この記事は先週6月7日に掲載した「シムノンを調べる(前編)」のつづきです。(編集部) |
■シムノン原作の映画・ドラマを調べる
1. Serge Toubiana & Michel Schepens, Simenon cinéma, Textuel, 2002[シムノン・シネマ]
2. Steve Trussel, Maigret Films & TV( http://www.trussel.com/maig/maigfilm.htm )[メグレ映画&TV]
3. Jacques-Yves Depoix, Dossier Maigret: les enquêtes de Bruno Cremer, Encrage, 2008[メグレ・ファイル:ブリュノ・クレメールの事件簿]
シムノン原作の映画・ドラマを調べるのはなかなか難しい。TVの単発ドラマまで含めた包括的な紹介本はいまだに出ていないと思う。以前にも書いたがインターネット・ムービー・データベース(IMDb)などで丹念に探索するほかない。私が気づいたものは本連載で紹介していきたいと思う。
映画なら連載第4回で紹介した[1]がわかりやすい。1998年公開『肉体の天使』までのシムノン原作映画のポスターと、その基本情報を紹介した本だ。
メグレもののTVドラマについては[2]の個人ウェブページを見るのが手っ取り早い。シリーズ各エピソードの基本情報がわかる(愛川欽也のシリーズまでちゃんと載っている)。ただし情報は完璧ではないので注意のこと。本連載では、ジャン・リシャール版ドラマの情報については LMLR 社 DVD-BOX の付属冊子を、またブリュノ・クレメール版については[3]を典拠にしている。
ドイツのWikipediaのページに多くの作品が載っていたので紹介しておく。
- Liste der Verfilmungen der Werke von Georges Simenon(http://de.wikipedia.org/wiki/Liste_der_Verfilmungen_der_Werke_von_Georges_Simenon)[ジョルジュ・シムノンの映像化作品リスト]
■ディック・ブルーナ装幀のブラックベア叢書を集める
1. Mijn zwarte beertjes verzameling(http://www.mijnzwartebeertjes.nl/index.php)[私のブラックベア叢書コレクション]
2. Maarten Harms, Het Zwarte Beertjes Boek: 55 jaar Zwarte Bertjes-pockets in beeld, 2011 ならびに Addendum 2013, Het Zwarte Beertjes-Boek, Terschelling, 2014(PDF資料・非売品)[ブラックベア叢書:ブラックベア・ポケットの55年を書影で見る]
3. グリフ編集、柳本浩市『Zwarte Beertjes ─Book Cover Design by Dick Bruna─』フリーライド、2015
ミッフィー(うさこちゃん)の著者として知られるディック・ブルーナが、キャリアのごく初期に父の経営する出版社でブックデザインを多数手がけていたことは有名だ。はっと目を惹くそれらの本にはいまなお多くのファンがおり、コレクションの対象になっている。シムノンの本も Zwarte Beertjes(ブラックベア)叢書で多数出版された。たとえオランダ語が読めなくても、そうした本を少しずつ集めて自分の書棚に飾ってみるのは楽しいものだ。
ブルーナは当時、ちゃんと本を読んだ上で装幀をしていたという。さまざまな作風にも挑戦しており、実際に一部のハードボイルドやSF作品に対する斬新なデザインは現在のブルーナが持つイメージとは大きく異なり、鮮烈な驚きを与えてくれる。ブルーナはこの小説をこのように読んだのか、という感動がある。つまり作品の内容を知っている海外翻訳小説のファンの人ならば、何倍もブルーナのデザインを楽しめるはずなのだ。この連載でもいずれ詳しく紹介したいと考えている。
どんなコレクションでも奥は深いが、ZB叢書も凝り出すときりがない。私は Maarten Harms 氏が運営しているウェブサイト[1]を活用していた。ここはおそらく世界でもっとも充実したZB叢書書誌ページだ。増刷による異本もほとんどがここで確認できる。そして、その運営者による書誌研究書が[2]であり、現在はもっぱらこちらを利用している([1]の「Nieuws」欄に詳細情報あり)。なかなか市場に出回っていない書籍なので、思い切って著者ご本人にメールで問い合わせたところ、とても丁寧に対応していただき、無事に入手することができた(著者は2013年12月までに判明した分の追加資料もPDFで作成しており、そちらも送ってくださった)。ZB叢書のコレクターが?バイブル?と呼んでいる見事な資料である。ミステリーファンなら一日中見ていても飽きない本だろう。
