夏休みが終わって、あーあと思っているキッズにほっとしている親御さんと悲喜こもごもの9月。そんな今月、4人の子持ちハーラン・コーベンが満を持して初めてのYAを発表しました! シンジケートの「秋の読書探偵」企画を応援するみたいなタイミングじゃない? これはもう、今回の原書レビューで取りあげる作品はこれしかあるまい。

 でも、その前に少しだけ、コーベンのマイロン・ボライター・シリーズ(詳しくは原書レビュー連載の第二回を参照ください)最新作 Live Wire の話を。エージェントのマイロンが代理人を務めるロック・スターとテニス選手がらみのトラブルが発生、この調査の途中でマイロンはキティ・ボライターに再会。マイロンは仲のよかった弟と16年前に大喧嘩をしたきり音信不通になっているのですが、その喧嘩の原因となったのが弟の妻、このキティでした。ここで初めてマイロンは弟夫婦の子が男の子で、自分には甥がいることを知ります。彼と同じくバスケの才能があるというこの15歳の少年、ミッキー・ボライターを主人公としたスピンオフが今回ご紹介する Shelter です。

(アマゾンの内容説明は Live Wire の核心を明かすものとなっていますのでご注意を)

 孤独。どうしようもない事情から親元を離れ、大っ嫌いなおじさんのマイロンとニュージャージーの典型的な郊外の街で暮らすことになったミッキーは圧倒されるような孤独を感じています。彼にとっての“シェルター”はバスケのコートだけ。新年度に合わせてハイスクールの2年に編入することになったけれど、生まれたときから親の仕事の都合で世界中を転々としてきた彼は、アメリカのハイスクール的なあれこれにまったくなじめない。身長195センチ、スポーツの盛んなこのハイスクールでもただひとりプロになった(正確にはなりかけた)あのマイロン・ボライターの甥とあって注目され、チアガールで学校一のホットな少女レイチェルからも想いを寄せられるミッキー、普通ならジョックスの頂点に立つところでしょうが、そんなことは願い下げ。“思いやりの心を育むため”なんて先生が主張する入学前のガイダンスは逆にいじめられっ子を作っているようなもので、反発したミッキーは早々に先生から嫌われる始末。

 おまけにガールフレンドは行方不明になるし。

 目を見張るほど美しいのに寂しい雰囲気を漂わせた清楚な転校生アシュリーに、自分と同じ影を感じたミッキーはチャラいところはゼロなんですが気づけば声をかけていて、つきあい始めたところでした。愛がどんなものかよくわからないけれど、恋なんていつか終わるものなんだろうけれど、ぎこちないキスを2回かわしただけだったけれど、アシュリーとは表面上のつき合いだけではない、なにか通じるものを感じていました——なのにつき合い始めて3週間で彼女は姿を消します。ミッキーにメールのひとつも寄こさずに? 周囲に事情を聞いても納得できない彼はアシュリーのことを調べ始め、大人の汚い世界と対決することに。

 でも、ひとりきりで大丈夫? 大丈夫、ミッキーには頼もしい親友ができます。テーブルごとに棲み分けができている学食で人呼んで“ルーザーヴィル(負け組村)”のテーブルにいるふたり——まずは黒ずくめピアスだらけのゴス/エモ少女のエマ。ひねくれ者ですが根は優しい子、かなり体重があってジョックスたちに嘲笑されるんですが負けてません。このエマ、謎が多い子なんですよ。もうひとりはオタクになりきれない見た目オタクのスプーン。ミッキーが命名したこのニックネームの由来となったエピソードを始めとして、彼は全編で笑いの楔を打ってくれてます。身体は小さいけれど負けん気は人一倍、けっして裕福ではないけれど家族は誇り。意地悪な警官に補導するぞと脅され「おまえのオヤジは人の便所をブラシで掃除するのが忙しくて助けにこないさ!」と言われるとビビりそうなものじゃない? スプーンの反応には、拳をコツンと合わせたくなります。学校社会で弱い立場になりがちな子たちなんですが、なにか言われて黙っている必要なんてないよね? という気合いを備えているのが、読んでいてそれはもうスカッとする。

 ここには幽霊話と冒険と謎と恋と自己探求のヒント、そして親や先生ってどうしようもないよね、という子どもたちの関心のありそうなことが揃っています。実際にニュージャージー在住のコーベン、こうした郊外の学校話を書かせるとじつにうまい。この年代の子どもたちの描写も。YAということでその年齢層を意識した歴史の話を盛り込んでみたり、暴力シーンに気を使ったりはしているようですが(ボコボコにされるシーンは普通にあるけれど、シリーズ作品ほどショッキングな場面はなし)、大人も読んで楽しい作品です。ミッキーと同居している関係上マイロン・ボライターは登場しますがあくまでも脇役、事件の解決も、ちょっとだけ大人の助けもあったり、かなり綱渡り的でハラハラさせられたりしますが、ミッキーを中心にした子どもたちによるものという点は評価できる。スポーツが得意で性格がよくて美女に惚れられるとか、ミッキーできすぎだよ! というやっかみはあるかもしれませんが。

 そしてタイトルの Shelter に込められたいくつもの意味に、子どもも大人も震えてほしい。これは深い話です。

 この作品は続編の刊行も決定しています。だってこのラストシーン! 早く続きを出してくれないかしらとすでに待ち遠しく、特設サイトもあって US版も UK版もトレイラーがある力の入れよう。この作品にインスパイアされた曲まで聴けるようになっています。でも、取りあえずここにはリンクせずにおきますね。だってこの作品、こまったことがひとつだけあって、最初にちらりとお話した Live Wire のねたばれ全開なんです! あっ、ダメダメ、いまは特設だけじゃなくて、コーベンのサイトも開けたとたんにトレイラーが始まってねたばれです(本文1行目から書いてあることなんですが、このレビューではそこにはふれないでおきました)。このYA単体でも楽しめますので、あっちのシリーズは読まないからいいやって観念した場合だけチェックを。でも、Live Wire は本作品とは対照的にモヤモヤする話で霧が晴れるところがよいし、できれば順番に手をつけたいところではあります。Shelter と絶妙にリンクしている部分もあるので。

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三角和代(みすみ かずよ)ミステリと音楽を中心に手がける翻訳者。10時と3時のおやつを中心に生きている。訳書にジャック・カーリイ『ブラッド・ブラザー』、ジョン・ディクスン・カー『帽子収集狂事件』、ヨハン・テオリン『黄昏に眠る秋』他。

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