みなさま、こんにちは。

 暦の上ではディセンバー(懐かしい)。各所で発表される翻訳ミステリーの年間ベストランキングが気になるころですね。第八回翻訳ミステリー大賞の予備投票も先日締め切られました。ご協力いただきました翻訳者のみなさま、ありがとうございました。本投票の対象となる最終候補作発表まで今しばらくお待ちくださいね!

 ランキングといえば、いつも楽しみにしている当サイト月曜日の「NY TIMES ベストセラー速報」。先週初登場第1位(今週は3位)のジャネット・イヴァノビッチ『TURBO TWENTY-THREE』が気になりすぎます。だって、「アイスクリームを積んだ冷凍車のなかで、チョコレートやナッツにまみれて凍りついた死体が発見される」んですよ! おいしそう!とは言えないし、食べ物を粗末にするのはよくないけど、インパクトあるわ〜甘党のステフはどんな反応をするのかな……?

 十一月の読書日記は話題作揃い。年末年始の本選びのご参考になれば幸いです。

■11月×日

《刑事ハリー・ホーレ》シリーズなどで知られるノルウェーの人気作家、ジョー・ネスボの『その雪と血を』は、壮絶で物悲しいパルプ・ノワールにして、幾重にも驚きが隠された珠玉のクリスマス・ストーリーだ。

 麻薬業者ホフマンのもとで殺し屋として働くオーラヴ・ヨハンセンは、ボスのホフマンから、浮気をしている妻コリナを始末するよう言い渡される。周到に準備をはじめるオーラヴだったが、彼がコリナに恋をしてしまったことで、すべてが狂いはじめる。

 何これ! ヤバい! 短い物語のなかにしびれるエピソードがこれでもかと詰まっていて、何度もリピートしたくなる。パルプ・ノワールのバカ悲しさと、愚直な愛、死と暴力、あふれる詩心。でもそれだけじゃない。バンバン人を殺してるのに、ちゃんと心温まるクリスマス・ストーリーになっているのがすごいのだ。ファム・ファタルの配し方も技ありで、細かい伏線も効いている。白い雪と赤い血のコントラストはもう確信犯的。

 そして、本からさまざまなことを学び、あふれる想像力で『レ・ミゼラブル』を改変しちゃうオーラヴがいとしすぎる。?物語の力を信じる?から一歩進んで、?物語を自分に引き寄せる?、なんなら?自分自身が物語である?までいっちゃってる感じ。冷徹な殺し屋なのに、好きにならずにはいられないキャラクターだ。まさにギャップ萌え。

 シンプルですっきりした印象なのは、一九七七年という時代のせいだろうか。裏切り者は殺すという裏社会の掟のせいだろうか。それとも、パルプ・ノワールへのオマージュか。だが、ストーリーはシンプルに見えても、実は複雑で奥が深い。ハンディキャップというキーワードも大きな役割を果たしており、せつなさにターボがかかる。そして、とある童話を思わせるようなラスト、あれは反則だよ〜。美しすぎて、せつなすぎて、ヤバすぎる。物語の力を感じさせる秀作。

 さらには重量級が多いポケミスなのにこの薄さ。しかも驚きの一段組。奇跡のようなハードルの低さだ。これはもう読むしかない。読まない理由が見つからない。

■11月×日

 本サイトの訳者自身による新刊紹介で、訳者の矢口誠氏がオクセンマン系エンターテインメント小説と位置付けていた『虚構の男』。「億千万の胸騒ぎ」からの「ジャパーン!」ではなく「ギャバン?」なラストが待っている「超変化球」とされていたが、それってどういうことだろう?とすごく気になっていた。

 読んでみると、SFの枠組みのなかにあるのはたしかにミステリで、地味にはじまる物語を読んでいくうちに驚くべきしかけの存在に気づき、「これはなんでもありなのか」と頭を抱える(いい意味で)。そして、そのぶっとんだ世界に慣れたころに、さらに事態をアサッテの方に向かわせる「えええ、まじすか」なラスト。うう、たしかにこれはネタバレなしで説明するのがむずかしい……。大風呂敷をたたんだら、なぜか全然別物になっちゃいましたけど、何か? という感じかなあ。

 でも、こういうの嫌いじゃない。おもしろいし、すらすら読めるし、すっきりしていて簡潔だし、どんでん返しに次ぐどんでん返しだし。伏線もちゃんと回収されて、ああミステリなんだなあと思った。主人公に感情移入しかけると、とんだ肩透かしを食らうし、途中でだれの視点がメインなのかわからなくなって、ちょっと戸惑ったけど。

 いちばん驚いたのは、本書が一九六五年に書かれたということかな。今年が二〇一六年ということにも、なんか運命を感じる。今年読めてよかった〜。というのもね、まあここまでは書いていいと思うけど、物語の冒頭は一九六六年のイングランドの静かな村で、ある小説家が五十年後の二〇一六年を舞台にしたSF小説を書こうとしてるんですよ。そこで描かれる世界がまたなかなか興味深くて。

 著者のL・P・デイヴィスは、眼鏡屋や煙草屋を営みながら店のカウンターで執筆したという。接客しながら書けるなんてすごい。それともそんなに暇だったのかな。

■11月×日

 現役の救急医なのによく書く時間があるなあと感心してしまうジョン・バーレーの二作目、『秘匿患者』は、やはり医療の現場がからむデビュー作の『仮面の町』同様、ネタバレしないように紹介するのがむずかしい作品だ。まあ、ミステリを紹介する者の宿命ではあるけど。

