今年も中国の本の祭典『上海書展(以下、上海ブックフェア)』の季節がやって来ました。

(上海ブックフェア公式サイト(中国語のみ): http://www.shbookfair.cn/shBookfair/

 8月17日から23日までの間、上海に中国全土の出版社が集まり、中国のみならず世界各国の書籍が披露・販売されるこのブックフェアは中国国内外から作家をゲストとして招いて開くトークショーやサイン会もまた目玉イベントになっています。

 今年は中国のミステリ読者にとって朗報があり、吉田修一と伊坂幸太郎が上海にやって来ます。

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 吉田先生は8月17日と18日の二日間活動し、17日には「従『悪人』到『怒』、又温柔又冷酷的日本文壇跨界天才吉田修一(『悪人』から『怒り』へ、優しくて冷酷な日本文學界を股にかける天才吉田修一)(仮訳)というタイトルのトークショーを中国の脚本家・史航と行う予定で、18日には『怒り』『パレード』のサイン会を開きます。

 伊坂先生は19日から21日までの間トークショー及びサイン会を開いてくれますが、中国人読者にとっては残念なことに19日と21日のトークショーは限定50という人数制限が設けられました。8月9日に以下のURLサイトを通じて予約受付が開始されたのですが、19日は198元(約3,000円。新書の『キャプテンサンダーボルト』の代金含む)、21日は128元(約2,000円)という価格(2016/08/18 08:13時点)が設定されていたにも関わらず、噂によると開始10分で完売したらしいです。

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(伊坂幸太郎トークショー及びサイン会告知ページ(中国語のみ):http://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MjM5NzY2NDI4MQ==&mid=2841225286&idx=1&sn=5841bef1ee1ca561ea2cc098f607564e#rd

 私も伊坂先生のトークショーを期待して8月18日から22日まで上海ブックフェアに行く予定だったのですがこの50名の枠に入ることはできませんでした。『我不是推理作家(私はミステリ作家ではない)(仮訳)』というタイトルのトークショーで島田荘司作品を愛読していた伊坂先生が中国人読者に一体何を語り、中国人読者が何を質問するのかが知りたかったのですが残念です。しかし20日のサイン会は人数制限なしで12時から15時までの3時間という長丁場が用意されていますので、トークは聞けないとしても参加者全員サインを手に入れることはできるでしょう。

 今回の伊坂先生のサイン会は新星出版社という海外ミステリを大量に翻訳出版している会社が主催していますが、2014年の島田荘司・麻耶雄嵩両先生のときのサイン会も彼らでした。2014年の両先生のサイン会は大盛況でしたが主催側の予想を超える人数が来場したため現場が混乱して、列に並んだ多くの人が結局サインをもらえなかったという出版社にとっても読者にとっても苦い記憶があります。

 そのためか伊坂先生のサイン会は2014年と同じ轍を踏まないぞという新星出版社の意気込みが注意書きから見て取れます。

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 画像赤線枠内には——

【1】日本側の要望によりサインは一人一冊までとする。もし二冊以上のサインを求める人がいたらイベント即中止。伊坂先生と一緒の写真撮影禁止、握手禁止。

【2】イベントは15時で終了し現場スタッフが撤収させる。列に並んだのにサインをもらえなかった人のために貴重な記念品を用意している。

 ——という内容が書かれています。

 実は人数制限があって有料のトークショーを開く新星出版社に対してSNSなどでは批判の声が上がりましたが、前回はサイン会だけで島田・麻耶両先生のトークショーはなかったはずですのでこれは進歩と言えるかもしれません。

 また今回新星出版社側が提示した要求はちょっと厳しく、機械的で血が通っていないように見えますが2014年のときの混乱を経験した者からすればこれは当たり前の措置です。当時の混乱の最大の原因はサインの冊数の規定がなかったことで、日本のサイン会事情はよくわかりませんが中国では一人で数冊(持参含む)持って作家にサインをもらうことが珍しくありません。その結果、長時間並んでサインをもらえなかった人と何冊もサインをゲットできた人の明暗がはっきり分かれてしまい不公平感が出ました。

 前回の失敗を踏まえて今回は出版社、読者そしてゲスト作家に不満が残らないような結果を残し、来年も引き続き日本からミステリ作家が来てもらえるようにしたいですね。

 さて、上海ブックフェアに訪れる伊坂幸太郎は中国ではどれぐらいの知名度を持っているのでしょうか。

2016年現在、伊坂先生の作品は『死神の精度』『ゴールデンスランバー』など合わせて30作品以上が中国大陸で翻訳出版されています。その魅力はしばしば中国で圧倒的な人気を誇る東野圭吾と比べられ、東野先生は作品のラストが後味悪いものが多いのに対し、伊坂先生の作品は絶望の中にも希望が見えると語られます。また村上春樹との相似性が挙げられることも中国での人気を証明しているかもしれません。

 また仙台在住ということも中国人には知られており、今回のサイン会に行けない人が「だったら仙台に行ってサインをもらう」と負け惜しみを言っていましたし、2011年3月11日の東日本大震災の際には伊坂先生を心配する声がSNSに上がりました。

 そして昨今の中国での日本ミステリ映画化ブーム(参照:第14回:中国ミステリと東野圭吾)には伊坂作品も対象になっており、2016年5月に女性映画監督・李玉がインタビューで伊坂幸太郎原作の『陽気なギャング』の映画を撮影すると語っています。(記事では『陽気劫匪(陽気なギャング)としか書かれておらず当シリーズのどの作品を映画化するのか具体的なことは不明です。)更に『砂漠』も中国映画界から注目されており、その実現化は案外早く訪れるかもしれません。

 伊坂先生の中国人気を調べれば調べるほどトークショーがあっという間に完売したことも納得できます。伊坂幸太郎の中国訪問は中国人読者にとって念願であり、新星出版社などの努力が実を結んだ結果なのでしょう。伊坂先生が上海でどのような歓迎を受けるのかが非常に気になるところであり、トークショーに行けないことがますます悔やまれます。

阿井 幸作(あい こうさく)

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中国ミステリ愛好家。北京在住。現地のミステリーを購読・研究し、日本へ紹介していく。

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