」みたいな感じかなあ。

 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)
英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズ、バックレイ〈秘密のお料理代行〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書は〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ19巻『ウェディングケーキは待っている』。ついにハンナに人生の一大イベントが! ソフト・チューイー・ミルクチョコ・クッキーが美味です(レシピあり)。

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