『夜の夢見の川』は、『街角の書店』に続く〈奇妙な味〉の短編アンソロジー。本邦初訳5編を含む12編を収録している。シオドア・スタージョン、G・K・チェスタトンといったビッグネームもいるが、半数以上は、ミステリファンにはあまり知られてない作家の作品。SF作家が多いものの、作品は、ほぼすべて現実の世界を舞台にしている。

 編者の中村融氏は、本書と前作との違いについて、「短めの作品を並べた前作に対し、読み応えのある中編を要所に配したこと」「比較的新しい作品を交ぜたこと」に加え、前作の「グラデーションのような配列という趣向を排したこと」などを挙げている。しかし、前作で「作品の選び方は大事だが、作品の並べ方はそれ以上に重要」と書いていたように、本作の並べ方もまた秀逸で、読後は、充実したコンセプト・アルバムを聴いたような趣がある。

 冒頭は、重金属ギターが空気を切り裂くようなハード・ロック(クリストファー・ファウラー「麻酔」)で始まり、最後は、曲調の転換と変拍子を擁するスケールの大きいプログレッシヴ・ロック(カール・エドワード・ワグナー「夜の夢見の川」)で終わる、という具合に。途中には、バーレスク風の曲もあれば、メランコリックでリリカルな曲もある。前作同様、「奇妙さ」のバラエティを盛り込みつつ、知られざる個々の作品のクオリティは高い。

「麻酔」は、ブラジル・ナッツで歯が割れた男が歯医者で遭遇した事件。今後、歯医者の治療椅子に座ったら思い出さずにはいられないトラウマ作。

 ハーヴィー・ジェイコブズ「バラと手袋」は、いじめられっ子だった同級生の生涯をかけた蒐集にまつわる奇譚。とぼけた味わいながら、何かが胸に刺さったような余韻のある作品。女性作家キット・リード「お待ち」は、母子が迷い込んだ田舎に伝わる異習を描いてシャーリイ・ジャクスン「くじ」を思わせるような衝撃作で、古典的な風格すら漂っている。ケイト・ウィルヘルム「銀の猟犬」は主婦の満たされない心象風景と「銀仮面」的テーマを結びつけてじっくり読ませる。ロバート・エイクマン「剣」は、見世物小屋の少女に魅せられた少年の奇怪な体験で、この世の深淵を覗き込ませる。「夜の夢見の川」は、護送車の事故から逃げ出した若い女がたどり着いた館での異常なできごと。緊迫感に満ちた滑り出し、夢魔と官能が入り混じる展開、一冊の書物を媒介に時空が歪んでいくような結末、いずれもがスリリングだ。

「奇妙な味」は、もともとチェスタトンらの短編ミステリにある「無邪気な残虐」とでもいうべき傾向を江戸川乱歩がこう呼んだものだが、本書の作品群が扱う「奇妙」さは、必ずしもこうした傾向の作品にとどまらないから、本書の「奇妙な味」はその拡張版ともいえよう。

「剣」の主人公の少年は、「たいていの場合、われわれは自分の本当にほしいものがなにかわかっていない、さもなければ、それを見失う」「そしてわれわれが本当にほしいものは、総じて人生にはぴったりと当てはまらない、あるいはめったに当てはまらない」(中村融訳)と述懐する。この言葉は、本書の幾つかの短編の登場人物にもぴったりと当たっているようにみえる。なにかわかっていない本当にほしいもの、名付けようのない不定形な欲望が周囲と摩擦を起こすとき、「奇妙」という火花がスパークするのかもしれない。

 エドワード・D・ホック『怪盗ニック全仕事4』は、価値のないもの専門の怪盗ニック・ヴェルヴェット全集の第4弾。刊行も順調で、あと2巻で完結予定。訳者の木村二郎氏にもなんとか完走しきってもらいたいものだ。本書収録の15編中、初めて訳される短編が6編。巻末リストによると、45作目から59作目の作品に当たる。

 既に、シリーズ40作を超え、各編工夫を凝らしても、繰り返しのマンネリズムは避けられない。そこで、新キャラとして投入されたのが、本書の巻頭「白の女王のメニューを盗め」に登場する女怪盗サンドラ・パリス、と筆者はにらんでいる。

 このサンドラ、『鏡の国のアリス』にちなんで「白の女王」と呼ばれ、モットーは「不可能を朝食前に」、元女優でプラチナブロンドの美女。単に彩りを添えるというのではなく、作品に怪盗同士のコンゲーム的駆引きという新しい要素が追加され、シリーズに新たな魅力をもたらしている。冒頭作以外にも、いくつかの短編で、このサンドラが登場するから、ニックとの対決あるいは協調も、お楽しみの一つ。

 それと、これも、マンネリ打破の一つなのか、第一作から登場するニックのガーフレンド、グロリアとの関係にも変化が生じてくる。なんと、「枯れた鉢植えを盗め」事件では、17年もニックと一緒に暮らしたグロリアに別の求婚者が現れ、彼女は家を出ていってしまうのだ。ニックとの仲がどうなってしまうのか、こちらも目を離せない。

 ニックは全米各地を飛び回るほか、スペインやカリブの小国に出かけるなど舞台の目先を変え、内容面でも、不可能犯罪(「白の女王のメニューを盗め」「図書館の本を盗め」「消えた女のハイヒールを盗め」)あり、フーダニットあり、宝探しありといった具合に、本線の「盗み」以外にも数々の趣向を凝らしている。盛り沢山すぎて謎解きの納得度が十分でない短編もあるが、衰えを知らないアイデアの数々には、ひょっとして、ホックはしばしばニックを雇っていたのではないかと疑われるほどである(アイデアに「価値がない」とはいえないからそれはないか) 。

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)

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 ミステリ読者。北海道在住。

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