2018年も残すところあと数日。12月に入り、各種ミステリーのランキングも発表になり、翻訳ミステリー大賞の最終候補5作品も発表になりました。いち早くチェックして書店に向かった人、じっくりランキングを眺めつつ年末年始の読書計画を立てている人、楽しみ方はさまざまですが、どちらにしてもこの時期が読者にとっていちばんいい時期であることに違いはありません。

 いっぽうで、各種ランキングの対象期間がだいたい前年11月から当年10月であることから、10月末~11月に刊行された作品や、ランキングが発表される12月に刊行される作品にはスポットが当たりにくいのではないかとかねがね思っていました。初期には他のランキングと対象期間をあわせていた読者賞ですが、このような作品にも注目が向くよう、いまは1月~12月を対象期間としています。

 というわけで今回は、アッティカ・ロック『ブルーバード、ブルーバード』(高山真由美訳 ハヤカワ・ミステリ)を取り上げます。今月刊行されたばかりでバリバリの新刊、しかもアメリカ探偵作家クラブ最優秀長編賞、英国推理作家協会スティール・ダガー賞、アンソニー賞最優秀長編賞の三冠受賞作です。もちろん、来年4月開催予定の読者賞の対象でもありますよ!

 アッティカ・ロックはテキサス州ヒューストン出身の黒人女性作家。『ブルーバード、ブルーバード』は彼女の第4長編となります。邦訳としては、デビュー作『黒き水のうねり』(高山真由美訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)が2011年に刊行されています。こちらもアメリカ探偵作家クラブ最優秀新人賞にノミネートされており、デビューから大きな注目を浴びていた作家です。

 本作の主人公ダレン・マシューズは、生まれてまだ間もない時期に、問題を抱える母親から引き離され、双子の伯父に育てられました。法律家と黒人初のテキサス・レンジャー、双子の伯父は二人とも司法に絡む仕事を持ち、ダレンにもそのように生きることを望みました。伯父たちの影響を大きく受け、最初は法律家を目指したダレンでしたが、ある事件を機にレンジャーになることを選び取ります。

 ある時、友人の孫娘が白人男性に嫌がらせを受けているのを仲裁に入ったダレンですが、その後白人男性が射殺されたことが問題となり、停職となってしまいます。そんなダレンのもとにFBIの友人から連絡が入ります。シェルビー郡ラークという田舎町で、たった一週間のうちにふたつの死体が出た事件について調査をしてほしいという依頼でした。先に発見されたのは35歳の黒人男性で溺死。もう一人は20歳の白人女性。黒人男性と同じような状況で発見されました。ラークに向かったダレンは、まずジェニーヴァという女性が切り盛りするカフェに入り、話を聞こうとします。白人女性が発見されたのはそのカフェの裏手で、まだ警察関係者がうろうろしているような状況でした。ダレンは、閉鎖的で、かつABT(アーリアン・ブラザーフッド・オブ・テキサス)の影も見え隠れするラークでの調査に困難を覚えながらも、二人が死んだのはなぜだったのかを少しずつ明らかにしていきます。

 物語はダレンの視点をとおして進みます。ラークに住む人々の背景が彼の視点から少しずつ明らかになっていくにつれ、白人と黒人、二人の男女の死という事件だけにとどまらない、さまざまな物語が読者の目の前に立ち上がります。それはラークという小さな町の成り立ちにかかわる物語であり、ジェニーヴァがバイユーのそばに店を構えて現在に至るまでの物語であり、亡くなった二人とその家族の物語でした。著者は、ヘイトクライムにまつわる人間模様を描く中で徐々に、作中の言葉を借りるなら、まさに「彼らはひとつの大きな家族」だったのだということを浮き彫りにしていきます。そして「彼ら」とは、実はアメリカそのものなのだということを訴えたかったのだとすら感じました。

『黒き水のうねり』では、今よりももっと人種差別が色濃い80年代を舞台に、公民権運動で逮捕歴のある黒人弁護士を主役に据えた著者だけに、本作でもヘイトクライムを中心に物語が動いていくのですが、本作はそれだけにとどまらず、こういった人種間の分断の先にあるアメリカの行く末を憂う著者の姿が透けて見えるような気がするのです。できれば『黒き水のうねり』も合わせて読むと、著者の志みたいなものが、より理解できるんじゃないかと思うのですが、あいにくこちらは入手が難しい状態にあるようです。電子復刊でもいいから実現しませんかね……。

 著者のTwitterによると、ダレン・マシューズを主人公とした第2作が書かれているようです。今回は、いわばダレンという男の目をとおしたラークの人々の物語でしたが、ダレン自身の物語はまだ完全に描かれていないような気がしています。次はぜひ、彼自身の物語が読みたいと思っています。

 

大木雄一郎(おおき ゆういちろう)
福岡市在住。福岡読書会の世話人と読者賞運営を兼任する医療従事者。読者賞のサイトもぼちぼち更新していくのでよろしくお願いします。