いくら人気のある「ワニ町」とはいえ、12月という鬼のように忙しい時期にはたして参加者が集まってくれるのだろうかという世話人②の不安をよそに、翻訳家の島村浩子さんと、東京創元社の宮澤さんをお迎えしての大盛会となりました。もひとつ不安だったのは参加者が集まったとしても全員「面白かった!」「よかった!」で終わってしまったらどうしようかと思っていたのですが、あにはからんや、さまざまな意見が続出、実り多い読書会となり、続きは懇親会にまでなだれこんだのでした。

ここで課題本「ワニの町に来たスパイ」の説明を簡単にさせていただきますと、ヒロインのフォーチュンはCIA工作員。腕っこきのスパイでありながら、血の気の多いのが玉にキズ。国外任務で暴れすぎて、敵側から首に懸賞金をかけられてしまったために、上司のはからいでアメリカのど田舎町に身分を隠して潜入することに。よりにもよってアメリカ深南部の超保守的なバイユー地帯。さぞかし退屈すると思いきや、いきなり死体と出くわし、町を牛耳るシンフル・レディーズ・ソサエティのアイダ・ベルとガーティのおばあちゃんズに引きずりまわされ、ひっそり身を隠すどころではなくなります……。
とまあ、こんな感じなのですが、この作品の魅力はなんといっても普通からかけ離れた人生を送ってきたヒロインが、いっけん普通に見えるが、実は普通からはほど遠い濃ゆいキャラクターに引きずりまわされ、あるいは揉まれつつ、人とのかかわりに目覚めていくところにあると思います。  
以下、読書会で出てきた意見を簡単に並べていきます。

・はたして「ワニ町」はコージーか否か? フォーチュンは外部のプロフェッショナルなので、はたして素人探偵といえるのだろうか? コージーではしろうと探偵がひとつのコミュニティのなかに起きる事件をコミュニティ内部の人間が解決していく。フォーチュンは外部のプロであり、正確にはしろうと探偵ではない。広義のコージーには入るかもしれないが、ガチではない。だが、コージーのいい面はたくさん入っている。ユーモア・ミステリーそれもジャネット・イヴァノヴィッチのステファニー・プラム・シリーズをほうふつさせるという意見も。

・「ワニ町」のいいところ、ということでいちばん多かったのはバランスの良さ。ドタバタ、恋愛、ミステリ、すべてのバランスがちょうどいい。適度な長さで無駄がない、やたらに半端な恋愛話が入ってなくて、ヒーロー役のカーターとの出会いも邪魔をしてはいない。

・同じくらい多かったのが、犯人の存在すら忘れさせるほどのキャラクターのインパクト。おおまじめなアイダ・ベルとボケのガーティ。それを受けるフォーチュンという主要な三人の掛け合いが楽しい。

旧来の固定観念への抵抗。お仕着せの女らしさは不愉快なものとヒロインにいわせることで、ちょっぴりフェミの味も忍ばせている。かといって声高に叫んでいるわけではなく、わかる人にだけ皮肉がわかる、その匙加減がまた絶妙。フォーチュンがいばりくさったマッチョ男をのしちゃうところがひたすら痛快。かといって男性が読んでも不快にはならない。

・CIAの秘密工作員として、任務に邁進することになんの疑いももたず、他人とは決して深いかかわりを持ってこなかったフォーチュンは本来ならすごく孤独なはずだが、アイダ・ベルとガーティに受け入れられることでだんだん人とのかかわりに目覚めていく。フォーチュン自身、父親と母親に対する複雑な葛藤があり、これは後でまた出てきそうな感じがする。

・上と関連して、それぞれの登場人物の人生のチラ見せがうまい。年齢によって人間をカテゴライズしていないところがいい

・ミステリとしてはいまいち厚みにかける。もう少し読者を惑わせてほしかったという意見も。それでも、ラストに明かされるアイダ・ベルとガーティの正体にはかなり驚かされる。ジワリと効いてくるマージの隠れた恋人のエピソードにも泣かされる。殺人自体も実は「愛ある殺人」だったというところがイイ。とにかくこの本でイヤな思いをしたくないという意見に全員激しくうなずく。

・南部という土地(ルイジアナ)のディスり加減が半端ない→でも愛情がある。いわば「翔んで埼玉」的な自虐の面白さ。

・やはり出てくる食べ物がどれもうまそう(これ大事なところ!)

・とにかく心が弱っている人には絶対おススメ! 誰にでも安心してススメられる。くよくよしがちな気持ちを明るくしてくれる。「ワニ町」は心のお薬だ!

さらに参加者からの訳者&担当編集者あてのQ&Aからいくつか:

・翻訳者は特定の俳優をあてはめることはあるのか?
アイダ・ベルは「とと姉ちゃん」に出てくる下町のおばあちゃん(秋野暢子)の声のイメージで。実際の俳優にあてはめることは現実にはあまりない。イメージを固めるのは読者。

・また参加した翻訳者の方からは、声優であて書きする場合もあるとのこと。日本語にした時どういうイメージに置き換えるか→「音」が入っていく。読み始めたとたん、登場人物が役者になる、という意見に翻訳者一同激しくうなずく。

・原題は Louisiana Longshot(遠写し、もしくはのるかそるかの大冒険)だが、「ワニの町へ来たスパイ」としたことで通称「ワニ町」シリーズで定着した。

そして最後に今後のシリーズの刊行予定ですが、これはひとえにみなさんの応援と布教にかかっているとのことです。全「ワニ町」ファンよ!立ち上がれ!

柿沼瑛子(かきぬま えいこ)
 翻訳家。元山歩きインストラクター&靴屋店員。かつては「ゲイ文学の女王」と呼ばれたが今はただのジャニオタ(主に関西) M・ミラー&R・マクドナルド命!埼玉読書会世話人その② ツイッターアカウント @sinjukueiko