みなさま、こんにちは。
いよいよ読書の秋本番ですね。話題作が目白押しでなかなか読むほうが追いつきませんが、本は待ってくれます。あせらずマイペースでお気楽にいきましょう。と言いつつ、翻訳ミステリー大賞の一次投票や、出版各社の年間ベスト選出期日が近づいていて、落ち着かない気分ではありますが。
ここでちょっとだけ「訳者による新刊案内」を。先月発売になったジュリア・バックレイの『そのお鍋、押収します!』のヒロイン、ライラは、こんな子が友だちだったら、恋人だったら、妻だったら、妹だったら、姉だったら、娘だったら、孫だったらいいなあと思える、全方向に好感度抜群のキャラクターで、訳していてもびっくりするほどでした。当然性格よし、好みはあると思いますがルックスも適度によし。でも恋愛には臆病で、彼氏となかなかうまくいかないところもふくめて「よしよし、がんばれ〜」と応援したくなるライラちゃん。シリーズ一作目だし、コージーミステリのシリーズは主人公の好感度が命なので、ぜひご紹介したいと思ったしだいです。
話変わって今月発売になるジョアン・フルークの『ブラックベリー・パイは潜んでいる』は〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ第十七弾。毎回ちがったスイーツがテーマのこのシリーズ、今回のブラックベリー・パイはブラックベリーさえ手に入れば簡単においしくできます。わたしは缶詰のブラックベリーで作りましたが充分美味でした。あとオススメはサツマイモのクッキー。ぜひレシピを見て作ってみてくださいね。肝心のストーリーですが、ハンナがシリーズ史上最大のピンチに立たされます。長くつづいているシリーズはそれだけ愛着も出てくるもので、「うちの子」のピンチには訳しながらずいぶんハラハラさせられました。
では今月もお気楽にまいりましょう。
■9月×日
マンケルもインドリダソンもユッシ・エーズラ・オールスンも好きだけど、わたしが最初にはまった北欧ミステリ作家はスウェーデンのカミラ・レックバリ。捜査状況はもちろん、刑事たちの私生活が事細かく描かれているのが好きだ。『死神遊び』は作家のエリカとその夫である刑事のパトリックが難事件に挑むシリーズの第八弾で、今回も期待どおりのおもしろさだった。
ヴァール島の寄宿学校で、当時一歳だった末娘エッバを残して、校長一家全員が忽然と姿を消した。事件は解明されないまま三十五年がたち、夫とともに島に戻ってきたエッバは、この地でやり直そうと、空き家のままだった家をリフォームしはじめるが……
三十五年まえだからしかたないのかもしれないが、昔はずいぶん捜査が杜撰だったのね。次々と明らかになる思いもよらない真相に唖然とさせられた。
シリーズ名にもあるように、エリカが毎回捜査に乗り出すのはお約束だけど(嫌味を言いながらも幼い子供たちの子守をしてくれる姑に感謝しろよ)、エリカの妹のアンナまで無鉄砲な行動をするようになるとは。アンナはエリカが甘やかしすぎたせいか、ちょっとあやういところがあるから要注意だ。
妻の?情報を探り出す能力?を認め、捜査の内容を明かすようになったパトリックは、学習してるなあと思う。だめって言ってもどうせ首を突っ込んでくるから、もう諦めてるのかもしれないけど。無能な署長メルバリに何をさせれば被害を最小限に抑えられるか、とっさに考える癖がついているのもできる人の証だ。
それにしても、最初のころは署長をはじめ刑事たちがあまりにも無能で、ターヌムスヘーデ署って実在するのに(でもって取材とかもしてるのに)大丈夫なのか? と心配になったものだけど、みんなフツーに仕事ができるようになっててちょっとびっくり(署長は相変わらず無能だけど)。とくに今回はユスタがいい味を出していて、こんな一面もあったのか、と感心した。いろいろな経験をして、みんな成長してるのね。こんなふうにシリーズキャラクターの変化を楽しむのもシリーズの醍醐味だろう。
