ぼーっとしているあいだに、今年ももう半分がすぎてしまいました。新年にたてた目標は、半分どころかほとんど達成できていませんが、今さらどうしようもないので、後半に賭けたいと思います。われながらお気楽だなあ。
五月三十日に南東京読書会(課題図書:フェルディナント・フォン・シーラッハ『禁忌』)に参加したあと、六月六日に『禁忌』が原作の舞台「TABU」を見ました。原作を二回読み、読書会で参加者のみなさんや酒寄先生からいろいろなお話をうかがってから舞台を見たので、すごくいろいろなことに気づけて得した気分。ほんとうに奥が深い作品です。
六月はイギリス、ドイツ、フランス、アメリカと、あえて国のちがうものを読んでみました。ついでに版元もバラバラです。
■6月×日
今年のコンベンションで杉江松恋氏がひたすら推していたのが強烈に印象に残っている、ニック・ハーカウェイの『世界が終わってしまったあとの世界で』をようやく読んだ(ちなみに、「ほんとうに読んでほしい、読んでもらわないとヤバイ」と思う本は、あれくらいなりふりかまわずお勧めするべきなんだ、と杉江さんに教えてもらったコンベンションでした)。
何しろ、読みはじめるまで時間がかかるわたし。「七福神」でお勧めされていたので読もうかな、と思ったらアマゾンのレビューを見てびびり、チョイ苦手なSFということもあって躊躇していた。まさに杉江さんの懸念どおりだったのだ。
結論からいうと「すみません、食わず嫌いでした!」
読むまでには時間がかかったけど、読みはじめたらおもしろくてびっくり。
いや、最初はたしかに読むのにも少し時間がかかったけど、加速がついてくると「あ〜れ〜」と流されるように読めてしまった。
恐ろしい大量破壊兵器〈逝ってよし爆弾(ゴー・アウェイ・ボム)〉使用する戦争〈逝ってよし戦争(ゴー・アウェイ・ウォー)〉により混沌に陥った世界(この「逝ってよし」という訳語がまずすごい破壊力)。で、それを正常に戻す〈ジョーグマンド・パイプ〉というのがあってだな……って、これ説明めっちゃむずかしいわ。要するに「宇宙戦艦ヤマト」のコスモクリーナーみたいなやつ? しかも、その現場で活躍する巨大な可動式産業機械〈パイパー90〉の外見が「ブルドーザーとショッピングセンターが不倫して生まれた子供に数千トンのヨーグルトをぶっかけて一カ月庭に放置しました、といったふうだ」ってどんなやねん! 訳者あとがきにもあるように、たしかに関西弁でツッコミを入れたくなるわ。でもこういうの、好き! “足ドン”とかの訳語もじわじわくる。
これじゃどんな話かさっぱりわからないと思うけど、SF、アクション、青春、ロマンス、「ベスト・キッド」、カンフー、忍者、冒険活劇、「キル・ビル」、そしてギャグ満載のおもちゃ箱のようなお話。出てくるキャラクターがみんな魅力的で、きっとお気に入りが見つかります。わたしは「ウー老師」と「ルビッチ母ちゃん」かなあ。
設定も描写もすごいんで、どんでん返し(なのかな?)のころにはかなり免疫ができていて、軽くぶっとぶくらいですみました。でもちょっと切ないなあ。
やっぱりただ者ではないですね、ニック・ハーカウェイ。読んでよかった。食わず嫌いはいけません。
■6月×日
シャルロッテ・リンクの『沈黙の果て』も、「何これ、おもしろすぎる! なんでもっと早く読まなかったんだ、自分!」とPCに激しく頭を打ちつけたくなるような傑作だった。なんかこんなのばっかり。わたしのように積ん読だった人、今すぐ読んだほうがいいですよ!