日本でも面白い本が出ている。[3]はブックデザイナーの視点からブルーナの装幀を多数紹介した豪華本だ。当初は『ブラック・ベア ディック・ブルーナ 装丁の仕事』として個人出版物のかたちで刊行され、初刷ハードカバー(2003)と2刷ソフトカバー普及版(2005)が出たが、日本国内でもあまり存在が知られていなかった。[3]はその改装版で、中身は同じだがようやくISBNがつき、入手しやすくなった。かなり多くのデザインが収録されているので、ページをめくっているだけで楽しくなる。とくにZB叢書でたくさんの本が出たハファンク、ジョルジュ・シムノン、ジャン・ブリュース、レスリー・チャータリス、ピーター・チェイニーの装幀は集中的に紹介されているし、アイザック・アシモフやロバート・シェクリイなどSF作品の装幀も見ることができる。ZB叢書ではないが同じく A. W. Bruna & Zoon社から出ていたやや大ぶりのペーパーバック(本書では big size と表示されている)も紹介されているのは嬉しい。[1, 2]ではリストアップされていない貴重な装幀もわかるからだ。
ただしあくまでデザインの観点からブルーナの仕事を紹介した本なので、いわゆる書物愛好家の萌えポイントから微妙に外れているのも特徴的だ。というのは、本書に載っている表紙デザインの色合いは、実際の本と違うのである。あまりにも鮮やかすぎて違和感がある(本物の書籍はカバーにコーティングが施されており、その影響でくすんだりかすれたりして見える)。ひょっとすると本そのものをスキャンしたのではなく、ブルーナが所持している原稿や下版から直接起こしたのかもしれない。
このほか、オランダで2000年に開催された展覧会の図録、Bert Jansen『Dick Bruna, boekomslagen』[ディック・ブルーナ、装幀](Centraal Museum, 出版年の表記なし)がある。この展覧会を開催したCentraal Museumのウェブページ( http://centraalmuseum.nl )で Georges Simenon と検索入力することで、たくさんの装幀(原画を含む)を見ることができる。
■邦訳書誌を調べる
1. 芝隆之編「シムノン翻訳書誌」 ハヤカワミステリマガジン1990年3月号(No. 407、35巻3号)「ジョルジュ・シムノン追悼特集」掲載pp. 42-46
2. 森英俊編『世界ミステリ作家事典[ハードボイルド・警察小説・サスペンス篇]』国書刊行会、2003
このふたつがあれば、とりあえず大丈夫だと思う。あとは河出書房新社から近年刊行された「シムノン本格小説選」を自分でつけ加えればよい。
ただし雑誌掲載まで含めた総括的な邦訳情報となると、なかなか難しい。まずはウェブ検索でヒットするいくつかの個人ページを参照されたい。国立国会図書館の検索でも「シムノン」「シメノン」でかなりヒットする。
私は近年の入手しやすい訳文で読めるならそれでよいという立場なので、小説を読むということだけなら、後に単行本で出た邦訳作品の雑誌先行掲載版を入手することにあまり意味を感じない。同じ訳の異本を集めるのもあまり魅力を感じない。つまりコレクションを目的にするつもりはない(たとえば創元推理文庫のカバーつき『死んだギャレ氏』を買い求めるために躍起になったりするようなことはない。それは次に大ベストセラーが出せたときの未来に取っておく)。どうしても創元推理文庫の古いカバー装のものを集めたい【註3】という方は、先刻ご承知のことと思うが奈良泰明編『初期創元推理文庫 書影&作品 目録/新訂増補版』(湘南探偵倶楽部、2014)という同人研究書があるのでそちらの書誌を参照されたい(私は所持していないのである)。【註4】
ただ、コレクション目的でなくても書誌は大切だ。そうした書誌を頼りに掲載誌を実際に手に取って、その誌面全体から時代の雰囲気を感じたり、書籍なら装幀や巻末の広告、訳者の序文や末尾の識者解説から有益な示唆を受けたりするのは貴重な体験といえる。
シムノンには単行本化されなかった雑誌掲載邦訳作品も少なくない。そうしたもののなかには、映画雑誌に掲載されたのでミステリーファンの目から漏れてしまったと思われる「あり得べからざる航海」「群衆の敵」のように、これまであまり知られていなかった訳業もあることがわかってきた。また雑誌掲載の邦訳小説作品のなかには、これまで原典が未詳のものもあった。そうした作品も今回すべてシムノン全集の原文と照らし合わせて素性は解明できたので、本連載で順次紹介していきたい。
■ジョルジュ・シムノン友の会とシムノン財団
