みなさま、こんにちは。埼玉読書会世話人の東野さやかです。ずーっと読書会のレポートをさぼっておりまして申し訳ありません。毎回、書くことがありすぎるほど楽しい会になっております。
さて、埼玉では夏に過去の参加者を中心に集まっておりました(要するに飲み会をしておりました)が、去年はいつもの読書会方式で東江一紀さん追悼読書会を開催。今年はなにをやろうかなと考えていたところ、ひょんなことから書評家の大矢博子さんをお招きしての『サマータイム・ブルース』読書会の開催とあいなりました。会議室と懇親会の場所をおさえるしか能がない世話人にかわり、当日、レジュメの作成やらなにやら大活躍だった縁側昼寝犬さんがレポートをまとめてくださいました。どうぞお楽しみください。
埼玉読書会 夏休み特別企画
『サマータイム・ブルース』〔新版〕 サラ・パレツキー・著 山本やよい・訳(早川書房)
2015年8月8日(そろばんの日だけど、本編の内容には関係なし)
きっかけは課題書選びだった。
埼玉読書会では課題図書の主人公を男女交互で挙げてきたが、7月の課題図書が決まらない。11月の課題図書は既に決まってるのに。埼玉読書会の世話人は頭をかきむしって悩んでいた。
『サマータイム・ブルース』は新版が出たのでもってこいなんだけど、激しく反対している人がいるから。
ええ、サラ・パレツキーをこよなく愛するワタクシは全力で止めに入りました。
自分の好きな作品は、課題図書にしないもの。
なんでも尾張名古屋では、自分の愛している作品を課題図書にしたところ、参加者にバッサバッサと切られ、「タフでなければ生きていけない、やさしくなければ生きてい……(げほっ、バタ)」という精神的流血事件になったと聞くし。
だがしかし今回はやりましょうか、などというやり取りをTwitterでしていたら、「ちょ、ま、『サマータイム・ブルース』はあたしが行けるタイミングでやってーーーー7月はムリーーーーー!(超ワガママ)」と声が上がったので、書評家で名古屋読書会の世話人でもある大矢博子さんをゲストに迎え、夏休みスペシャルとして実現の運びとなりました。(めでたや〜)
『サマータイム・ブルース』はシカゴの探偵V・I・ウォーショースキーを主人公にしたシリーズ1作目。1982年に出版され、シリーズ16作が早川書房より翻訳されています。今年7月に17作目が本国アメリカでは出版されました。
「ウラワ〜ウラワ〜ウラウラワ〜(中略)ウラワは8つの駅がある〜♪」(山本リンダ「狙いうち」の節でどうぞ)の浦和が今回の開催地ですが、8月に入ると連日凶悪な暑さが続いておりました。駅前の「浦和うなこちゃん」に薄切りロース肉を貼りつけたら、おいしく焼けるんじゃないか、というくらい暑い。
そんな中、集まったのは、ゲストも含め女性13人の男性2人で満員。
「パレツキー」という文字に脊髄反応し、お仕事のやりくりをしてきた人から、今回、初めてパレツキーを読んだ人、シリーズを途中で止まっちゃった人、大矢さんのTwitterのフォロワーで大矢さんに会いたくて初めて読書会に参加した人(この売り出し方法があったか!)、シリーズを全部読んでる人まで、さまざま。
初めて読んだ人からは、主人公のヴィクに対しての感想が出ました。
- ヴィクってもっと強いイメージがあったけど、実際に読むとそうでもない。
- 1作目ということもあるのか、ヴィクのイメージが固定してない。
- 強烈な印象がない。
- アクがなくてさらりと読める。
久々に読んだ人は、
- シリーズの途中の話は忘れていても、お母さんの形見のワイングラスや、ことあるごとに荒らされる事務所と金庫は忘れない。
- 久々に読み直して、ロティの安定感に「これこれ」と思った。でも馬の薬を人に使うのはどうなの?