イギリス・ヨークシャーの古い屋敷で、イースター休暇をすごす、ドイツ人の三組の家族。夫同士が学生時代からの友人ということで、長く家族ぐるみのつきあいをつづけてきた彼らは、夫婦間、親子間に問題を抱えている。屋敷は仲間のひとりが所有しているのだが、その相続権を主張する男が現れ、みんながぴりぴりしているなか、大量殺人事件が起こる。
物語は登場人物のひとりが複数の死体を発見するところからはじまる。
血のにおいがただよってくるような描写。何しろ死体が四体に、瀕死の子供がひとりだ。
そして時間は、休暇がはじまったころへとさかのぼる。彼らの休暇の日常を、そこで起きた出来事を、交わされた会話をじっくり読んで、だれがどんな問題を抱え、互いをどう思っているのか理解したうえで、どうしてこんなことになったのか推理してね、というわけだ。
グループのなかでは新参者のイェシカが探偵役で、この人はだれよりもまとも。だからすんなり彼女に同化して、いっしょに推理しながら読み進むことができたし、ほかの人たちの異常さも冷静に受けとめることができた。
でも、いくらきれいな場所だからって、わざわざドイツからイギリスまで行って、とくになんのリクリエーションもなく、仲がいいわけもでない友人家族たちと共同生活をするなんて、わたしなら絶対にいやだなあ。
シャルロッテ・リンクはドイツの超人気ベストセラー作家だが、読んで納得。印象的な登場人物と、飽きさせないプロットと、抜群のリーダビリティー。三拍子そろったエンタテインメントの王道をいく作品だ。ミステリっておもしろいなあ、と実感した。休暇旅行に持っていくのもよさそう。いや、怖いか。
■6月×日
『その女アレックス』の次に読むべきなのは、エルヴェ・コメールの『悪意の波紋』らしい。フランス発のクライムノヴェルがキテる、ということですね。
一九七一年にアメリカで百万ドルを荒稼ぎした若きフランス人犯罪集団。帰国後、事件の発覚を恐れた彼らは、別々の道を行くことになる。そして三十九年後、そのなかのひとりであるジャックのもとに、クロエと名乗る女性ジャーナリストが訪ねてくる。
一方、レストランで働く若者イヴァンは、元カノがリアリティ番組に出演しているせいで、心が乱れまくっていた。元カノといっても別れたのは六年まえなんだが……
やがて、まったく共通点がなさそうなジャックとイヴァンの人生が交錯して、あらたな物語が展開していく。
読んでいくうちにどんどん作品の印象が変わって、まったく先を読めないのがおもしろかった。
登場人物の印象もしかり。イヴァンなんて、読んでてイライラするようなさえないヤツで、途中“こいつヤバいかも”と不安にさせられたりもしたが、だんだんと“愛すべきおバカ”にまで格上げされ、最後には彼の幸せを願わずにはいられないほどに。
逆にジャックはすごい大物感だったのに、案外小物だったのね。でもジャックとクロエの攻防はけっこうハラハラした。もしや……と思わせて肩すかしとか。
そしてあの長〜いエピローグ。正直どうリアクションすればいいのかわからなかった。脱力ともちがうし、ツッコミも浮かばないし。半ばあきれたような感じかな。壮大だけど、わかってみるとすごくシンプルな話。ワンアイディアでここまで広げられるとは、さすが「波紋」だ。
宝塚ファンとしてはオスカルとアンドレが出てくるだけで胸熱。
■6月×日
『ゴーン・ガール』の次はメアリー・クビカの『グッド・ガール』なんだって。
版元が同じだし、カバーはどちらもブロンド女性の写真で似たテイスト。
そして〈ガール〉つながり。〈ガール〉ミステリって、ほかに何かあったっけ?
あ! 『ミステリガール』があった! いや、〈ガール〉がつけばいいってもんじゃないのかしら……よくわからないけど、とにかく全米で話題の〈ガール〉ミステリを読んでみた(ガール多すぎ)。
シカゴの名士の娘でもうすぐ二十五歳になるミアは、バーで出会った男に拉致され、ミネソタ州の人里離れたキャビンに連れていかれる。ミアの母イヴ、捜査を担当する刑事ゲイブ、誘拐犯コリンの視点で語られる“その前”と“その後”を読むと、ミアが救出されたことはわかるのだが、救出されて両親のもとに戻ったミアは記憶を失っており、自分の名前さえわからないありさま。いったいキャビンで何があったのか? 犯人の目的はなんだったのか?
うーん、そう来ましたか。
推理の方向としてはまちがってなかったけど、予想の斜め上を行く真相。それでこの構成なのか。でもちょっと物足りない気もするので、もうひとひねりあってもよかったかな。
イヤミスかどうかは判断に迷うけど、『ゴーン・ガール』と比べるのはちょっと酷かも。
コリンとミアの関係性の変化は予想どおりだけど、イヴとゲイブの関係性の変化は意外だった。実は骨のある“グッド・ガール”だったミアには幸せになってほしいなあ。
上條ひろみ(かみじょう ひろみ) |
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英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、マキナニー〈朝食のおいしいB&B〉シリーズなど。最新訳書はフルーク『シナモンロールは追跡する』。ロマンス翻訳ではなぜかハイランダー担。趣味は読書とお菓子作りと宝塚観劇。 |