全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! 本国では続いていても、大人の事情で続編の邦訳が止まってしまうことが多い翻訳ミステリー界において、ありがたいことに三作続けて刊行されている刑事ショーン・ダフィシリーズの第二作目、エイドリアン・マッキンティ『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』(武藤陽生訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)をご紹介します。


 舞台は八十年代初頭の北アイルランド。一作目『コールド・コールド・グラウンド』で初登場した主人公ショーン・ダフィはキャリックファーガス署の警部補です。六十年代から続く北アイルランド紛争は一向に収まらず、IRA(アイルランド共和軍)の爆弾テロや、その過激な支持者たちによる暴力・破壊行為が日常的に行われていました。ショーンも毎朝車で警察署に向かう時には必ず車の下に爆発物の有無を確認していますが、それでも防ぎきれない事件に巻き込まれることがしばしば。さらにカソリックの自分以外はほぼプロテスタントという状況は、職場や近隣でもときおりトラブルの種となっていました。

 今回の事件の発端は、 無人の工場で見つかった血痕。ショーンと部下のマクラバン刑事(通称クラビー)が通報場所に向かうと、いきなりショットガンの銃声で迎えられます。不法侵入の誤解が解けた二人が現場を探すと、大きなスーツケースの中に胴体だけしかない全裸死体を見つけます。遺体には身元を確定する手がかりがなかったため、まずはスーツケースから捜査を始めたところ、その持ち主も殺されていたことが判明します。

この シリーズで特徴的なのは、その特殊な時代背景と環境です。以前この連載でとりあげたハラルト・ギルバース『ゲルマニア』は、第二次世界大戦中のベルリンで起きた殺人事件を解決するため、ユダヤ人の元刑事とナチのエリート将校がコンビを組む物語で、毎日のように空爆で多くの犠牲者が出ているなか、ひとりの殺人犯を探し出すことの苦労と虚無感が描かれましたが、本書も、スーツケースから辿った持ち主が、イギリス政府がIRAのテロ対策のために地元の人材で構成しているUDR(アルスター防衛連隊)の一員だったため、武装組織による暗殺と判断され、あまり真剣に扱われず、被疑者不明のまま捜査が打ち切られていました。しかし冷凍されていたバラバラ死体の死因が特殊な毒によるもので、しかも被害者がアメリカ人の公務員だったとわかり、不審な匂いをかぎとったショーンはこの二つの事件の捜査を並行して進めます。

 一作目ではアルコールやドラッグ、明らかな職務違反など、ショーンの破天荒で一匹狼的な面が強調された感があったのですが、本書でも逸脱はあるにしろ、もう少し落ち着いたというか、ロジカルにじっくりと捜査を進めており、そのせいか同僚への態度も多少やわらかくなったような気がします。自分から進んでお茶も淹れるし、呑みも無理強いしないし。そこでがぜん注目度が急上昇(?)したのが、つきあいが二年目に入った部下クラビーとのやりとりです!!

「キャリック署のダフィ警部補です。こっちは私の精神的指導者のマクラバン巡査刑事」

 などと冗談交じりで紹介するように、クラビーは敬虔なプロテスタント。子供が生まれたばかりで、無茶をしそうなショーンをしっかりと抑える、頼りになる部下です。ショーンはクラビーのことを辛気くさい、無表情などと思いながらも、聞き込みでの的確な質問や、自分の元カノとの会話の行間を読んだり、聖書の引用のみならず意外にも現代アートにまで精通する彼の能力には密かに感心しています。

 そして後半、事件の重要な証拠を手に入れるために、ショーンは休暇をとって、ある場所へと向かいます。上司に嘘をついての個人行動であり大きな危険を伴うため、心配したクラビーはショーンに