 先日の福岡読書会では本書が課題書に選ばれ、これを選ぶなんて世話人さんはチャレンジャーだな〜、と訳者の坂本あおいさんはちょっと不安そうだったけど、こういう作品こそ読書会で思う存分ネタバレしながら語りたいですよね、わかります。

 メリーランド州にある精神科医療施設?メナカー?は、重罪を犯したが精神に障害があるため罪を問われない、または訴訟の能力がないと判断された者を受け入れる病院。そこで働く若い医師リーサ・シールズのもとに、ある日ジェイソンというひとりの若い男性患者が送られてくる。裁判所命令も診断書もなく、事情がわからないままセッションをはじめるリーサ。ジェイソンの暗い過去が明らかになるにつれて、リーサは何者かにあとをつけられていることに気づき……

 紹介できるのはここまで。あとは○○される快感を味わってほしい、としか言えません。でも、とにかくおもしろいから信じて。まちがいなく「最初からもう一度読み返したくなる」系の作品です。後半はあっと驚く展開で、あまりのめまぐるしさにくらくらします。読みながら感じていた違和感の理由が一気に明らかになって、そうだったのか!と膝を打つことうけあいです。

 印象的なのは、リーサの母親の弟であるジムおじさんのエピソード。リーサが幼いころ一時期いっしょに暮らしていたジムおじさんは、?脳が悪さをする?病気だったが、調子のいいときはリーサのよき相棒だった。ドアーズやボブ・ディランが好きで、「ボブ・ディランは詩人みたいなもんだ」と言うジムおじさん。ディランは「人間の本質とか、人の生き様や他人に対する態度とか、おかしいから変えないといけないこととか、そういうものを歌にして伝え」ているのだという。非常にわかりやすいが、それでも「歌詞って、わたしにはほとんど理解できない」というリーサに、いい詩は「おなじ世界をちがったふうに映しだすんだ。べつの角度からものを見せてくれる」と説明するジムおじさん。きっとディランのノーベル文学賞受賞をよろこんでるだろうな。

■11月×日

 アメリカ南西部を舞台にしたミステリの最優秀長編に贈られるトニイ・ヒラーマン賞と、ウェスタン小説を対象としたスパー賞のベスト・ウェスタン・コンテンポラリー・ノヴェル賞を受賞したほか、エドガー賞とシェイマス賞の最優秀新人賞の最終候補作となったという、地味にではなく派手にスゴイ新人C・B・マッケンジーによるデビュー作、『バッド・カントリー』を読む。著者は生粋のテキサス人で、なんとファッション・モデルの経験もあるという。

 元ロデオ競技者で、現在は私立探偵のロデオ・グレイス・ガーネットは、アリゾナ州ロスハロス郡エルオヨの自宅付近で、アメリカ先住民の男の死体を発見する。このところ先住民が犠牲となる殺人事件がたてつづけに起こっていた。そんなとき、ある少年が殺害された事件の再調査を依頼されたロデオは、愛犬とともにツーソンに向かう。

 メキシコと隣接するアリゾナ南部が舞台ということで、シナロア・カルテルの名前もちょこっと出てくるけど、麻薬がらみの物語ではなく、読みどころはこの熱く乾いた土地で繰り広げられる、家族、友人、恋人たちの複雑な人間関係だ。ききこみをするうちに、少年殺害の裏に複雑な事情があることがわかり、それがいくつもの別の事件とつながっていく。つながっていくに従って全体像が見えてくる、そのプロットのおもしろさはもちろん、作風にぴたりとはまるキャラクター造形が見事というほかない。引用符を用いないのは影響を受けたコーマック・マッカーシーの影響らしいが、ちょっと引いた感じがして、淡々としたロデオのキャラにも合っていると思う。

 ロデオはそんなに若くもないけど、そんなに歳でもない。父親が六十六歳とあるので、三十代半ばからアラフォーくらいか。ワイルドだが落ち着いていて、自分の言動に責任が取れる大人の男というイメージで個人的に好感度大。顔なじみもたくさんいて、人当たりもよさそうだ。

 そして、訳者あとがきにもあるように、ロデオの飼い犬がいい! 名前で呼ばれることのない病気もちの老犬なんだけど、ロデオはこの犬を溺愛していて、どこに行くにも連れていくのだ。どのくらい溺愛しているのかというと、けがをした犬が元獣医に治療されているのを見て、女子のまえでもぽろぽろ泣いちゃうくらい。あと、預けた犬の経過をきこうと元獣医に電話したところ、留守番電話になっていたので、犬へのメッセージを吹き込むんだけど、これにはやられたな〜。意表を突かれてキュンキュンしてしまった。しかも、ロデオが犬にかけることばは、人間が相手のときよりも格段にやさしいのだ。あ、もちろん赤ちゃんことばではないから安心してね。抑制されたハードな物語にときどき登場するほのぼのシーンは、ロデオのエモーショナルな内面を表しているようでぐっとくる。

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。近刊訳書はバックレイ『そのお鍋、押収します!』、フルーク『ブラックベリー・パイは潜んでいる』

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