1. Les Amis de Georges Simenon ホームページ( http://lesamisdegeorgessimenon.blogspot.jp )[ジョルジュ・シムノン友の会]
2. Cahiers Simenon, Les Amis de Georges Simenon, 1988-(2015年10月現在で既刊28冊か)( http://lesamisdegeorgessimenon.blogspot.jp/2009/04/publications-des-amis-de-georges.html )[シムノン雑記帳]
3. Le Centre d’études Georges Simenon, Traces, Université de Liège, 1989-(2016年1月現在で既刊21冊)( http://www2.libnet.ulg.ac.be/simenon/traces.htm )[足跡]
さらにシムノンを深く知りたいという人に、ふたつの団体を紹介しておこう。まずはベルギーに拠点を置く「ジョルジュ・シムノン友の会」[1]である。とても充実した内容の研究同人誌「Cahiers Simenon」を年1冊のペースで発行しており、こちらの個人ページ( http://www.trussel.com/maig/lesamis.htm )にも詳細がある。寄稿者は有名なシムノン研究家が揃っており、毎回の特集内容も興味深い。
この「友の会」は年会誌だけでなく、シムノンの入手困難作品や研究書を別冊同人誌の形式で出版してきた。先に記したメグレものの幻のラジオドラマ脚本『Le soi-disant M. Prou』もここから復刊されている。ただし[2]のリストは(公式サイトなのに)完全ではない! これ以外にも同会が出したものはあるので、海外古書販売サイトで探してみてほしい。
すでに紹介したリエージュ大学ジョルジュ・シムノン研究センターの発行する研究機関誌が[3]だ。表紙はジャン・コクトー筆によるシムノンの肖像画。こちらは[2]よりも学術向けであり、見た目は少し取っつきにくいが、私も少しずつ丁寧に読んでいきたい。近年はシムノン財団が運営管理しているようで、2009年発行の19号の冒頭に、体制は変わったがこれからも続いてゆくとの旨が記されている。バックナンバーを購入するためウェブページ記載のメールアドレスに問い合わせたところ、代表の方がとても親切に、かつ迅速に対応してくださって感激した。シムノンを読むとこのようにまったく新しい人の繋がりができてくる。これがいちばんシムノンを読んでいて嬉しいことだと日々実感している。バックナンバーは2016年1月現在ですべて入手可能のようである。
シムノンはとくに初期作品の書誌がわかりにくく、またその邦訳も入手しにくいので、順番に読むとき最初のハードルが非常に高くなり、挑戦しようとする人の意志を挫けさせてしまう。
だがこの連載で、少なくとも日本におけるシムノンの書誌情報はかなり整理できると考えている。本格的にシムノンを研究しようという人でなくても、この連載といっしょに進んでいただければ、自然とシムノンを初期から後期まで読めるようなものにしたい。
私は決してシムノンの研究家になりたいとは思わない。「はじめに」で書いたように、ただ日常のなかでシムノンを味わいたいだけなのだ。現在ほとんどのシムノン作品は一般書店で手に取ることができないので、本連載も読者への購入を促す商業的レビューの体裁は採らず、あくまで感想文の立場で書いている。そのような書き方であればこそ伝えられるシムノンの魅力はあるはずだ。そうした魅力をひとつひとつ発見して読者の皆さまと楽しんでゆくことができたなら、またこの連載をきっかけとして自分なりにシムノン作品を探して読んでみたいと思ってくださる方がひとりでも増えるなら、本当に嬉しいことだと思っている。
しかし感想文とはいっても、ここは公共の場だ。なぜこの順番で読むのかという、読者の皆さまに納得していただける秩序立った根拠が必要となる。その整備のためにいくらか時間はかかったが、そこさえクリアできれば後はゆっくりと作品を読むだけでよい。だから今回述べたことはいわずもがなの裏事情なのだが、もしかしたらこうした私の調査過程が誰かの役に立つこともあるかもしれないと考え、連載の番外編その1としてみた。
私が集めたシムノンの本や各種資料は、連載が終わったらどこかの文学館か資料館にまとめて寄贈するつもりだ。いままでも自分の原稿やメモなどはすべて仙台文学館( http://www.sendai-lit.jp )に差し上げてきた。『ロボット・オペラ』を編むために集めたほとんどの資料も、大阪の「ロボットラボラトリー」に寄贈した。そうした流れの一環である。
