ジャックポット! 今回は、短編集が3冊揃った。

■小森収編『短編ミステリの二百年 1』


 ミステリ短編のマイルストーンを集めたものとして、創元推理文庫の江戸川乱歩編『世界推理短編傑作集』(全5巻)は広く読まれ版を重ねてきたが、19世紀から21世紀までの作品から新たに厳選した作品を集めた全6巻の一大アンソロジーがここに誕生。この度は、その第一巻が出た。
 ただ、その収録作家の顔ぶれをみると、R・L・スティーヴンスン、サキ、ビアス、モーム、イーヴリン・ウォー等。プロパーのミステリ作家は、コーネル・ウールリッチだけになっている。
 そのセレクトには、一瞬首をかしげるが、実はこれ、編者の戦略的配置だということは、後半に付された「短編ミステリの二百年」と題する150頁を超える評論を読むと判明する。冒頭のリチャード・ハーディング・デイヴィス「霧の中」からウィリアム・フォークナー「エミリーへの薔薇」までは、デテクションの小説中心の『世界推理短編傑作集』に対し、「やがてはミステリとして改めて読まれるかもしれない〈影の内閣シャドウキャビネット〉と呼ぶべき作品」を集めたものだし、ウールリッチ以降の作品は、評論の第一章「雑誌の時代」に対応している。編者の短編ミステリ史の構想に沿って、作品はセレクトされ、配列されているわけだ。

 〈影の内閣〉に対応する部分は、従来ミステリとしてはあまり顧みられない作品が多く、野心的なセレクトといえるが、リチャード・ハーディング・デイヴィス「霧の中」(社交クラブでの語りという形式を最大限に生かした奇譚)、サキ「四角い卵」(戦火の下での奇妙な味の詐欺話)、イーヴリン・ウォー「アザニア島事件」(アフリカ東海岸沖の島での誘拐事件を扱ってすこぶるファニー)などは名作の佇まいを備え、ミステリのすそ野を広げるといってもいい作品で、編者の選択眼が光っている。
 「雑誌の時代」に対応する部分では、ウールリッチ「さらばニューヨーク」が全編に漲るサスペンスではやはり比類なく、改めてその筆致に目を瞠らされた。
 評論部分は、実作が採られていない作家にも筆が及ぶ充実した内容で、作品評価の歯切れもいい。巻が進むに連れて実作と相補う一大短編ミステリ史が姿を現すことを期待したい。

 エラリー・クイーンがミステリ短編の黄金時代といった二十世紀初頭から1920年、その後の長編黄金時代を含めて、この時代の短編ミステリは数多く訳されているが、探偵、怪盗といったシリーズ・キャラクター物に偏り、ノンシリーズのミステリ短編の紹介は乏しい、とかねがね思っていたが、論創社からこの度出た二冊は、いずれもノンシリーズの短編集だ。