作家として生計を立てられていいわねえ、自分の時間を自由に決められていいわねえ、と言われると、はあ? 全然自由じゃないし、会社勤めの方が自由だし、とキレ気味にな るエリカのジレンマ、なんかすごくよくわかるわ。
■9月×日
訳者の酒井昭伸さん、ストラングル成田さん、♪akiraさんの紹介を読んで、絶対読みたい!と思ったジャック・ヴァンスの『宇宙探偵マグナス・リドルフ』。異境SF/ファンタジーの作家ヴァンスが描く、ミステリ仕立てのSFで、もっとも有名なキャラクターのひとり、宇宙探偵マグナス・リドルフが宇宙のさまざまな地で活躍する連作短編集の形で紹介されている。SFはそれほど得意でないわたしでも、とても読みやすくておもしろかった。
まずやっぱりカバーイラストがいいですね! これでもう八割がたおもしろいと思いました、読むまえから。ふむふむ、これが宇宙探偵にして美老人のマグナス・ルドルフなのね。「白髪、きちんと刈りそろえた白鬚、冷静で感情をすべて排した眼差し、おだやかな顔だち」という描写は、言われてみれば美老人。身だしなみにはとくにうるさい感じで、朝起きたら「頬に脱毛剤をすりこみ」「ていねいに手入れした白鬚にトニックをつける」。ふむふむ、鬚のないところは脱毛剤でお手入れするのね。朝起きたら柔軟体操をするところも個人的にツボでした。年齢は七十代ぐらい?
で、このマグナス・リドルフの肩書きは著名な数学者、哲学者、フリーランスのトラブルシューター、地球情報庁の非公式コンサルタントなどなど、好きに呼んでくださいとのこと。意外にこだわりがないところもいいわ。依頼を受けるのは投資に失敗したりして、懐が寂しくなったとき、というのがやけに現実的。あくまでも他人にきびしく、自分に甘く、情け容赦ない老人だけど、頭の回転の速さはさすがです。
舞台となる場所も奇想天外。宇宙にはいろんな類人種や生物がいて、それがみんないちいちぶっとんでいるのだ(地球比で)。ココド先住民の合戦見物が観光の目玉という「ココドの戦士」や、まるで「スター・ウォーズ」を見ているような、ユニークすぎる異星生物が多数登場する「禁断のマッキンチ」、なんでも盗んでしまう種族との商談に挑む「盗人の王」、缶詰工場に潜入して魚とも会話しちゃう「ユダのサーディン」など、どれを読んでもおもしろい! 超おすすめの作品集だ。
本書は〈ジャック・ヴァンス・トレジャリー〉の第一弾。モアベター(わたしも「小森のおばちゃま」を知る世代)とうわさの第二弾でも楽しませてもらいたい。
■9月×日
ジョン・コラピントの『無実』は、読んでいてつらくなる物語だが、読みはじめるとやめられなくなる徹夜本でもある。
自叙伝がベストセラーになったことで有名人になったミステリ作家のジャスパー・ウルリクソン。ある日、彼の娘だと訴える十七歳の少女の存在を知ったウルリクソンは、DNA鑑定の結果、実の子だと証明されたその少女クロエを家族として迎え入れる。だが、大人の色気と少女のあやうさを併せ持ったクロエに惹かれている自分に気づき……
まじめさゆえのウルリクソンの苦悩、車椅子生活をする妻ポーリーンの不屈の精神、クロエの純真さが胸に突き刺さる。本書を読みながら、どうすればこうならなかったのだろう、ということばかり考えてしまった。やっぱりクロエがデズみたいな男に引っかかりさえしなければよかったのかなあ。
デズは十代半ばから終わりにかけての思春期の少女にしか性的な関心を抱かない?エフォボフィリア?。でもこれって病気だから、一概にデズが悪いとも言えないところがまたつらい。しかも、そういう男性は妙なことに、その年代の少女を必要以上に魅了してしまうのだという。なんかフェロモンが出ちゃうんだろうね。不謹慎だが、うまくできてるもんだなあ、と感心してしまった。虫とかにもいなかったっけ、フェロモン出して獲物を捕らえるやつ。とにかく、そういう男に近づいちゃいけなかったのだ。しかも頭がいいもんだから始末に負えない。