いつかフランス語に堪能な方や私よりずっと翻訳ミステリーに造詣の深い方がそうした資料を活用してくださるなら、私としては幸せなのである。
さて、これで私のシムノンの攻略方法はお披露目した。次回はこうした成果をもとに(?)、シムノンのペンネーム時代の作品を取り上げよう。日本では戦前の雑誌《猟奇》に訳載されたコントである。初出はモンパルナスの踊り子たちの写真がページを飾る風俗誌《パリ歓楽》。このとき、まだシムノンはジョルジュ・シムやリュック・ドルソンなどと名乗る、若きユーモア作家だった。
【註3】
マニアックな話をすると、実はこの古いカバー装にもいろいろと異本が存在する。わかりやすい例でいうと、「ゲー・ムーランの踊子」のタイトルでGoogle検索し、その結果出てくる「画像」をよく見てほしい。カバージャケットの「安堂信也訳」脇に添えられた猫マークが、緑色のものと赤色のものの2種類あることがわかるだろう。
『影絵のように』もカバー背に猫マークのあるものとないものが存在するらしい(ない方は、私は見ていないので詳細不明)。しかも私の知る限り、猫マークがあって、かつ同じく定価80円のものでも、カバー背の下部に「80」の記載があるものと何もないものの2種類が存在する。まあ、このような異本がシムノン本にはあるわけだが、そうしたものまですべて揃えたいかというと……。
【註4】
河出書房新社メグレ警視シリーズも、私が見た限り最初のビニールカバー装と後年の新装版でイラストの異なる本が5冊ある。いまはオークションサイトの写真も充実しているのですぐに調べがつく。ここに紹介しておく。
【ジョルジュ・シムノン情報】
▼2016年4月、PIDAX film社からルパート・デイヴィス主演のドイツ吹替版メグレTVドラマDVD、『Kommissar Maigret』第4集が発売された。残念ながら映像が見つからなかったのか、ノンシリーズ中篇「Sept petites croix dans un carnet」[手帳の七つの小さな×印](1950)をメグレ用にアダプトした「Seven Little Crosses」の回(英BBCで1962年3月12日放送)は収録されず、附属小冊子で言及されたのみ。
この中篇はもともと《イラストレイテド・ロンドン・ニュース》誌による英訳版「The Seven Crosses」(1950)の発表が仏語版に先行した作品であり、『A Life in the Balance』(1955)として映画化もされている。日本ではまず「生と死の問題」の邦題で、おそらくは本家《EQMM》掲載の英訳版「A Matter of Life and Death」(1952)からの重訳で《EQMM》1958年2月号に掲載(森郁夫訳)。その後仏語からの直接訳だがメグレものに改変されたかたちで「手帳の小さな十字印」として《ミステリマガジン》1981年11月号に紹介(長島良三訳)、同訳者により「メグレとパリの通り魔」の題名で『メグレ警視の事件簿』第2巻(偕成社文庫、1986)にも収められた。あたかも長島氏がむりやりメグレものへと改変したかのように思われがちだが、もともとメグレものの常連であるジャンヴィエ刑事が活躍する物語であり、作中の「サイヤール警部」commissaire Saillard はほとんどメグレ警視の分身で、実際は上記のように海外でもメグレものへの改変例があった(長島氏はこのアダプトの事実を知っていたのではないかとさえ思われる)。後にブリュノ・クレメール版ドラマでも「Maigret et les sept petites croix」[メグレと七つの小さな×印](2005)としてアダプトされており(第53話、本邦未発売エピソード)、英仏のメグレファンにも準メグレものと見なされている作品である。( http://www.pidax-film.de/Serien-Klassiker/Kommissar-Maigret-Vol-4::900.html )
(記事中写真:瀬名秀明)
瀬名 秀明(せな ひであき) |
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1968年静岡県生まれ。1995年に『パラサイト・イヴ』で日本ホラー小説大賞受賞。著書に『小説版ドラえもん のび太と鉄人兵団(原作=藤子・F・不二雄)』『新生』等多数。 雑誌「小説推理」2016年6月号(4月下旬発売)から、新作長篇『この青い空で君をつつもう』の短期集中連載が始まりました。商業誌に小説をまともに掲載していただくのは実に2年8ヵ月ぶり。故郷の静岡を舞台とした青春小説です。連載は8月号(6月下旬発売)までの全3回。どうぞご支援よろしくお願いいたします。 |
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