みなさま、こんにちは。韓国ジャンル小説愛好家のフジハラです。2カ月前にはコロナ騒動がまさかこんなに長引くとは、こんなに大きな被害をもたらすとは思いもしませんでした。ステイホームしたくないのにステイホームを強いられる人も、ステイホームしたいのにステイホームするわけにはいかない人も、世界中の人々が不安とストレスを抱えながら日々を過ごしていることと思います(一部の不届き者を除き)。愛する人を亡くされた方々、罹患された方々にお見舞いを申し上げますとともに、一日も早く日常が回復しますよう、心よりお祈り申し上げます。
こんなときは、カラッと楽しめるエンタメ小説を! ……と思ったのですが、あいにくワタクシメの本棚にはそのような作品が見あたらず……ちょうど味覚、嗅覚に異常をきたすというコロナつながりとも言える、嗅覚モノのミステリーが2点あったのでそちらにしようかとも思ったのですが、やはりあまり笑えないので……カラッと楽しめはしませんがエンタメ小説で! ドロドロジャケな作品を二つ、お持ちいたしました。

一つ目の作品は『ニューソウルパーク グミ売りおじさん 大虐殺』。タイトルからしてエンタメ。表紙の図柄はデロデロになったグミ……に見えますが、厳密に言うとちょっと違う。作者は以前ご紹介した『シフト』の作者でもある20代の女性作家チョ・イェウン。前作同様、「これぞエンタメ!」な作品でウハウハしながらページをめくれますが、前作よりは若干ファンタジー寄りでしょうか。前作のような痛みは伴いませんがグロというかゲロというか……。
章ごとに中心人物が変わり、主人公たる主人公はいないのですが、あえてメインとなる登場人物をあげるとすると、両親の不仲に心を痛める少女ユジでしょうか。
常日頃、争ってばかりの両親をなんとか楽しませたくて、自分が遊園地に行きたいフリをして、両親を遊園地に連れて来たユジ。ところがどっこい、子の心、親知らず。楽しいことだらけのはずの遊園地でも、やはり両親のケンカが勃発。その様子をこっそり見ていた「グミ売り」のおじさん、グミの袋を差し出しながらユジに近づき、囁きます。
「これを食べさせれば、ご両親は絶対に別れないよ」
でもこのおじさん、遊園地の制服は着てるけど、どこか変。
胡散臭さを感じたユジはピンク色のグミが入った袋を受け取って、逃げるように駆け出します。その後、両親とはぐれてしまった彼女は、迷子センターで泣き虫少女のジュアに遭遇。大人っぽいふりをして淡々と両親を待つユジとは対照的に、母親が恋しくて泣いてばかりのジュア。先に母親と再会してベタベタ甘えるジュアのことが少しうらやましかったユジは、ちょっとした好奇心から「絶対に別れない」というあの怪しげなグミをジュア親子に食べさせてしまいます。しばらくすると、ジュアの顔が赤らみ始め、口からピンクの粘液が……(ゲロ)。そしてこの母娘は彼女たちの希望通り、二度と別れられない、離れられない仲になるわけですが。
この作品のミステリーは、グミと少女にまつわるものだけでは終わりません。ひょんなことから潔癖性になり、清掃会社のカリスマ社長となった女や、期せずして殺人に荷担するはめになった着ぐるみバイトの学生、遊園地ができる前からその土地に住み着き、そこで起こる出来事をじっと見つめてきた猫、それから、そんな猫に手助けされながらママを探すピンク色でベタベタな……イキモノ……?など、数々のミステリアスな登場人物やイベントが用意されています。
章ごとに中心人物が異なり、みんな少しずつ繋がっていて、その繋がりを思わせる小道具がバラまかれたりちらつかされたりと、ジグソーパズル仕立てな物語。うまいっ!と膝を打ちたくなるような、がっちりとかみ合う歯車の歯のような仕掛けをぜひご紹介したいのですが、そこはネタバレが過ぎると思いますので、残念ながら控えさせていただきましょう……。

さてお次はしつこくてすみません、大好きな作家、チョン・ゴヌの初ホラー短編集『ひとりぼっちの真夜中に』。そのしょっぱなを飾る作品は「ヒッチハイカー(たち)」。
冒頭シーンは真夜中の田舎の国道。ちょっと気が小さそうな男が運転する車が、ヒマを持て余し毒舌吐き放題の「K」を後部座席に乗せて走ります。ふとした瞬間、眠気がさしたこの男、ハッ!と思ったときには時すでに遅し。何やら正体不明の物体を轢いてしまっていました。その正体を確認すべく車から降りたとき、どこからともなくガタイのいい中年の山男が出現。薄汚れた登山服にドでかいリュック、こんもり生やしたヒゲの間から黄色い歯をのぞかせて笑っているようだけど、目は笑っていない。隣町まで乗せてほしいというのを断りきれず、この怪しげな山男とのスリリングな夜中のドライブが始まります。何を食べたのか、生臭さとアルコール臭の混ざったゲップを連発し、腰にはナイフが見え隠れ。運転する男の耳に、カーラジオからとぎれとぎれのニュースが聞こえてきます。
「速報……連続殺人……ヒッチハイクをした後……運転手を無惨にも殺害……現在、国道……車のドアを開けず……」
開けないどころか乗せちまってるべや!てな焦りを悟られないよう必死に運転する男ですが、謎の山男は出くわした検問で警察をまくよう迫り、なんとか人気のない場所に車を止め、パトカーが過ぎ去るのを待ち……そのときラジオから聞こえてきたのは……。
「特徴は……サイコパスというよりは……善良そうに見える……」
………………???
