10月31日、日本推理作家協会主催の土曜サロンに講師として招かれ『中国在住者の語る現代中国ミステリ』と題した発表会を行いました。中国ミステリの愛好家に過ぎない私の拙い発表も司会の松川良宏氏と翻訳者の稲村文吾氏らのフォロー、そして参加者の皆様のご厚意によって無事に進めることが出来ました。

 これのためだけに日本へ一時帰国したために知人には呆れられたり心配されたりしましたが、ネットでしか交流のなかった面々に実際に会うことが出来たので私にとっては大掛かりなオフ会を開いてもらった感じで満足でした。

さて今回はこの土曜サロンで中国ミステリを紹介する際に重宝した『百年中国偵探小説精選』を取り上げたいと思います。

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この本は1908年から2011年までの短・中編の中国ミステリを収録した全十巻となる作品集です。編者の任翔はこのシリーズの前作となる『20世紀中国偵探小説精選』(全四巻)や過去100年に渡る中国ミステリ関係の評論やコラム等をまとめた『中国偵探小説理論資料』等の著作があります。以下に各巻の特徴と代表作を紹介していきます。

■1巻

 最初の巻は1900年代前半に活躍した『中国ミステリの父』と呼ばれる程小青の作品で占められています。彼はシャーロック・ホームズの中国語訳も手掛けており、その経験を基に書かれた作品にはホームズ役となる探偵の霍桑とワトソン役となる助手の包朗が上海を舞台に難事件を論理的に解決する様子が描かれています。『江南燕』(1919年)では西欧と中国の捜査方法を比較し、本作が中国ならではのミステリであることを強調しています。

■2巻

この巻には程小青と同時代を生きた代表的な作家・孫了紅『東方のアルセーヌ・ルパン』シリーズが収録されています。義賊の大泥棒・魯平(LuPing)が手練手管を駆使して悪人どもを翻弄しますが、しばしば上述の名探偵霍桑に化けることがあり『木偶的戯劇』(1943年)ではついに怪盗と探偵の勝負を実現させます。

■3巻

 本巻では程小青と孫了紅以外の作家が1900年代前半に書いた作品を収録しています。探偵・宋悟奇が活躍する家庭探案シリーズの『失宝記』(1927年)、十回に九回は失敗するというメタ的な探偵が登場する趙苕狂『少女的悪魔』(1948年)の他に海外の有名古典ミステリを真似たとした思えない黄翠凝『猴刺客』(1908年)やトンデモミステリかと思いきや中国の古典的な公案小説の展開を踏んでいる何朴斎『雪獅』(1922年)など個性豊かなラインナップになっています。

 日本の『新青年』が好きなら読んでみて損はない内容です。

■4巻

この巻には主に中華人民共和国が成立した1949年以降の作品が載っており、前3巻とは作風がガラッと変わっています。共産党と国民党の戦いをテーマにした反スパイ小説となっていて、現代の価値観で評価するとあまり面白くはありません。その中で国民党のスパイの視点に立った程小青『生死関頭』(1957年)やスパイがグミに見立てた爆薬を国内に持ち込む『「賭国王妃」牌軟糖』(1958年)が頭一つ飛び抜けている感じです。

■5巻

時間がいきなり飛んで1980年代以降の中編作品が主に収録されています。李迪『傍晩敲門的女人』(1984年)は取り調べにページを多く割いている作品です。刑事は容疑者を脅し、なだめすかし、言葉の罠を仕掛け、更には容疑者の息子を利用して情に訴え、あらゆる角度から容疑者を責め立てますが、容疑者も話をはぐらかしてなかなか逮捕までこぎつけません。探偵の持つ派手さも公安の刑事が持つ勇ましさも描かれない地味な話ですが堅実な面白さがあります。

■6巻

こちらには1980年代以降の短編作品が収録されています。台湾人作家・藍霄『自殺的屍体』(1995年)は台湾の大学生たちが級友の死の真相に迫るという日常ミステリで、若者たちが暇潰しのように各々気軽に推理をしている姿には和む。王建武『最後的佳作』(1998年)は偶然が作用して陳腐なトリックが不可能犯罪のレベルにまでなってしまうのですが、その偶然のために犯人たちも窮地に立たされてしまいデメリットになっていることに工夫が感じられます。

■7巻

ここには2000年代の中編作品が収められています。バレンタインデーという新しい西洋の風習と如何にも中国らしい公務員の汚職を組み合わせた莫懐戚『飲鴆情人節』(2000年)はアメリカ帰りの知識人によって固まりかけた容疑が次々と覆されて真相が明らかになる逆転劇です。とは言え、西洋が進んでいて中国が遅れているという単純な二元論で終わらせてはいません。

■8巻

ここには2000年代の短編作品が収録されていてまだ第一線で活躍している作家が多いです。水天一色『我這様的人』(2009年)は情けない中年男性が犯罪者には決して媚びない刑事にリンチにも似た取り調べを受けるという嗜虐心を刺激する内容です。周浩暉『生死翡翠湖』(2007年)は作者のベストセラーシリーズの主人公・羅飛が活躍し、清濁併せ呑む警官像が描かれます。そして台湾人作家・林斯諺『霧影荘殺人事件』(2003年)はミステリマニアが集まる嵐の別荘で殺人事件が起こるという王道の展開をなぞります。

■9巻と10巻

これには1980年代から現在までの子供向けミステリが収録されています。この二冊に関しては趣向が異なるので別の機会に紹介できればと思います。

『百年中国偵探小説精選』は日本でも購入可能です。一冊3,000円ぐらいするのでおいそれと買えませんが、中国ミステリに興味あり且つ中国語が読める人はチェックしてみては如何でしょうか。中国だと一冊48元(日本円で約1,000円)なんですけどね。

阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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