- 料理もするし、よき友人もいるし、女性らしい。社会が考えている女性とは違う女性らしさだけど。
- 酔っぱらってても自分の足で歩いて帰るところが好き。
- 脇キャラがいい。あれ、ミスタ・コントレーラスってこの回には出てこないのか。
- デートの時にはちゃんとおしゃれしていくところがいい。相手のためじゃなくて、自分がきれいに見えるものを着ていくところがいい。
- 部屋が汚いのがいい。「女の子はきちんとしないと、いいお嫁さんになれないわよ」と子供の頃に親から言われていたのは呪いだったんだ、と分かった。いいお嫁さんじゃなくたって、生きていけるじゃん。(大矢さんからは「社会の呪いでもあるよね」とナイスフォローあり)
- 旧作を読んだのは学生の頃だったので、プロットがよくわからなかった。大人になって、ああそういうことなのか、と分かった。
初めて読んだ人はヴィクの存在に焦点が行き、既読の人はシリーズ全般を含めて思い返していた、という感じでしょうか。
今作に関しては、
- 旧訳と新訳では、単語がちょっと新しくなってる。
- ケータイもパソコンも普及してない時代の話だけど、古さを感じさせない。
- でも役員の写真をもらいに銀行に行くとか、在籍学生の確認に大学の事務所に行くとか、個人情報の保護が厳しい今では、考えられない。
との指摘もありました。
ここらで大矢さんからは男性2人に質問が。
「こういう女性は、男性から見てどう?」
大矢さんの勢いのせいか、静かに男性2人は答えてました。
「特に…。今ならOKかな」
そうかー、そうなのか。30年前だと、男としてのあるべき役割に対するこだわりも強かったが、今ならいいと。ヴィクが登場して30年、今なら抵抗なく受け入れられるのか。女性も変わるが、男性も変わっているのですな。
その他の突っ込みどころとしては、「聞き込みにバーを回ってビールいっぱい飲んで、トイレ大丈夫?」「チャンドラー式ハードボイルドを踏襲しているので、酒だけ飲んでるのではなく、仕事してます」「“空手チョップ”ってシリーズ中、ここにしか出てこない?」「だんだん、歳を取って体力に衰えがくると、彼女は問答無用で銃を抜きますから」「表紙は昔のほうがいい。特に『ミッドナイト・ララバイ』は、ラノベみたいなのは許すとしても、ヴィクが若すぎる。どう見ても30代にしか見えない」「江口さんのギャラが……(ごにょごにょ)」「ラルフは、後半、情けないよね」「“愛してた”っていつからよ?」(原文を辿るものの、これは表現が難しいと翻訳家複数名のうぐぐ同意あり)「『沈黙の時代に書くということ』(早川書房)で、パレツキーは普通の女性を書きたかった、って書いてるから、大人の夜の付き合いも全部ひっくるめて恋愛なんだよね」「恋愛してるけど、ぐだぐだにならないところがいい」「ヴィクの恋人はいろいろ入れ替わってる。多分、ヴィクも覚えてない(大矢さん)」などなど。
Nさん(ボルチモア・オリオールズのファン)より、ヴィクの愛するシカゴ・カブスについて説明がありました。
この作品の時期、カブスは弱かった。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では今年、カブスがワールドシリーズを制する年なんだけど……。(現在、カブスは3位。ナ・リーグ中部は上位2チームが強い!)
