全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!

「さあどうやって騙してくれるのかな?」なんてワクワクしながらミステリーを読み始める人も多いと思います。その「騙し」にも古今東西いろいろな手口があるのは、皆様先刻ご承知のとおり。超有名なあの作品のように、主人公が語り手だからって信用してはいけません。そこで今回は「主人公が語り手」に加えて「主人公が盲目」という挑戦的な騙しのテクニックを堪能できる、ギルバート・アデア『閉じた本』(青木純子訳/創元推理文庫)をご紹介します。

 ブッカー賞も受賞した経歴を持つイギリス人作家のポールは、旅先のスリランカで交通事故に遭い、失明し両方の眼球を摘出した。それから4年、英国の田舎で隠遁生活を送っていたが、ついに沈黙を破り、新聞に口述筆記者募集の広告を出す。それが彼の運命を大きく変えてしまうとは思わずに……

 ある日、通いの家政婦と二人きりのポールの屋敷に、ジョン・ライダーと名乗る青年がやってきます。広告を見て応募しにきたというジョンは、ポールの辛らつな面接をひょうひょうとかわします。自伝を書くための筆耕者にポールが求めているのは、“ものを観る力とそれを表現する能力”。テストとして周囲の物を描写させた結果、ジョンは採用されることとなります。

 そうそう、重要なことを説明し忘れていました。やってきた青年と書きましたが、本当に若い男性なのでしょうか……というのは、なんとこの小説、台詞のやりとりと主人公の独白のみで書かれているのです! いわゆる地の文というものが存在しないため、語り手のポールの独白とわずかな登場人物たちの会話だけを頼りに、舞台や状況だけでなく、人物設定までも読者自らが作り上げていかなければなりません。たとえば、きみは男前かね? とポールに聞かれたジョンは——

「はい、正直にとおっしゃるのでしたら、悪くはないと申し上げねばなりませんね」

 本人いわく優男で長身痩躯の細面だそうですが、ここでちょっと意地悪く、えー、それって自己申告でしょ? ほんとは違うんじゃないの? なんて疑うのもよし、素直に信じて初老作家と美青年のカップリングに萌えるのもよし<? ポールが申告どおりに受け取ったのは、そう信じたかったからかもしれません。

 今まで孤独に生きてきたポールが、他人を生活に入れるのは並たいていの決心ではないはず。相手が信用できる人物かどうかは自分の直感しかないわけですが、ジョンは週末を除いて住み込みで働くことになるため、ポールは彼に秘密を打ち明けます。

 それは、闇が怖くて閉所恐怖症であること。

 バスルームの電気は必ずつけておき、ドアは少しだけ開けておくのを絶対に忘れないよう、念を押すポール。仕方ないとはいえ、プライドの高い彼には屈辱的な告白だったのですが……。

 ある晩バスルームにいたポールは、人の気配を感じて驚きます。間違えて入った(と言う)ジョンを、ろうばいしたポールはなじります。

「いいかね、バスルームのドアはいつも開けておくようにと言ったはずだ(中略)」

「ええ、たしかに、でも——」

 ここでジョンが言ったことは、神経質なポールにとって少なからずショックでした。ですが、ポールと同様、読者はそれが本当なのかそうでないのか判断するすべがありません。

 それからも、二人の間には不審なできごと——ただしポールの側からのみ——が続きます。もしポールの独白がなければ、気難しい作家と、かいがいしく面倒を見る若者の、口は悪いながらもほほえましい交流と読めるかもしれません。しかしだんだんと、ジョンの口から出る言葉を文字通り受け取ることができなくなっていくポールと読者。信じたい気持ちと信じがたい気持ちにゆさぶられる私たちに、じんわりと忍び寄る恐怖。はたしてそれは疑心暗鬼にかられた末の思いこみなのか? そもそも、ジョンが応募してきた理由は何だったのか?

 いったいジョンとは何者なのか?

 この続きはぜひ本書で。ラストに待ち受ける驚愕の真相をお楽しみに!!

 そして本編読了後は、訳者・青木純子さんの懇切丁寧なあとがきと、村上貴史さんによるトリヴィア満載の解説をぜひお読みください。特に映画ファンの方には読んでいただきたい情報がてんこもりです! 私もご多分にもれず、レンブラントの自画像について、ロンドンのナショナル・ギャラリーのHPをチェックしてしまいました。ちなみにこの作品は1999年に書かれていますが、もし今だったらSiriに問い合わせて一発でばれちゃうかもなんて思ったり。

 あとがきにあるとおり、作者アデアは映画と舞台の分野で有名な批評家でもあり、ベルナルド・ベルトルッチ監督作『ドリーマーズ』他、諸作が映画化されていますが、実はこの『閉じた本』も本人が脚本を書き、製作も兼ねて2009年に映画になっていたのです!