■L・J・ビーストン、ステイシー・オーモニア 横井司編『至妙の殺人』


 本書L・J・ビーストン、ステイシー・オーモニア著、横井司編『至妙の殺人 妹尾アキ夫翻訳セレクション』は、戦前の「新青年」等における妹尾アキ夫の訳業から二人の作家の短編を編んだもの。妹尾アキ夫は、翻訳家・探偵作家で、「新青年」や戦後のミステリの訳業で著名。
 この度、選ばれた二人の作家がビーストンとステイシー・オーモニアというから何ともレアな取り合わせだ。
 ビーストンは、乱歩の調査によれば、戦前の「新青年」等で71編を超える作品が訳され、これは戦前の短編作家としては最高頻度。それだけ日本の読者に愛読されたわけだが、本国英国ではほとんど知られず、詳しい履歴は判っていない。戦後では、1970年『ビーストン傑作集』(創土社) で代表作がまとめられているものの、現在古書でも値が張っており、今では名のみ知られた作家といえるだろう。短い枚数にサスペンスと結末の意外性を盛った作品を真骨頂としていた。本書収録作は、八編。
 「人間豹」は、ある会合での警部の経験談として語られる。「人間豹」という秘密結社に怯える男が身辺に忍び寄る怪事を警部に訴える。人間豹とは、法を破らず、法の蔭に隠れて悪事を働く悪漢を制裁することを目的とする団体だ。些細な手がかりから、依頼人の秘密を暴きだす警部の推理は見事だが、さらに話には奥があり…。
 「赤い窓掛カーテン」は、一たび殺人の罪を疑われ、無実を証明しようとしている男のもとに謎の女がやってきて真犯人を知っていると告げる。彼女の指摘した真犯人は。 
 この二編は、単なるオチを超えて物語の枠組みをひっくり返すような結末が待っている好編。
 ほかにも、“死の葉巻”による決闘にまつわる意外な真実を盛り込みながら、色鮮やかな筆致にも興趣がある「東方の光」、脅迫される恐怖をリアルに描きつつ、ひねった結末を用意した「約束の刻限」なども、結末の意外性にとどまらないインパクトがある。
 一方のステイシー・オーモニアは、英国の作家で、一次大戦前に発表した「友達」で文壇の寵児になった作家という。
 妹尾は、「ビーストンは好きは好きだけど」「彼の探偵物よりオーモニアーの探偵物の方がずツと好きだ」と書いているそうだが、なるほど、オーモニアの短編、いずれも文学者が書いたらしい妙味があり、文学志向が強かった妹尾の好みも頷ける。
 「犯罪の偶発性」は、フランスはボルドーの前科者や無頼漢たちが住まう袋町が舞台。ラサクという老いた悪漢の強盗事件の顛末を描いているが、悪漢の人生の秘められた一頁がタイトルと呼応し、しみじみと情緒が迫ってくる。「暗い廊下」は、詐欺罪による5年3か月の刑期を終え出獄した男が味わう孤独、遭遇した息子の犯罪を乗り越えていくさまが温かい視線で描かれる。「墜落」は、重罪を犯して逃亡し、ボルドーに舞い戻った男が犯罪を重ねていく中で取り憑かれる「墜落」のオブセッションを描き、その描写もモダンなもの。「犯罪の偶発性」と同様、狂言回し的にトローザンという警部が登場する。
 ユーモア譚も巧みで、何にも才能のない若者が探偵事務所を始める「オピンコツトが自分を発見した話」、誤ってホテルの別な部屋で恐怖の一夜を過ごす「プレースガードル嬢」、貴族の息子に娘を近づけようと奮闘する母親の話「撓ゆまぬ母」では、喜劇の才能も発揮している。
 こうした作品の中にあっては、伯母の殺人計画の顛末を描いたストレートなクライムストーリー「至妙の殺人」のほうが、かえって異色ではある(毒殺に用いられるのは、どこの家にでもある○○を粉にしたものと伏字にされているのが面白い) 。
 妹尾がつとに指摘しているように、オーモニアの短編の基底には人間への理解と人間愛があり、その曇らない眼は常習的犯罪者にも注がれている。贖罪のテーマが多いのも、ドラマティックな構成が可能という以上に、そうした作者のヒューマニスティックな資質ゆえだろう。

■J・S・フレッチャー『バービカンの秘密』


 『ミドル・テンプルの殺人』の新訳などが相次ぐ多作家フレッチャーだが、短編集も多く遺している。
 クイーンは、『クイーンの定員』#43として、フレッチャーのシリーズ・キャラクター物『アーチャー・ドウ(探偵狂)の冒険』(未訳)を史的価値から挙げているが、数多い短編集の代表作としては、本書『バービカンの秘密』(1924) (ともう一冊)を挙げている。
 15編を収録した本書は、クイーンが代表作として挙げただけあって、バラエティに富んだ好短編集。
 冒頭の「時と競う旅」は、犯罪の要素はなく、会社の事務主任が、重要な書類を入れたまま古着屋に売り払われたチョッキの行方を必死に追いかける話。ごく日常的題材だが、サラリーマンなら同情し、手に汗握ること必至のサスペンス。「伯爵と看守と女相続人」は、お騒がせ屋の伯爵がロンドンに一か月身を隠せるかで高額の賭けをするコメディタッチの一編。「十五世紀の司教杖」は、大聖堂の堂守が偶然に見つけた高価な宝石を独占するためのたくらみを描く、といった具合。
 悪が悪を呑み込むノワール的な世界に幻想味もプラスされた異色編(「黄色い犬」)、夜の冒険を求める事務員が遭遇した殺人という都市のメルヘンめいた一編(「影法師シルエット」)もある。
 結末の意外性に拘泥しないところは若干物足りないかもしれないが、サスペンス、コミカル、ノワール等作風に様々なヴァリエーションをもち、冒頭で読者の興味を喚起しストーリーに引きずり込む物語作家としての作者の手際はやはり並々ならぬものがある。
 本書に解説めいたものを寄せているので、興味をもたれた方は併せてお読みいただきたい。

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)
 ミステリ読者。北海道在住。
 ツイッターアカウントは @stranglenarita


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