「俺も行かせてくだせえ」

 と訴えますが、処罰覚悟のショーンはこれを退けます。しかしクラビーは

「俺は相棒です、ショーン。俺も行って、向こうで力になりてえんだ」

これには心を動かされた(原文ママ)”ショーンですが、

「わかっているよ、クラビー。だからこそ巻き込みたくないんだ。君には養わなきゃならん家族がいるだろう」

と言ってなんとかクラビーを説得するんですよ! しみじみといいシーンではないでしょうか。
 しかし自分にはクラビーの話し言葉がどうにも銭形平次のガラッ八みたいで、いつか「ショーン、てえへんだっ!」と言ってくれるのではと楽しみにしてるんですが(笑)。


 三作目の『アイル・ビー・ゴーン』もクラビーとショーンのやりとりがいい味を出していますが、さらにショーンと幼なじみだったテロリストが出てきて、この二人の関係がなかなか見過ごせないので、ぜひそちらも読んでいただければ!


 さて、本書では捜査線上に、実在したアメリカの自動車会社の存在が浮かび上がります。イギリス政府から助成金をもらい、紛争まっただなかのベルファストに工場を建てて生産したのは、映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でタイムマシンに改造されたデロリアン。その生みの親である米国人ジョン・デロリアンにまつわる一連の事件を描いた映画『ジョン・デロリアン』が12月7日(金)に公開されます。



 パイロットのホフマン(ジェイソン・サダイキス)は、見栄っ張りで収入以上の生活を望んだため、裏では麻薬の運び屋をやっていました。以前から彼に目をつけていたFBIに現行犯逮捕されますが、刑務所行きと引き換えに、ホフマンは情報提供者としてFBIに雇われることとなります。家族で高級住宅地に引っ越したある日、マイカーの修理をしていると、通りかかった背の高い男がいとも簡単に故障を直してしまいます。彼こそが史上最年少で大手自動車会社ゼネラル・モーターズの副社長にもなったジョン・デロリアン(リー・ペイス)でした。



 本作は、デロリアンの栄光と夢の車の開発、そして失敗から犯罪者へと転落する激動の日々を描いています。アメリカン・ドリームを体現した男が、なぜ逮捕されることになったのか。『サイレンズ・イン・ザ・ストリート』でも、デロリアンの無理な経営方法やFBIに関心を持たれたことが描かれていますが、この映画では最終的な工場閉鎖に至るまでの経緯がわかってとても興味深かったです。成功者デロリアンのカリスマ性に否応なく翻弄され、やがて愛憎入り混じる心境に陥っていくホフマン役サダイキスの巧みな演技も見どころです。


『サイレンズ…』の中で登場したデロリアンは、“野暮ったい田舎くさい眉とも、頬の色とも釣り合わない、長い鷲鼻。日に焼けたハンサムな顔つきからは知性と疲労の色と、力強いバイタリティが感じられる。”と評されましたが、リー・ペイスはまさにこの描写どおりのデロリアンを演じています。監督は北アイルランド出身で、サスペンス映画の秀作『穴』で有名なニック・ハム。脚本のコリン・ベイトマンも同じく北アイルランド出身です。彼らの目に映った実際のデロリアンはどんな人物だったのでしょうか。ぜひ劇場で確かめてみてください。

■『ジョン・デロリアン』予告編■

作品タイトル:『ジョン・デロリアン』
公開表記:12月7日(土)新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
配給:ツイン
コピーライト: © Driven Film Productions 2018

監督:ニック・ハム
出演:リー・ペイス、ジェイソン・サダイキス、ジュディ・グリア、マイケル・カドリッツ
2018年/アメリカ/113分/シネスコ/5.1chデジタル
原題:DRIVEN
日本語字幕:種市譲二

公式サイト: http://delorean-movie.jp/

 

♪akira
  「本の雑誌」新刊めったくたガイドで翻訳ミステリーの欄を2年間担当。ウェブマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」、月刊誌「映画秘宝」、ガジェット通信の映画レビュー等執筆しています。サンドラ・ブラウン『赤い衝動』(林啓恵訳/集英社文庫)で、初の文庫解説を担当しました。
 Twitterアカウントは @suttokobucho









◆【偏愛レビュー】読んで、腐って、萌えつきて【毎月更新】バックナンバー◆