書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。
みなさん、こんにちは。2015年に入ってから刊行された本では初めての書評七福神です。さて、どのような作品から幕を開けたのでしょうか。
(ルール)
- この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
- 挙げた作品の重複は気にしない。
- 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
- 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
- 掲載は原稿の到着順。
千街晶之
『偽証裁判』アン・ペリー/吉澤康子訳
創元推理文庫
『護りと裏切り』で殺人の嫌疑をかけられた友人の義姉を救うべく奮闘した看護婦ヘスターが、今度は自らが老婦人毒殺の罪で投獄された。その友人である私立探偵のモンクと弁護士のラスボーンは彼女の無実を証明しようとするが、裁判が開かれるのがスコットランドなので、敏腕弁護士のラスボーンが法廷に立てないという思いがけない大ピンチが到来。老婦人の一族の複雑を極める人間関係から、モンクはどんな秘密を暴くのか……緊迫感と意外性溢れる法廷戦術が読みどころの、ヴィクトリア朝ミステリの逸品。お馴染みのイングランドではなく、スコットランド独自の裁判のやり方を知ることが出来るのでお得感がある。
川出正樹
『禁忌』フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳
東京創元社
凋落した名家の御曹司エッシュブルクが殺人容疑で逮捕された。共感覚の持ち主で、若くして写真家として名声を手にした彼が、半生を通じて求めたものは何だったのか。極端に切りつめた文章と絶妙な間合いで彼の人生を彫刻していく穏やかな「緑」の章に、センセーショナルな「赤」と冷徹な「青」の章が重ね合わされた結果浮かび上がる「白」が、鮮明に心に焼き付く。
罪とは何かという根源的な問題をテーマに読者に解釈を委ねるシーラッハの筆法は、現代アートにも通じるものだ。美術館を訪れて、真っ白な壁に掲げられた三枚の絵画を順繰りに見た後、残像に思いを馳せる。そして再度、作品を見に戻り、解釈を深める。そこに唯一無二の正解はない。むしろ、その思惟の時を繰り返し味わうことこそが、シーラッハを読む愉しみなのだ。
北上次郎
『模倣犯』M・ヨート&H・ローセンフェルト/ヘレンハルメ美穂訳
創元推理文庫
史上最強のダメ男セバスチャン、ふたたびの登場だ。捜査陣に協力を申し出るプロファイラーの動機としてこれだけ不純な動機も珍しいが、この男、全然懲りないから立派。女に手が早く、冷たく、そういう私生活が今度は物語に密接にからんでくるから素晴らしい。脇役のキャラも、後半のたたみかける展開も、すべてがいい。今年度ベスト1候補の一発目だ!
酒井貞道
『七人目の陪審員』フランシス・ディドロ/松井百合子訳
論創社
1958年のフランス産ミステリだが、内容たるや古さを全く感じさせず、むしろ時代の最先端を突っ走っている。主人公の中年男グレゴワールは、何の変哲もない街の薬局店主で、若干回想癖や妄想が強いけれど、どこにでもいそうな平凡なおじさんである。ところがこのグレゴワールが、ふとしたきっかけで、奔放と評判の若い女ローラを、ついフラフラと殺害してしまうのだ。やがて、粗暴な青年アランが殺人犯として逮捕され、裁判にかけられることになる。彼が犯人でないことを知るグレゴワールは苦悩し、何度か自白しようとするが、なかなか上手く行かない。そうこうするうちに、権勢志向が妙に強い妻ジュヌビエーブの策略もあって、グレゴワールは、その裁判の陪審員に選任されかける。
主人公の意識を追う形式で綴られたこの物語は、アントニイ・バークリーの『試行錯誤』のフランス風変奏といった趣で進行する。グレゴワールはアランが極刑に処されるのを回避しようと、必死に手を尽くす。だがその試行錯誤はなかなか実らず、またグレゴワール自身、意志強固に突き進むわけではなく心が千々に乱れていて、その右往左往/右顧左眄ぶりが実に楽しい。状況はシリアスで緊迫感すらあるが、ユーモア要素は否定しようもない。そしてラストには、ある意味たいへん強烈で皮肉な結末が待ち構えている。ちょっと変わった洒脱な文体(訳すの大変だったろうなあ……)も含め、物好きには絶対にオススメの逸品だ。
霜月蒼
『殺人鬼ジョー』ポール・クリーヴ/北野寿美枝訳
ハヤカワ・ミステリ文庫
2009年に刊行された『清掃魔』は忘れ難いイカレポンチ連続殺人鬼小説で、私は同年のベスト9に推したことがある。なんとあれの続編が登場しようとは夢にも思わなかった。拘置されて裁判が進行中の「清掃魔」ジョーと、殺人を繰り返しながらジョーをつけ狙うシリアルキラー美女メリッサのWキラーがインモラルに暴れ回るのである。もちろんB級だが、笑っていいんだか悪いんだか判らない極悪ユーモアは健在。そんな話が上下2巻、ゴキゲンなカバーイラストに舐めきった帯コピーと、すべて素敵に悪趣味である。最高。
吉野仁
『禁忌』フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄進一訳
東京創元社
成功した写真家をめぐる奇妙な事件を通じ、人間とはいかなる存在なのか、芸術家にとってありのままの姿を映し出すとはどういうことかを問いただしているように思えるうえ、こうした見方だけでは収まらない面を多く含んでいるため、何度も読み返したくなる小説だ。そのほか、ポール・グリーヴ『殺人鬼ジョー』(北野寿美枝訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)は6年前に邦訳された『清掃魔』(松田和也訳/柏書房)の続編。トンプスン『ポップ1280』の影響下にある、ひねりの効いた異色犯罪小説。『清掃魔』から読まないと面白さは半減どころじゃすまないので要注意です。
杉江松恋
『凍える街』アンネ・ホルト/枇谷玲子訳
創元推理文庫
ノルウェー・ミステリーの真打が満を持して登場なのである。シリーズ途中の作品ということでキャラクターの魅力が伝わりにくいのが難点なのだが、本シリーズが北欧ミステリーでは初めてと言っていいほどセクシャル・マイノリティー(LGBT)に寄り添い、男性優位社会の欺瞞を指摘した作品であるということ、主人公であるハンネ・ヴィルヘルムセンが機能不全家庭に生まれ、そのために他人に愛情を示すことに骨絡みの屈託を抱えていることを知っていると、深度のある読書が楽しめるのである。集英社文庫に『女神の沈黙』他の初期作品が収録されているので、ぜひ復刊を! キャラクター像としてはサラ・パレツキーのV・I・ウォーショースキーとスー・グラフトンのキンジー・ミルホーンを足して二で割ったようなところがある。そして本書は、まさかのアガサ・クリスティー・リスペクト作品でもあるのだ。続篇はなんと『オリエント急行の殺人』を思わせるプロットであるという。シリーズ全体を俯瞰すれば北欧ミステリー史についての理解が変わるかもしれない、重要なシリーズ作品だ。
ヴィクトリア朝の歴史法廷小説からフランスにスウェーデン、ノルウェー、ドイツ、そしてニュージーランドと妙に国際色豊かな月になりました。どこからいい作品が出てくるのかわからず、油断ならないですね。どうやら2015年も、翻訳ミステリー界は賑やかなことになりそうです。では、また来月お会いしましょう。(杉)