 監督は『ミステリーズ 運命のリスボン』のラウル・ルイス、主人公ポール役は『戦場のメリークリスマス』のMr.ローレンスことトム・コンティ。しかし!なんと相手役のジョンが、ジェーンという女性(演じるのはダリル・ハンナ)に変えられているという驚きの脚色!! 輸入DVDで観てみたところ、当然ジェーンの表情も行動も丸見え。しょっぱなから「この人絶対アヤシイ」としか思えない目つきのジェーンを見せられて先行き不安になるのですが、途中、相手が見えてないのをいいことに(?)、全裸無駄脱ぎシーンまであったりと意味不明なサービス(なのか?)。そして原作既読の人なら絶対びっくりするのは、ラストのあの仰天真相が最初から堂々と画面に映っているという、『サスペリア PART2』も真っ青の演出! さらにオチまでも変えてしまったアデア先生の意図はまったく不明ですが、それを上回るようなこのアメリカ版DVDジャケットはいったい……。

 日頃妙ちきりんな映画を見慣れている私でも、そういう意味でかなりレベルの高い作品でした。<なんか違う

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 気を取り直して、『閉じた本』がお好きな方に薦めたい新作映画を一本。現在公開中のカナダ映画『エレファント・ソング』(監督:シャルル・ビナメ)は、劇作家ニコラス・ビヨンによる戯曲をベースにした作品です。舞台は1960年代のカナダ。クリスマスを迎えた精神病院から一人の精神科医が姿を消します。彼と最後に会ったのは入院患者のマイケル(グザヴィエ・ドラン)。失踪した医師を探す院長のグリーン(ブルース・グリーンウッド)は、事情を聞くために初めてマイケルと接しますが、かつて院長の妻だった看護婦長(キャサリン・キーナー)は、マイケルの言うことは信じるなと彼に警告します。

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『閉じた本』では、主人公の猜疑心がサスペンスを生んでいましたが、こちらの作品では、虚言癖のある精神病患者との対決。クリスマス休暇で職員がわずかしかいない病院は、周りが深い雪に覆われており、閉ざされた館のような趣をかもしだしています。そこに囚われたかのごとく、一室で対峙する院長とマイケル。ころころと変わる証言や煙にまくようなたとえ話に加え、院長の過去の秘密をほのめかすような発言をするマイケルに、専門家であるはずの院長が翻弄されていきます。

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 信じるべきか疑うべきか。緊張感を増してゆく院長とマイケルの対話。『閉じた本』でもモチーフの一つであった主従関係の逆転がここでも見られます。はたしてマイケルは真相を知っているのか。だとしたらなぜ隠しているのか。ラストでは悲しい真実が明かされることとなります。セリフの中には伏線が隠されており、それをきちんと回収した上で余韻を残しつつ物語は終わりますが、結末をどう取るかは人それぞれかもしれません。

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 以前『トム・アット・ザ・ファーム』ご紹介したグザヴィエ・ドランは、ここでは俳優としてのみで参加。マイケルは僕だ! と惚れ込み、熱望した上での出演だそうで、少年っぽい表情を持つ得体の知れない役どころがぴったり。

 先日刊行された衝撃の私小説、エドゥアール・ルイ『エディに別れを告げて』(高橋啓訳/東京創元社)は、暴力的なまでの差別主義がまかり通るフランスの貧村で生まれ育った著者がいじめに耐え、同性愛者であることをひた隠し、そこから抜け出すまでの凄絶な物語。その荒廃した風景と日常生活は、映画『第9地区』を思い出したほどです。ドランが好きそうだなあと思いながら読んでいたら予想通り親交があったようで、著者のHP(仏語)に対談が載っていました。

 ご興味のある方はこちらの本もぜひ!

(記事内スチール写真:©Sébastien Raymond)

■映画『エレファント・ソング』予告編

■出演:グザヴィエ・ドラン(『トム・アット・ザ・ファーム』)、ブルース・グリーンウッド(『スター・トレック』)、キャサリン・キーナー(『カポーティ』)、キャリー=アン・モス(『マトリックス』)、ほか

■監督:シャルル・ビナメ

■脚本:ニコラス・ビヨン

■撮影:ピエール・ギル

■編集:ドミニク・フォルタン

(2014/カナダ/100 分/シネマ・スコープ/DCP)

 ©Sébastien Raymond

■2015年6月6日(土)より、新宿武蔵野館、渋谷アップリンク他、全国順次公開

♪akira

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  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。

 Twitterアカウントは @suttokobucho

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