ヴィクはニューヨークの某チームを“金満球団”と言うけど、カブスだってシカゴ財界をバックに持ってるので、そんなに貧乏ではない。最近ではFAでいろいろお買い物してるし。
でも、カブスが優勝できないのは、ヤギの呪いのせい、らしい。(ヤギを連れて入ろうとして断られた男の人の呪いらしい。なぜヤギ? ヤギを球場に連れてくるの? ヤギ、入れなくて当たり前でしょ。逆恨みにもほどが…と、次々と突っ込みあり)
大矢さんからは——
- V・Iシリーズを謎解きの面白さを目的に読む人はいないでしょう。ヴィクの活躍を見たくて読んでるはず。
- 女性でフリーランスの探偵は珍しい。しかも一人で社会を相手にしているのが面白い。
- 男性を相手に立ち回りをし、ピンチになっても男性が助けにこない女性が主役の小説は、30年前にしたらすごいこと。
- シリーズ途中でヴィクが「将来のこと」とか「腰が痛い」だの弱音を吐いて勢いがなくなるんだけど、そこらは読まなくてもいい。
シリーズ途中で読むのが何となく止まっちゃった人には、『ブラック・リスト』からの再開をワタクシはおすすめしました。
9・11後のアメリカを危惧し、身近な事件から社会的事件へと展開していくプロットは、『ブラック・リスト』が起点で、その後のシリーズの骨格になっていると思います。そしてこの回の重要人物ダロウ・グレアムが複雑系愛想なしで、私は大好きです。(でも版元品切ですか、そうですか)
今回は入口のチラシも参考資料も作りました。
人物相関図の線の色はシカゴのループと同じ色にしたんですが、誰も気がついちゃないのでした。
その後、話題は物語の舞台となっているシカゴに移り、実際に住んでいたことのある人から話を聞き、「シカゴに面してるのは、ミシガン湖か。五大湖ってなんだっけ、オンタリオ湖、エリー湖、ヒューロン湖、スペリオル湖」「富士五湖は、山中湖、河口湖、本栖湖、精進湖、西湖!」と、ちょっとした地理のお勉強もできました。
最後に、女性が活躍するミステリーというと他には何があるか、という話になり——
- ジョアン・フルーク〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(上條ひろみ・訳 ヴィレッジブックス)
- デボラ・クロンビー〈ダンカン・キンケイド&ジェマ・ジェイムズ〉シリーズ(西田佳子・訳 講談社文庫)
- V・Iシリーズとよく比較されるスー・グラフトン〈キンジー・ミルホーン〉シリーズ(嵯峨静江・訳 早川書房)
- P・D・ジェイムズ〈コーデリア〉シリーズ(小泉喜美子・訳 早川書房)
- キャロル・オコンネル〈キャシー・マロリー〉シリーズ(務台夏子・訳 東京創元社)
- カミラ・レックバリ〈エリカ&パトリック〉シリーズ(集英社)
- レーナ・レヘトライネン〈マリア・カッリオ〉シリーズ(古市真由美・訳 東京創元社)
——と、次々と出るわ出るわ。
ミステリー以外では、レイ・カーソンの『炎と茨の王女』(杉田七重・訳 東京創元社)は、あまりきれいでもなくて体重も多い王女様が事件を解決して世界を平和にしていくと、なぜか痩せていく話。
ミステリーだけどその逆のパターンは、メグ・キャボットの『サイズ12はデブじゃない』『サイズ14もデブじゃない』『デブじゃないの骨太なだけ』(中村有希・訳 東京創元社)。
とにもかくにも、本作はV・Iシリーズの1作目なので、作者の肩に力が入ってるところがあって……などとワタクシは申しあげたのですが、それって『読み出したら止まらない!女子ミステリーマストリード100』(大矢博子 ・著 日経文芸文庫)に全部書いてありましたぞと。
実はこの日は、前出の『読み出したら止まらない! 女子ミステリーマストリード100』の発売日でもありましたが、当日、店頭にまだ出してなかった書店が多かったらしく手に入らず。大矢さんからその本のプレゼントもあり、にこやかな雰囲気で終了。V・Iシリーズのファンとしては、「請求書が送られてきてるのに、すぐに払わないなんて精神構造が信じられん」と言い出す人がいなくて、精神的流血事件にならず、ワタクシは今日も元気です。
懇親会は「夏だし」ということで、沖縄料理屋さんでした。
各所でいろんな話で盛り上がってたらしく、お開き後に財布を落とした人がいたりで、翌日、無事に見つかってよかったですね、M門さん。
そんなわけで、シリーズ全作を出版している早川書房さんと、全力で走り続けるヴィクについていくZ!