タイトルの(たち)のカッコのナゾは、最後に解けます。ヒントは検問で車に頭をつっこんだ警官が発したこのセリフ。
「お二人さん、お知り合いで?」
言葉巧みに謎解きをさせておいてからのどんでん返しに続くどんでん返し、そのオチに思わずほくそ笑まずにはいられない作品です。
二作目の「黒い女」は監禁モノ。路地裏で男に殴られている女を救出したヒョクスは、逆に襲撃されてしまいます。見慣れない部屋で目を覚ました彼の前に手斧を持って現れたのは……さっき助けた女じゃないかぁ!しかもヒョクスのことを「サンヒョンさん」とか呼んでる!さあ、この女の正体は。なんとかこの状況から抜け出したいものの、妙な薬を打たれて体はいうことをきかない。ドアは開かない。精神科の廃病院なのか窓はない。部屋の外から悲鳴が聞こえてくる。開けろ!開けてくれ!叫ぶヒョクスの耳に、ふと男の声が聞こえます。
「次のサンヒョンが来たな」
壁越しに聞こえる、隣人の声でした。夢と現実が混ざり合い、謎の女に迫られ、命からがらやっと逃げ出したと思ったら、母親にまで「サンヒョン」とか呼ばれちゃって大混乱をきたすヒョクス。吐きそうなくらい薄気味悪いのに薄笑いを浮かべて読んでる自分がまた薄気味悪いと気づかされる作品。
「最後の贈り物」はこれぞチョン・ゴヌホラー!冒頭の場面は薄暗い部屋。聞こえるのは妻を呼ぶ自分の声と時を知らせる鳩時計の音だけ。物語はそこから回想シーン……回想ホラーへ移ります。
台風のせいで集団下校になり、母親の迎えを待つ少年。ところが待てど暮らせど母親は現れず、代わりに見知らぬ女が近づいてきます。黒い服に黒いスカート。腰まで伸びた髪に真っ赤な唇。傘もささず、ずぶ濡れになってる女。吹き荒れる風が女のスカートの裾を揺らし……足がない!そんな女にこっちへ来いと手招きされ、死に物狂いで逃げ出す少年。ものすごいスピードで追いかけてくる女を背後に感じながら門が開いていた民家に入り込み、小さな部屋に隠れますが、そこは一寸先も見えない闇の世界。水がしたたる音だけが、どこからともなく聞こえてきます。
ポト
ポト
その音が、だんだん近づいてきて……。
ポト
ポト、ポト
ポト、ポト、ポト
「みぃつけた」
うぎゃああああああああ!!!!!
てなチョン・ゴヌ節なのですが、チョン・ゴヌホラーなので最後は涙。冒頭の部屋のシーンに戻り、切なさと優しさ、哀しみとぬくもりをミックスして物語は幕を下ろします。
この他にも4作品のチョン・ゴヌホラーが収録された作品集。ぜひ“真夜中に一人で”読んでいただきたいと思います。
ステイホームで読書に拍車がかかっている方も多いと思います。こんな理由で読書に拍車というのもあまりうれしくありませんが、次回また、魅惑的な韓国ジャンル小説をお届けできるよう、私も前向きな気分で読書にいそしみたいと思います。
皆さま、どうぞ身も心も健やかに過ごされますように!
藤原 友代(ふじはら ともよ) |
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北海道在住、韓国(ジャンル)小説愛好家ときどき翻訳者。 児童書やドラマの原作本、映画のノベライズ本、社会学関係の書籍など、いろいろなジャンルの翻訳をしています。 ウギャ――――!!ゲローーーー!!という小説が三度のメシより好きなのですが、ひたすら残虐!ただ残忍!!というのは苦手です。 3匹の人間の子どもと百匹ほどのメダカを飼育中。 |