そもそも、テレビに出たことがまちがいだと思う。自著で家族の個人情報を明かしてしまうのも問題だけど、テレビにさえ出なければ、クロエがウルリクソンに気づくこともなく、デズも悪だくみをしなかっただろう。テレビ効果がなかったら、本をあまり読まないクロエの目に触れる可能性は低かっただろう。それまでだってウルリクソンはずっと本名で小説を書いていたのに、クロエは気づかなかったわけだから。テレビって怖い。出たら本が売れる番組といえば、モデルはやっぱり〈オプラ・ウィンフリー・ショー〉かしら。
では、ウルリクソンは悪くなかったのか。事情を考えると、運が悪かったとしか言いようがないと思うけど、どういう事情であろうとも、ならぬことはならぬ、という考え方もあるだろう。これはたしかに論争になるよなあ。
そして、この物語の最大のミステリなので明かすことはできないが、とある仕掛けがひじょうによく考えられていて感動した。救いを感じるとともに戦慄を覚えるラストも印象的。
■9月×日
今年のコンベンションのあとの懇親会でおこなわれたビブリオバトルでは、たしかキャシー・アンズワースの『埋葬された夏』に投票したんだっけ。過去の事件が関わってくる話が大好物なので。そういうミステリはたくさんあるからうれしい。
一九八四年夏、イギリスの海辺の町アーネマスで凄惨な殺人事件が起き、十六歳の少女コリーン・ウッドロウが逮捕された。マスコミや地元の人々は彼女を魔女、悪魔カルトの女指導者、極めつけの異形と呼び、終身刑判決を受けた彼女は医療刑務所に収監された。しかし二十年後、現場の遺留品からコリーン以外の人物のDNAが発見され、私立探偵ショーン・ウォード(元ロンドン警視庁の部長刑事)はコリーンの弁護士の依頼で事件の再調査をするため、アーネマスを訪れる。
コリーンが一九八四年に何かとんでもないことをして収監されており、それがもしかしたら冤罪かもしれない、ということはわかっているのだが、かなり読み進むまでそれがどういう事件だったのか、だれが殺されたのかもはっきりしない。そういえば、今年読んだリアーン・モリアーティの『ささやかで大きな嘘』も事件内容を明かさないまま引っ張ってたな。このパターン、けっこうそそられる。
現在(二〇〇三年)と一九八〇年代の物語が交互に描かれ、読んでいくうちに現在と過去がだんだんとつながって、キター!となるわけだけど、現在と過去をつなげる役割を果たす探偵ショーンのキャラがちょっと弱いかなあ。でも、過去の経験から若者に微妙な苦手意識を持つショーンに、若者(当時)がからむ事件を調べさせることに意味があるのかも。ショーンと町をつなぐ人物として、新聞社の編集長フランチェスカを配したのもうまい。そこからまた複雑な人間関係が生まれていくわけだし。
え? 登場人物が多くて人間関係が複雑なのは苦手? 何をおっしゃいます、このごちゃごちゃ出てくる名前が、複雑に入り組んだ人間関係がいいんじゃないですか! その一筋縄ではいかない感じが! すっきり単純な人間関係なんて、絶対に物足りないって。できればラスト近くで、実は、◯◯と××はつながっていたんですよ、とさらに撹乱して、めくるめくミステリ・ラビリンスに誘ってほしいと思うのはわたしだけ……じゃないよね?
コリーンはひどい家庭環境にもかかわらず、無垢な魂の持ち主。それだけに誤解され、ひどい目にあわされるのが痛々しく、読んでいてつらかった。でも『無実』同様、つらいけどやめられないおもしろさだ。
いちばん悪いのは誰?と言われると、ひとりだけあげるのはむずかしいけど、複数の子供が大人たちの犠牲になっているのはたしか。田舎の閉鎖的な町、何やらあやしい町の有力者たち、よそから来た探偵って、なんか横溝正史っぽいなあと思った。
上條ひろみ(かみじょう ひろみ) |
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英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。冒頭でも書きましたが、ハンナ・シリーズ第17弾『ブラックベリー・パイは潜んでいる』、10月31日発売です。 |